勲章授与と王都防衛の重責
その夜遅く、ソフィアが湯浴みを終え、暖炉の火を眺めていたときのことでした。窓が閉まっているにも関わらず、ひやりとした風が部屋の奥から吹き抜けました。
「ずいぶん、無茶をしたようだね、ソフィア」
声の主は、ゼフィーリアでした。いつの間にか、部屋の隅、影の濃い場所に立っています。その気配は、風のように希薄で、ソフィアの部屋の空気の一部と化しているようでした。
「火の上を飛ぶなど、危険すぎる。火の生む風は風魔法では御しがたい。そんな風が乱れる中で、水魔法を使い続けるということが、どれほどの代償を払うことになるのか、あなたは知るべきだった」ゼフィーリアの声には、いつもの飄々とした調子とは違う、真剣な響きがありました。「そして、目立ったことの代償もね。あなたの持つ力は、目立たない方が、ずっと安らかにいられるものなんだ」
ゼフィーリアは、窓の外の暗闇を見つめました。「風使いの村にいる風の精霊たちが、あなたの行く末を心底心配しているよ。風の精霊は、未来を正確に知るわけではない。けれど、風使いが、これほど人の世で活躍すると、昔からろくなことがないことが多いらしいんだ」それだけを言い残すと、ゼフィーリアの姿は、まるでそこに最初から何も存在しなかったかのように、風と共に消え失せました。
その直後、ノックの音と共に、メイドのアリスが、遅めのティーセットを持って入ってきました。「ソフィア様、どなたかお見えでしたか?廊下で一瞬、人の気配を感じたのですが」アリスはきょろきょろと部屋を見回したが、ゼフィーリアがすでに消えた後だと知る由もありません。
勲章の授与式は、すぐに執り行われました。今回の山火事を消した貢献で、兵士や警備隊の隊長など十名ほどが叙勲され、ソフィアもその一人でした。
ソフィアは、伯爵家が新調させた、着慣れない重厚なドレスに身を包み、国王陛下の前に進み出ました。勲章が、陛下の御手から、ソフィアの首に掛けられる、その瞬間のことでした。
ウイリアム陛下は、ソフィアの耳元に、他人には聞こえないほどの声で、しかしはっきりとした言葉を発したのです。「そなたには、この王都防衛の要として、大いに期待している」
その言葉は、ソフィアの心臓を、微かに締め付けました。王都防衛の要。それは、ソフィアの持つ巨大な力が、自由な個人のものではなく、国という重い枠組みに組み込まれることを意味していました。(きな臭い表現をするな)ソフィアは、そう思いながら、勲章の重みを、己に課せられた、逃れることのできない使命の重さと受け止めました。一方で自分はもう平穏な伯爵令嬢の生活にもどることができないのかしらとの思いも沸き上がります。風の精霊の警告が、現実味を帯びて、ソフィアの心に突き刺さってきました。




