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王宮での風魔法披露

 その日の放課後、ソフィアはいつものように寄宿舎へは戻りませんでした。代わりに、王宮に仕える魔法使いの一人、トーマスさんを尋ねたのです。彼は、ドン先生の引退後にソフィアの師匠として火魔法や水魔法、土魔法を教えてくれた多彩な魔法使いです。


 ソフィアが、風魔法を使えるようになったことを告げると、トーマスは、ソフィアの周囲を漂う空気の変化を捉えるかのように、目を細めました。 「おお、ソフィア様。やはりさようでございましたか。ソフィア様の身にまとう魔力の雰囲気が、昨日とはまるで違います。何というか、より、自然で、掴みどころのない……」


 トーマスは、興味津々といった様子で、身を乗り出しました。 「私自身は、風魔法については、古い文献でしか知識がありません。今度、ぜひその魔法を見せていただけませんか?風を使って、一体どんなことが出来るのでしょう」


 ソフィアは、自身の新しい力を、冷静に分析しながら答えた。 「現時点で確実に使えるのは、飛行による長距離の移動と、風を媒介とした情報収集でしょうか。風魔法使いの方は、『風の噂』と呼ぶようですが」


「なかなかに興味深いですな」 トーマスは、目を輝かせ、手元の羽ペンをくるりと回します。古の文献に記されていた魔法が、今、目の前の少女によって現実のものとなりつつあることに、魔法使いとしての知的好奇心を強く刺激されたようでした。


 ソフィアは、約束するように微笑みました。 「では、今度ドン先生が王宮に来られるときにでも、披露いたしましょう」 風の精霊に愛された、この新しい、奔放な魔法の片鱗を、ソフィアは、確かな「力」として、披露することを約束しました。彼女の周囲には、誰も気づかぬ微かな風が、常に寄り添い始めていました。


 ドン先生が王宮に出てくるのが、次の週の水曜日と決まりました。ソフィアは、その日に王宮の演習用広場で風魔法を披露することを決め、仲良しであるエリザベス、アマンダ、レイチェルの三人に声をかけました。「ねえ、一緒に王宮へ来ない?私の風魔法を、王宮の魔法使いたちの前で披露するの。あなたたちにも、協力してほしいのよ」


 王宮内という特別な場所での催しとなったため、ソフィアの幼馴染であるチャールズ王子までが見学に加わることになりました。そして当日、演習用広場には、なんと国王ウイリアム陛下までもお出ましになるという、ちょっとした騒ぎとなりました。


 大勢のギャラリーが広場の縁を埋める中、ソフィアは緊張しつつも、三人の友達を真っ直ぐに見つめました。「いい?私が合図したら、しっかり手を繋いでいてね」 エリザベス、アマンダ、レイチェルの三人が、ソフィアの手を固く握りあいました。四人の手と手が繋がり、彼女たちの間に、微かな魔力の流れが生まれました。


 ソフィアは、胸の中で風の精霊に語りかけ、同時に、古式に則った、力のこもった言葉を唱えました。 「風の精霊よ、我らの体を、塔の高さまで宙に浮かべよ!」 そして、心の中で、その願いを風に強く念じました。(風の精霊様、私たち四人を、どうか、あの塔の高さまで浮かべてください)


 刹那、ふわりと温かい風が、四人の足元から巻き起こりました。大地を踏みしめていたはずの体が、重力から解放され、何の抵抗もなく宙に浮かび上がったのです。


 エリザベスたちは、最初こそ驚愕の声を上げたが、体が揺れることなく安定して浮かんでいる様子に、すぐに安堵しました。やがて彼女たちは興奮に目を見開き、あたりを見渡す余裕さえ生まれました。 「見て!私の家が見えるわ。庭に、お母様がいるわ!」 と、レイチェルが叫びました。


 数分間の、夢のような空中散歩を楽しんだ後、四人は音もなく地上に降ろされました。ソフィアと友達三人は、興奮のあまり、もうおしゃべりが止まりません。顔を紅潮させ、口々にその感動を語り合いました。


 その様子を見ていたドン先生が、杖を突いて、ソフィアの元へ歩み寄ってきました。「いや、これは見事なものだ。まさか、人を乗せて飛べるとは。ソフィア嬢。もしよければ、この老いぼれも連れて飛んでくれないか?」


 ソフィアは、快く頷き、今度はドン先生と二人で、再び宙へと舞い上がりました。 飛びながら、ドン先生は、感嘆の息を漏らします。 「本当の風魔法は、こんなにも奔放で、優しいものだったんだね。子供の頃、ほんの一瞬、体が浮いたことがあったが……いや、全く別物だ」 彼は、風の精霊の力に包まれ、深い感慨に浸っていました。

 地上の人たちを小さく見ながら二人はただ静寂の中に身を任せていました。 重力から解き放たれた「空中遊泳」のひとときは、本来なら心躍る修行のはずですが、ソフィアの胸中には長年澱よどのように溜まった疑問が渦巻いていました。


 隣を並走する師の横顔を見つめ、彼女は意を決してその沈黙を破りました。


「……先生、ずっとお聞きしたかったことがあるんです」


 風を切る音に混じり、ソフィアの声が響きます。


「私はこれまで、多くの術理を学んできました。けれど、火や水の『攻撃魔法』だけは、一度も教えていただけませんでした。私にその適性がないからでしょうか。それとも、何か別の理由が?」


 その問いを聞いた瞬間、ドン先生の視線がわずかに揺れました。彼は遠くの地平線を見つめたまま、深く、重い吐息を漏らしました。


「答えにくい質問だね、ソフィア」


 しばしの沈黙の後、彼は苦渋をにじませた声で続けました。


「君は、全属性の適性を持ち、なおかつ底知れない魔力を秘めている。……そんな存在が、ひとたび純粋な『破壊』の術を手にすればどうなるか。ソフィア、君という魔法使いが強大な攻撃魔法の使い手になることを、心底から恐れる者がいたのだよ。……と言ったら、答えになるかな」


 ドン先生の言葉は、冷たい夜風よりも鋭くソフィアの心に突き刺さりました。自分が学ばせてもらえなかったのは、才能がなかったからではない。むしろ、その才能が「災厄」と見なされるほどに過ぎていたからなのだと、彼女は初めて知ったのです。


 地上に戻ると、広場の隅に、いつの間にか列が出来ているのに、ソフィアは呆れてしまいました。しかし、精霊の好意で得た力だ。ソフィアは、ため息をつきつつも、順番にギャラリーたちを空中散歩に誘いました。


 チャールズ王子も、列に加わっています。 「みんなに便乗して申し訳ない」 と言いながら、空中で風を楽しんでいる様子は、心底楽しそうでした。


 そして、最後に陛下までもが空中散歩を体験されました。地上に戻った国王は、王様らしい、実に実務的な感想を述べられていました。「城内がよく分かるね。こうして上から見てみると、搬手からめての防備が不足しているのがよく分かる」 ソフィアは、その風魔法が、やがて王国の運命をも動かす力となることを、このとき、ぼんやりと感じ始めていました。


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