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風の精霊に選ばれし少女

 二人は、風に洗われた小道をしばらく歩き、村はずれまでやって来ました。 そこに、風が吹き抜けるままに削られたような、小高い丘がありました。その頂には、一本の巨木が生えています。その木は、幹も枝も、幾多の風に耐え抜いた末の、歪な、それでいて力強い姿をしていました。


「この木が、昔から『風の精霊の木』と呼ばれているものよ」 ゼフィーリアは、立ち止まり、その巨木を見上げました。 「言い伝えでは、この木の梢に、風の精霊が棲まうと言われているの。精霊に姿はないし、もちろん、人のような声もない。けれど、精霊に愛されし者には、その確かな存在が、感じ取れるものなのよ」


 ソフィアは、言われるままに丘を見上げました。巨木の梢が、目には見えぬ何かに向かって、手を伸ばしているかのように揺れています。 「……そう言われると、確かに、ただの風とは違う、何かの気配というか、雰囲気がしますね」


 ソフィアがそう答えた途端、ソフィアの周囲に、強く、しかし荒々しくない風が吹き始めたのです。それは、周りの草花を揺らしながら、ソフィアの身体にまとわりつきます。 「今……」 ソフィアは、驚きに目を見開いた。 「『もっと近くに来るように』と、言われた気がします」


 ゼフィーリアは、静かに微笑んだ。その表情は、まるで、我が子がおもちゃを見つけたのを見守る母のようでした。「さあ。精霊に、しっかりと挨拶をして」


 ソフィアは、促されるままに、一歩、丘の斜面を踏みしめました。風は、彼女の衣服を引っ張り、一歩一歩を助けるように吹いていきます。丘の麓に立ち、ソフィアは少し戸惑いながらも、覚悟を決めたように、風に向かって声を上げました。「風の精霊様、私はフレイザー伯爵家のソフィアと申します。風魔法の素質があると言われ、こちらにやって参りました。どうか、よろしくお願いいたします」


 挨拶が終わると、ソフィアの周りに吹きつける風は、まるで生き物のように、渦を巻き、彼女の身体に抱きつくように、強く吹き出しました。その風は、ソフィアの肌を撫で、彼女の意識の奥深くまで入り込もうとしてきます。


 そのとき、ソフィアの胸の内側に、声ではない、しかし確かな「思い」が流れ込んできました。 (この子は、しっかりと修行を積んでいる。迷いなく、己の力を使いこなそうとしている。良い風使いになりそうだ。ああ、この子の将来が楽しみだ) それは、慈愛に満ちた、根源的な力からの、温かい歓迎の意思でした。


 ゼフィーリアは、風の渦巻くソフィアを見やり、巨木の梢に向けて話しかけました。「この子は、全属性持ちなんだ。精霊たちよ。すごい魔法使いになるわよ」 ゼフィーリアの声は、精霊への紹介であり、同時に、一つの予言でもあったのです。


 ゼフィーリアの言葉に応えるように、巨木の梢から、さらに強く、深い風が吹き降りてきました。 その風は、ゼフィーリアの耳に、静かな「声」を届けていた。(この子の魔力量は桁違いだ。驚くほどに巨大な器を持っている。まだ幼いというのに、どれほどの鍛錬を積んできたのだ、この伯爵家の娘は) 精霊の言葉は、ソフィアの持つ力の深淵を、正確に見抜いていました。そして、その巨大な力を前に、ゼフィーリアの顔に浮かんだのは、喜びと、そして、かすかな緊張の色でした。


 強い風の抱擁が止むと、ゼフィーリアは、深く息を吐き出した。その表情は、驚きと、どこか深い感銘に彩られています。 「ソフィア。あなたは、風の精霊に愛されし子だね。それも、とんでもなく、気に入られてしまったようだ」 ゼフィーリアは、ソフィアの小さな肩を見つめました。 「まだこんなに小さいのに、どんな鍛錬を積んできたんだい?精霊たちが、あなたの魔力を褒め称えていたよ」


 ソフィアは、その褒め言葉に戸惑いを覚えつつも、すぐに現実的な問題へと意識を戻しました。 「鍛錬の件は、私自身にも判りかねます……ただ」 ソフィアは、ゼフィーリアにまっすぐ視線を向けました。 「これで、風の精霊様へのご挨拶は終わったのでしょうか。肝心の風魔法の修行は、一体どうなるのでしょう」 ソフィアにとって、魔法とは、積み重ねるべき知識と、繰り返すべき訓練でできていましたから。


 ゼフィーリアは、ソフィアの問いに、軽く肩を竦めました。「風魔法の修行なんてものは、必要ないよ」 ソフィアの頭の中に、大きな疑問符が浮かびました。「風と会話ができさえすれば、風があなたの願いを叶えてくれるし、風がお前の知りたいことを何でも教えてくれる。それが、私たち風使いの魔法なのさ」


 修行が必要ない?願えば叶えてくれる? それは、ソフィアがこれまで生きてきた中で、一度も触れたことのない概念でした。魔法とは、ことわりと努力によって、やっと引き出せる、手の届きにくい力だと教わってきました。風使いの世界は、あまりにも奔放で、ソフィアの知る世界とは、まるで地続きではないようでした。


 ゼフィーリアは、ソフィアの戸惑いを察し、面白がるように微笑みました。「さあ、試してみるといい。一人で王宮へ帰ってみるんだ。そうすれば、風魔法の全てが分かる」ゼフィーリアは、巨木の方を親指で示した。「風に、『私を王宮の庭まで連れて行って』と、強く願うんだ。心の中で、風に語りかける。風があなたの願いを聞き入れてくれれば、あっという間に、元いた王宮の庭に着くよ」


 ソフィアは、半信半疑だったが、言われた通りにしてみることにしました。心を落ち着かせ、風の精霊の木から吹き降りてくる風に、己の意識を集中させた。 そして、あえて、その願いを言葉に出して言ってみた。「風の精霊様。私を、元居た王宮の庭、東屋の前まで連れて帰ってください」


 言葉にした途端、ソフィアの体が、まるで羽のように、ふわりと浮き上がりました。 次の瞬間、彼女の身体は、強い風の渦に包まれ、大地を蹴ることもなく、視界は緑と土から、青い空へと切り替わりました。ソフィアは、風と共に宙を飛びながら、それが、精霊の好意によって叶えられた、純粋な魔法なのだと、全身で感じました。


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