宮廷魔術師ドン・クリントン伯爵
ソフィアに魔力があると知れてからというもの、伯爵家の屋敷には、どこか落ち着かない空気が漂っていました。神殿の鑑定の魔道具は確かな証拠を突きつけていましたが、父であるジェイムズの心には、まだ半信半疑の曇りが残っていたのかもしれません。
そんな折、伯爵はふと思い出しました。フレイザー伯爵家に代々伝わる、宝物庫の奥深くに仕舞い込まれている、一つの魔道具のことを。
「あれを、ソフィアに試させてみよう」
それは、誰も魔力を通すことができず、ただの精巧な小鳥の置物として私蔵されている品でした。倉庫から運び出された埃を拭われたそれは、小さな台座の上に枝にとまった小鳥の姿をしていました。木彫りかと思いきや、手触りはひんやりとした石のようで、しかし、その造形には不思議な生命感が宿っているというもの。
伯爵夫妻と、ビクトリア、マイケル、そしてソフィア。家族全員が見守る中、ソフィアは恐る恐る、その台座へと手を触れました。そして、言われるままに、夜空の花火で感じたあの、身体の奥から湧き出すような、光の気配を込めてみると、そのとたん、奇跡が起こったのでした。
台座の上で、固まっていたはずの小鳥が、「チィー、チィッチィッ」と、瑞々しい声でさえずったかと思うと、次の瞬間、まるで命を得た本物の鳥のように、台座の枝からふわりと飛び立ち、集まった家族の頭上や、燭台の周りを、軽やかに、そして楽しげに飛び回り始めたのでした!
家族は誰もが、ぽかん、と口を開けて、その光景を呆然と見上げるしかありませんでした。古い魔道具は、魔力を込めるとどのような動きをするのか、その使い方は、とうの昔に失伝していたからです。誰も、置物の小鳥がさえずる上に、空を飛ぶなどとは、想像すらしていませんでした。
ひとしきり、小さな奇跡を披露した小鳥は、やがて満足したように、静かに元の台座の枝へと舞い戻り、再び、ただの石の置物へと戻ってしまいました。姉のビクトリアはソフィアの魔力をとても羨ましがり、「私も小鳥を飛ばしたい」とそれからしばらくの間、両親を困らせることとなりました。
この一件以来、伯爵の趣味が魔道具集めになってしまったのも、無理からぬことであった、と後に言われるようになったのはまた別のお話。
ソフィアの魔力が発見されてからというもの、屋敷は一時、それはもう騒がしい日々が続きましたが、しかし、二か月も経つと、人の噂は薄れ、フレイザー家は以前の穏やかな日常を取り戻しつつありました。 使用人たちのソフィアを見る目が、どのように変わったかというと微妙ではありますが、少し変わってしまったとソフィアには感じられていました。
大きく変わったことと言えば、ソフィアの元へ、月に一度、王宮から魔法使いが通ってくるようになったことです。これは、幼いソフィアの魔力の暴走が起きないよう、魔力制御法の指導をするためでした。
やって来たのは、ドン・クリントン伯爵という名の、王宮の魔術師でした。白髪白髭で、その瞳の奥には、長年生きてきた者の優しさが湛えられた、穏やかなおじいさん先生でした。ドン先生は、ソフィアの父、フレイザー伯爵に対して、真摯な面持ちで告げました。
「体の成長とともに、魔力も増えていきます。ソフィア様は六歳で魔力が発現したとなると、寄宿学校に行かれる頃には、かなりの魔力持ちになるでしょう。ですから、今のうちに制御法を身につけておかねば、周囲の迷惑になる他に、ソフィア様ご自身を危険にさらすことにもなりかねません」
そして、伯爵から視線を外し、ソフィアに向き直ると、その厳しい言葉とは裏腹に、まるで魔法をかけるように優しく微笑んで語り掛けました。
「ソフィア姫。儂は、お前に『魔法と仲良くする方法』を教えに来たのだよ」
幼いソフィアは、その言葉に、これから始まる修行の日々を、少しだけ楽しみに思えました。




