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第3話:Ripple

教育実習三日目。カン・ジフは職員室の喧騒の中で、ある種の浮遊感を感じていた。電話のベル、同僚教師たちの雑談、プリンターが絶え間なく紙を吐き出す音。そのすべてが、彼が長く夢見てきた教職の現実であったが、どこか非現実的に思えた。彼は「良い先生」になりたかった。知識を伝えるだけでなく、生徒の心を開き、彼らの世界を理解できるような教師。それが、教育学概論の最初の時間にノートの表紙に書き留めた、古びた理想だった。


彼の指先が、2年5組の名簿の一つの名前の上で止まった。


『ユン・シオン』


昨日、授業で見事な回答をした子。他の生徒たちが退屈と眠気に勝てずにいる中で、唯一、生きた眼差しで自分を見つめていた生徒。無関心を装った硬い表情の奥で、詩の核心を見抜いていたあの深い視線が、妙に脳裏に焼き付いていた。ジフはその瞬間を思い返す。準備した授業をやり遂げたという実習生としての浅薄な充足感とは違う、もっと根源的な感情だった。まるで乾いた地層を掘り進むうちに、偶然、冷たく硬い原石の一部を見つけたような――そんな知的な歓喜と高なり。


ジフは眉間に手を当て、首を振った。彼は単に才能のある教え子に過ぎない。過度な関心は不要であり、他の生徒に対しても公平ではない。彼は再び事務作業に集中しようと努めた。しかし、あの無表情な少年の顔が、そして最後の一行の意味を説明していた落ち着いた声が、何度も頭の中を巡った。少年は「悲しみのパラドックス」という言葉を使った。大学の講義で文学を読み解く時間に出てきそうな語彙だった。


授業がすべて終わり、退勤の準備をしていたジフは、机の上に国語の教科書を忘れてきたことに気づいた。明日の授業、キム・ソウォルの『ツツジの花』にある反語法について説明するには欠かせない教材だった。彼は鞄を手に取り、日が沈み始めた廊下を歩いて、2年5組の教室へと向かった。


教室の前に立ったとき、中から微かな光が漏れているのが見えた。放課後の自習をするにはまだ早い時間だ(※訳注:韓国の夜間自習のニュアンス)。誰か残っているのか。彼は教室の扉にある小さな窓から中を覗き込んだ。そしてそこで、窓際の一番後ろの席に一人座っているユン・シオンを見つけた。


まるで時間が止まったかのような光景だった。まだ制服姿の少年は、問題集ではなく、厚いハードカバーの小説に深く没頭していた。斜めに差し込む夕暮れのオレンジ色の光が少年の黒髪の上で砕け散り、金の輪郭シルエットを描き出していた。すべての騒音と活気が抜け落ちた虚ろな空間で、その子はまるで世界から切り離され、自分だけの領域に存在しているかのように、静かで、完全に見えた。ジフは思わず息を呑み、その姿を見つめた。


自分が中に入ったことにも気づかないほどの、深い集中だった。ジフは咳払いをしながら扉を開けた。


「シオン君、まだ残っていたんだね」


その声に、少年は弾かれたように肩を震わせ、顔を上げた。いつも無表情で硬い印象だったが、あんな風に子供のように驚く顔もするのだな。戸惑いの色の濃いその表情が、見慣れないながらも、どこか無防備に感じられた。


ジフは自分の教科書を手に取ると、自然な動作で少年の隣、空いている机の端に腰掛けた。気まずい沈黙を破るため、彼はシオンが読んでいた本に視線を向けた。


「何をそんなに熱心に読んでいるのかと思ったら……ヘルマン・ヘッセだね。『デミアン』か」


その瞬間、シオン의肩が目に見えて強張った。少年はまるで秘密を知られた子供のように、本の表紙を手で隠そうとした(※1)。その小さな仕草に、ジフはふっと笑みがこぼれた。大人びた洞察力を見せたかと思えば、やはり十八歳の少年なのだ。


「難しい本だね。十八歳の君にとって、『デミアン』はどう感じられる?」


自分でも驚くほど、柔らかく穏やかな声だった。教師として生徒の読書に興味を持つのは、ごく当然のことなのだと自分を納得させた。


シオンは少し躊躇してから、消え入りそうな声で答えた。


「……卵を割り、外へ出ていくようだ、と」


そして続く少年の説明は、ジフの予想を完全に裏切るものだった。


「生まれようとする者は、一つの世界を破壊せねばならぬ」というあの一節が、頭から離れないのだという。


ジフは一瞬、言葉を失った。たいていの子にとって、この本は単なる成長小説か、課題図書の一つに過ぎない。あらすじを追い、主題を暗記するだけだ。しかし、ユン・シオンは、作家が投げかけた問いを丸ごと自分の人生へと引き寄せ、苦悩していた。


『この子の「卵」とは、どんな世界なのだろうか』


純粋な好奇心だった。同時に、この少年をもっと深く知りたいという強烈な欲求だった。ジフは無意識のうちに一歩歩み寄った。


「シオン君にとって、『卵』とは何を意味するの?」


その問いに、少年は答えられなかった。深い思索に沈んだその横顔を見つめながら、ジフは少年の年齢を忘れた(※2)。彼は今、生徒と話しているのではなく、一つの深い内面を持った魂と向き合っているような、奇妙な錯覚に陥った。この子は、自分の世界が明確である分、それを壊すことへの恐怖も大きいのだろう。


その時、パラパラと窓の外で大粒の雨が降り始めた。突然の夕立は、瞬く間に二人を教室という孤立した空間に閉じ込めた。雨音が騒がしかったが、不思議とその騒音のおかげで、二人の間の沈黙はむしろ心地よく、満たされたものに感じられた(※3)。


「世界が壊れることは、怖いことかな?」


ジフはほぼ無意識に問いかけた。それはシオンへの言葉であり、同時に自分自身への問いでもあった。教師という安定した道。親が自慢に思う清廉な息子。それが、彼が長く自分を閉じ込めてきた頑丈な「卵」だった。けれど本当に、これが自分の望んだすべてだったのか。この道の果てにある自分の姿は、果たして幸せだろうか。


「……先生も……世界を壊したことはありますか?」


今度は少年が彼に訊ねた(※4)。ジフはその透明で真っ直ぐな瞳を正面から見据えた。少年の目はただ質問を投げているだけではなかった。まるで、自分の内面に隠した不安や迷いを見透かしているかのようだった。ジフは大人として、教師として、適当に取り繕った答えを出すこともできた。だが、そうしたくなかった。この少年の前では、妙にそれをしてはいけない気がした。


「僕も……まだ、自分の卵を割っている最中なんだと思う」


本心だった。その言葉を口にした瞬間、見知らぬ解放感が押し寄せた。誰にも、自分自身にさえ完全には認められなかった心の声を、彼は今、この十八歳の教え子の前で初めてさらけ出していた。


ちょうどその時、他の教員が入ってきたことで、魔法のような時間は解けた。現実に戻ったジフは、慌てて席を立った。心臓が理由もなく少し速く打っていた。


共に廊下を歩き、玄関に立ったとき、シオンが鞄から一本の折りたたみ傘を取り出し、彼に差し出した。「一本しかないので、さっきはないと言いました」という、不器用な嘘を添えて。ジフはその言葉の意味を瞬時に悟った。少しでも長く、教室に留まりたかった少年の心。


その心が愛おしくて、あるいは別の何かを感じて、ジフはこみ上げる複雑な感情に揺れた。大人である自分が先に席を立つべきだった。私的な会話を長く続けるのは正しくない。しかし、彼はそうできなかった。少年との対話は、彼にとっても救いになっていたからだ。


「それなら、一緒に入ればいいね」


彼はシオンの手から傘を受け取ると、少年の肩を抱き寄せた。小さな傘の下で、二人の肩がしっかりと触れ合った。シャツ越しに伝わってくる少年の細い体温と、緊張で強張った肩。ジフは自分の行動が教師として適切なのか一瞬葛藤した。だが、「雨の中、生徒を一人で行かせるわけにはいかない」という合理的な理由が、彼の躊躇を覆い隠した。あるいは、そう信じたかった。


自分の左肩が雨に濡れ、冷たく冷えていったが、彼は気にとめなかった。むしろ少年を少しでも自分の方へ引き寄せ、濡れないようにした。傘に落ちる雨音だけが唯一の背景音楽(BGM)となったその短い道のりで、カン・ジフは気づき始めていた。


自分が築いてきた、端正で安全だった世界に、ごく小さく、けれど鮮明な波紋が広がり始めたことを。


その波紋は戸惑いをもたらしたが、不快ではなかった。むしろ、死んでいた心臓を再び脈打たせるような、生々しい感覚だった。


そして、その波紋の震源地は、自分の傘の下で静かに息を潜めている十八歳の教え子、ユン・シオンであることを。



毎週 月曜日、火曜日にお伺いします。

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