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「そうだな。カイ、だっけ」
アランはアザになった脛をさすりながら床に座ると、ベッドに腰掛ける乖にたずねる。乖は隣で丸まっている黒猫をなでながら遠慮がちにコクッと頭を振った。アランは改めて目の前にいる少年を観察する。
髪も肌も服も白く、青い目が印象的な少年。ぱっちりとした目元は子犬のような愛らしさがあり、まるで妖精でも見ているような気持ちになる。雰囲気がフワフワしていて、この世の汚れを知らない純真な存在。それがアランが乖に抱いた第一印象だった。
「乖は施設のこと以外は何も知らないのか?」
アランは探るような、それでいて気を遣うような声色でたずねる。
「他に何を知れば良いのかな」
「うーん、この国のこととか。この町のこととか。あとは、俺たちのこととか?」
その瞬間、乖はパッと表情を輝かせ笑顔になった。
「ブラッドのこと教えて!」
ブレない真っ直ぐさにアランは少々面食らう。乖はずっとボーっとしているような雰囲気を漂わせるのに、ブラッドのことになると我が強くなるらしい。
中性的な見た目のためか、ブラッドに対して恋をしているということ自体に疑問を感じていない。子どもの恋愛であればなおさらだ。ただ何故ブラッドに惚れたのか気になっていた。
「お前、アイツのどこが好きなんだ?」
「好きに理由ってあるの?」
乖の問いにアランは少し思い悩む。この国じゃ恋だの愛だの言っていられるほど余裕はない。みな1日を生きるのに精一杯で、体を重ねるのは未来への不安と恐怖を誤魔化す現実逃避みたいなものだ。少なくともアランはそう思っていた。
だが目の前にいるのはそういった世界とは無縁に生きてきた少年だ。下手に身も蓋もないことを言って傷つけるのは本意ではない。
「そりゃあるだろ。例えば……顔が良いとか。男の俺が見ても整ってるって思うくらいだしな」
「うん! ブラッドはすごく綺麗だよ」
「あと腕っぷしも強い。アイツ今年で17歳だけど、そこらの男なんて蹴りだけで気絶させることができるからな」
「うん! ブラッドの蹴りはすごい音がしたよ!」
キラキラと目を輝かせる乖に苦笑してしまう。あまりにも純粋なリアクションをされるので、何と答えるのが正解なのかよくわからなかった。アランは不思議と懐かしい気持ちになり、笑みが深まった。
「でもアイツ、機嫌悪くなるとすぐ蹴りを入れてくるし、嫌味を言うし、面倒くさがりで愛想が無いぞ?」
「そうなんだ。他には?」
「えっと……何が知りたい? 別に俺も全部知ってるわけじゃないけど」
アランの問いに乖は腕を組みウンウン唸る。少し経つと再び相好を崩して口を開いた。
「ブラッドの好みのタイプってどんな人?」
「ぶっ!」
思わず吹き出すと猫は少し驚いて身構える。その後も声を押し殺すような笑いをするアランを見て、乖は珍しいものでも見るように目を丸くした。こんな風に笑う人間を見るのは初めてだと言いたげだ。
「お前、施設ではそういうことは教えてくれたのか? ほんっとブラッドが混乱してイラつくわけだ」
「あ……」
すると乖は表情を一変させ肩を落とした。先ほどブラッドが出て行ってしまったことを気にしているのだ。何か言いたそうな少年にアランは少し眉尻を下げて言葉を待った。
「僕は。いると……ブラッドに迷惑?」
世間知らずでも無神経というわけではないらしい。不安から視線を迷わせる姿は迷子のようだ。
「そうだなぁ。お前さんは人との距離の取り方を知らないんだろうな」
距離、と乖は首を傾げる。概念的な距離感について考えたことがないのか、ピンときていないらしい。
「ブラッドはプライベートなことに首を突っ込まれるのが苦手だし、色々自分のことを根掘り葉掘り聞かれるのも嫌みたいなんだ。他の奴らと比べても秘密主義なんだよアイツ」
「そうなんだ……」
目に見えてわかるほど落ち込む乖に、アランは慌てて言葉をつけ足す。
「でも一緒にいればわかってくることもある。そして人との関わり方を知るにはやっぱり世界を知るのが1番だ」
アランは立ち上がると不意にベッドの脇に置かれてるタンスを開けた。ここはブラッドの数少ない服を入れているところで、勝手に開けたことを知られればまた蹴飛ばされるかもしれない。
しかし乖はブラッドの庇護下にあるのだし、ブラッドの私物は乖の私物でもある。そんな無茶苦茶な理論で自分を納得させ、乖にも着れそうな服を見繕った。
「今の服じゃ施設のペットだったって丸わかりだからな。これに着替えろ」
「着替える? 何で?」
「さっき言ったろ。お前がやりたいことをするにはまず世界を知ることが1番だ」
アランは乖に目線を合わせて屈み、ブラッドの服を手渡す。乖はおずおずとその服を受け取った。まだ遠慮をしているらしい。
「乖、ブラッドが生きてる世界を知りたくないか?」
乖はその言葉にポカンと口を開き、すぐに頬を紅潮させ笑みを作った。
「知りたい!」
アランに手渡された服を広げ、のそのそと着替えだした。ズボンは裾を何回も折り返し、半袖のグレーのシャツをダボっとしたまま被る。少し乖の動きがぎこちないので、ところどころアランが手伝って着させた。
あまり見た目が良いとは言えないけれど、真っ白で無機質さを感じた検診着とは違う服を着た乖はウキウキしているように見える。
「おい、その手のやつ外さないのか」
ふとアランが指を差して指摘すると、乖は自分の腕をチラリと見る。革のようなゴムのような生地で作られている手袋は、ベルトが巻かれているのが相まって歪さが目立つ。
ラフな服装には見合わない物はつけない方が良いとアランは思ったが、乖は少し唇を尖らせ首を横に振った。
「これは外しちゃダメなの」
「何で……ああ。お前は発電ができるギフトなんだっけ。その手から電気が発生するってことか」
見た目の通りゴムでできているなら電気を通さないのだろう。アランは科学的な知識がちっとも無かったが、ブラッドにチクチク言われて記憶に残っているものもあった。
「僕ね、触れたものに電気を通すの。でも上手くコントロールできないから、今までは管に繋いだり手袋についてるコードから出したりしてたよ」
「へぇ、そりゃ凄いな。俺は生きてるギフトにほとんど会ったことがないから、どんな感じなのか気になってたんだよ」
「そんなに珍しいの?」
そりゃそうだ、と首肯する。肉汁たっぷりの骨つき肉を得る方がまだ現実的だと思う。突如現れたギフトという人種はアラン達にとって未知そのものなのだ。
「だけど不便だな。手を使いづらいだろ」
「うん。でもそういうものかなって。あと……」
乖は片方の手でもう片方の手にはめた手袋を撫でる。
「僕は……とかしちゃうから」
「とかす?」
コクリとうなずく乖。アランはそれ以上聞くのはやめた。乖の顔色があまりにも暗くなってしまったからだ。着ていたコートを脱ぐと、それを乖の肩にかけてやる。
「それ着ていいぞ。お前にはデカいけど手の先まで隠れるから丁度いいだろ」
アランの言葉の通りショート丈のコートは乖のひざまで覆っていた。乖はそっとコートを握り、ベッドで丸くなっている猫を見つめる。猫はベッドの上で目を閉じたまま何も答えなかった。




