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「おいブラッド。いるか?」
力強いが乱暴さを感じない叩き方はアランの癖だ。
アランはブラッドの生存を確かめるように何度も扉を叩く。
「……タイミング悪い」
ブラッドは悪態をつくと、そっと乖に近づき耳打ちをする。
「お前は猫と一緒に部屋の奥に隠れてろ」
その吐息に乖は小さく肩を震わせた。ブラッドは静かに髪を揺らし人差し指をつっと私室の方に向ける。その1つ1つの動作を、何が面白いのか乖は瞬きもせず見ていた。少し待ってみても返事が無い。
「聞いてるのか」
声に苛立ちを含めると、乖は慌てて首を縦に振り、猫を抱えて部屋の奥へと向かう。数秒経つと出入り口からの死角にあるベッドにもそもそと上がる音がした。
「うわ……ブラッドの匂い」
ブラッドの背後から嬉しそうな声がぼそりと漏れる。何かを確かめるようにゴソゴソ動き深呼吸する音が聞こえたが、気づかないフリをした。そして動く音がしなくなってから扉に近づき警戒しながら開いた。
扉の間からは見慣れた巨躯が立っているのが見える。
「おう、遅かったな。寝てたか?」
「何だ律儀に。寝込みを襲いに来たのかと思った」
「馬鹿言え」
ブラッドは機嫌が悪くなると笑みを含みながら嫌味を言う。アランはそれもよくわかっており、すぐに「悪いな」と言葉をつけ加えた。
「向こうの実行班から連絡が来た。メインシステムの侵入に失敗したらしい。撤退の際に工場を爆破したらしいが……まぁ外側だけだから西と比べたら相手へのダメージは半分くらいだろうな。時間がかかるとしても復旧するだろう」
「被害は」
「1人やられた。あと2人負傷したが命に別状はない」
つまり仲間が1人死んだ。ブラッドは静かに目を伏せその死を悼んだ。
「お前のせいじゃない」
「そうだとも」
アランの気遣いの言葉にブラッドは淡々とした声で返す。別に申し訳ないとか悪かったとか思っているわけではない。
レジスタンスとして活動しているのだから当然死は避けられない。だから人類の未来を望んで散った仲間に敬意を払ったのだ。自分ができるのはそれだけだ。
ブラッドはすぐに視線を上げ口を開く。
「次の作戦を考えておく。そのためにもまずは睡眠をとらせてくれ」
「そうだな。邪魔して悪かった」
アランも追及することなく話を終える。その距離感がまた気が楽で助かる。
さっさと出て行って欲しくて、ブラッドはドアノブに手をかけて追い出そうとした。しかし相手は下がることなく思い出したように口を開いた。
「ああ、それと」
アランは肩にかけていたカバンから両手サイズの袋を取り出す。
ガサガサと鳴る袋の音に猫は何かを悟ったらしい。ベッドから荒々しい足音を立ててこちらに走ってきた。
食が細いくせに食い意地を張っていて、食に関わる時にだけ元気になる。それがこの黒猫なのだ。
だが今はやめてほしい。アランが猫を構いだしたら小一時間は消費される。
「悪いが今は……」
「あっ!」
ブラッドの言葉を遮るように乖の声が重なり、小さな体が床の上にコロリと転がった。こちらの様子を見ようとしてベッドから落ちたのだろう。
「へ?」
突然部屋から現れた白い子どもにアランは驚きで目を剥いた。手に持っていた袋は床に落ち、口は顎が外れるほどに開かれている。
しまった。完全にバレた。
「な……え? おい、ブラッド。お前どこから女を……誘拐か⁉︎」
ブラッドは怒りに任せてアランの脛を蹴飛ばした。完全な八つ当たりだ。
痛みのあまりアランは飛び上がり、落ちたキャットフードの袋の臭いを嗅いでいた猫は驚いて毛を逆立てた。乖はその光景を眺めオロオロ辺りを見回している。
その間もブラッドは先ほど蹴り飛ばしたアランの脛に2度3度と蹴りを入れるので、相手はたまらず悲鳴をあげる。
「待て! 待ってくれブラッド。お願いだから説明……説明を求む!」
繰り返される懇願にやっとブラッドは怒りを収め、心底不愉快そうに乖の方を見やった。
工場の爆破はスムーズに完遂できたのに、今は何もかも上手くいかない。ねめつけるように見ていると乖はしょもしょもと肩を小さくする。
「工場の施設にいた実験体。発電ができるギフトだ」
「なんだって⁉︎ すごい収穫じゃないか。なのに、一体何が不満なんだよ?」
「面倒くさい。すごく面倒くさい男なんだよ」
「え? 男?」と聞き返すアランを無視してブラッドは乖に声をかける。
「丁度良い。お前、コイツの世話になれ。その方が都合がいい」
アランは仲間の中で一番信用ができるし、ブラッドよりよっぽど気が利いて面倒見がいい。乖のウザ絡みも上手くあしらうだろう。
「やだ。僕はブラッドと一緒にいたい」
乖は迷わず即答する。さっきまで戸惑っていた少年と同一人物とは思えないほどの潔さだ。アランは探るように乖に質問を投げかける。
「えっと……嬢ちゃん、じゃなくて坊主。何でブラッドと一緒にいたいんだ?」
「僕はブラッドのことが好きだから」
乖のよどみない答えと眼差しにアランは言葉を失う。しかし少しずつ意味を理解するとブラッドの顔を見て、再び乖の方に体の向きを戻し堪えきれないように肩を震わせた。
「そ、そうか……。お、お前、ブラッドのことが……へぇ。ぶふっ……ブラッドが好きで……一緒に……ぶはっ! あっはっはっはっは!」
遠慮のない笑い声に乖はきょとんとする。一体何が面白いのかイマイチ理解できない反応だ。
「そっかそっかブラッドはそれであんなにイライラして……っ。はは、ぶふっ。あっはっはっっは……痛ぇ!」
アザになりつつある脛にブラッドのトドメの蹴りが入った。
「出る。お前はコイツの子守りでもしてろ」
アランはブラッドの人を射殺すような目を見て息を呑み込んだ。これ以上余計なことを言えばアザどころの話ではなくなってしまう。実際にアランは過去にブラッドの逆鱗に触れとんでもない目に遭ったことがあった。
上着を着直したブラッドは2人を無視して玄関に向かう。
「ブラッド?またどこか行っちゃうの?」
乖の問いにブラッドは答えない。
「止めても無駄だ」
代わりに答えるアランはポリポリ頬を掻くと、改めて乖を見た。
「えっと……」
「初めまして」
乖の頭からつま先まで一通り眺めると、アランは改めてたずねる。
「初めまして。君は本当にブラッドが好きなのか?」
「うん」
「ぶっ……ふふっ」
痛みよりおかしさが勝ったのか、アランはもう一度大笑いをした。ブラッドは鋭く睨みつけると、外に出て不機嫌さを示すように乱暴にドアを閉めた。




