表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/22

3

 舗装されていない道を歩くと、蹴飛ばされた瓦礫の破片が軽い音を立てて転がっていく。ブラッドはそんなことには気に留めず何度目かわからないため息をついた。そしてため息をついたことに気づき、また嫌な気持ちになる。


 完全に流されている。


 想定していなかった状況に。想定できない相手の反応に。想定できない未来に対して。全てがブラッドの感情を逆撫でして嘲笑っているように感じる。


 何であそこまで気を遣わないといけないんだ。冷静になってから自分らしくない振る舞いを思い返し、さらに不快になった。


 ただ乖を工場から連れ出したのも、自分の住宅に連れ込んだのもブラッドの判断だ。

 ブラッドは乖のような実験体に今まで何度か会ったことがあった。薬漬けにされ末期状態の者、衰弱し死ぬ寸前の者、あるいはすでに亡骸となった者。


 形状も様々だった。乖のように五体満足の実験体に会うのは初めてで、大概は四肢を切断された者や顔を削ぎ落とされた者、液体漬けで体が溶けかけている者など人間らしい形をしていなかった。そこまでくると彼らに痛覚が残っていたのかさえ怪しい。


 都が運営する建物にはそんな残酷な実験体が置かれていることが珍しくなかった。何が目的かわからず、まるで見せしめのように飾られていた。


 だから彼らが生きていればトドメを刺した。もう苦しまないように。


 初めて乖を見た時、異質なほど綺麗な状態に思考が止まった。一体何者なのか知りたいという強い興味が湧き上がってきたのだ。


「ギフトか……」


 ギフト。それは人ならざる力に目覚めた者たち。乖の発電能力もそれだ。

 詳しい理論は知らないが、都はその研究をしているらしい。


 そのためギフトはみなモルモットとして使い捨てられており、乖もおそらく被害者の一人なのだろう。そこに国の陰謀を知る鍵があるかもしれない。

 痛いくらいに拳を握りしめる。冷えて感覚が鈍った肌からドクドクと血が通っているのを感じた。


 しばらく歩いて町の東側の地区にたどり着くと、そこには崩壊したビルが並んでいた。その隙間を縫うように進んでいくと、少し開けた場所に地面に真四角の扉が現れる。ブラッドは迷わず扉を開け、現れた梯子をするすると降りていった。


「ブラッド! 無事で良かった」


 梯子を降りきったところで大柄な男がブラッドを出迎える。わざわざ出入り口の近くで待っていたのだろう。


 短く切られたこげ茶の髪に、髪と同じような目の色。ブラッドより大柄なため、視線を合わせるには少し顔を上げなければならない。胸元には半球の形をした古い木製のペンダントが下げられていた。

 パッと人の良い顔に笑みを作る男を見て、ブラッドは眉間に寄っていたシワをわずかに緩める。


「アラン、工場の崩壊を確認した。復旧は絶望的だろう」

「そうか。今回もお疲れさん。これで少しは状況が変わるといいんだが……」


 ブラッドはアランと呼んだ男の言葉に首肯する。


「お上の方々は常に物に溢れ満たされた状態に慣れきってるからな。いつか『不足してる』『足りない』という状況になればパニックになるかもしれない」

「なるほど。俺たちの存在を目立たせるには重要ってことだな」

「まぁ、希望的観測だけどな」


 アランは苦笑を漏らす。彼はブラッドより3つほど年上で、面倒見が良く周囲への気配りもマメに行う。何より人に好かれやすい性格のため、ブラッドの右腕としてリーダーと部下の仲介役も担っていた。


 ブラッドが奥の部屋に向かうと、通路ですれ違うレジスタンスのメンバーはそれぞれブラッドに向けて挨拶の言葉を述べた。ブラッドより年上の人間の方が多いが、みなブラッドをリーダーと認め、不満を言う者は誰もいない。


 目的の部屋に入ると、そこは独房のような作りになっており、白衣を着た1人の男が檻に押し込むように入れられていた。今回破壊した工場にたまたまいた職員だ。隅でうずくまっていて、特に動きはない。


「何か情報は掴めたか」

「いや……すでに知ってる情報ばかり。末端の人間だ。それに薬で頭が正常な状態じゃないみたいなんだ」


 アランは哀れみの目を男に向けるが、ブラッドは一蹴するように舌打ちをした。


「どうせ貧民街から引っ張ってこられたんだろう」

「そうだな。上流階級の奴らに金をもらえるとか都に入れてもらえるとか甘い言葉をささやかれたんだろ」


 そうして調教を受けて利用され、最後はトカゲの尻尾のように切り捨てられるのだ。いつもアランは愚かだと言う一方で同情心を抱いていた。ブラッドにはイマイチわからない感情だ。


「時間が経てばまた何か吐くかもしれない。だが余計な拷問は行うなと担当に伝えてくれ」

「わかった」


 ブラッドは細長く息を吐くと、通路に出て広い部屋に入る。そこは作戦会議や報告を聞く際に使用している空間で、10人くらいは広々と使える余裕があった。


 談話していた他メンバーの数人がブラッドに気づき、それぞれ挨拶の言葉を述べる。ブラッドは一瞥すると、古びたテーブルの上に広げられた地図を見下ろした。


 今回ブラッド達が破壊したのは、西にある食品工場。それより先の西側には行き止まりを示すような壁のマークがある。

 さらにそのマークは歪な円を描くように地図全体に広がっていた。


「鎖国で壁を作るなんて、この国は本当に狂っているな」


 ブラッドの横に立ったアランがぽつりと呟く。ブラッドは黙ったまま右手の人差し指を地図の真ん中に置く。そこには大きな都があることを示すマークが描かれていた。


 ありふれたことだ。この小さな国では中央の都を要人や上級国民で占領し、贅沢を尽くしている。そして都に入れなかった平民は彼らの贅のために全ての苦労を背負わされる。


 10年前までは特に管理も何もされていない発展途上国だったが、唐突に外の手が入り多くの町が破壊され、村は潰され、多くの人々が命を失い、そして生き残りは壁で囲われた空間に閉じ込められた。


 理由なんて平民のブラッドやアランが知ることはできない。だからといって何もせず死を待つのはそれこそ死んでもごめんだった。


「上級国民様は今も食っちゃ寝の生活を続けてるんだろうな」

「多分な。その間も俺たち平民は飢餓や奴等の暴走に心身ともにすり減らしてる。……アラン、もう1つの工場の実行隊と壁側の調査隊の報告は」

「まだだ。工場はもう少し時間がかかるらしい。壁側は相変わらず警備ロボが狙撃してくるから調査が難航しているそうだ。このまま地下を掘って広げる方が早い」


 アランの端的な答えにブラッドはうなずく。


「ならもう少し様子見だな」

「そうだな。じゃあお前は休め」

「は?」


 ブラッドは不平を示す棘のある返答をするが、アランは呆れた顔をした。


「お前さ、今日少し変だぞ。焦ってるというか動揺してるというか。表情がいつもより固いし」


 図星を突かれブラッドはわかりやすく顔をしかめる。よく喜怒哀楽が表に出にくいと言われるブラッドの変化に気づくのはアランくらいだ。逆にアランには隠し事が通じないため、世話焼きな面も相まってお節介だと感じることがある。


 嫌いではない。だがたまに厄介なのだ。


「……ああ、連日の疲れが溜まっているらしい。お言葉に甘えて休ませてもらう」

「その方がいい。それで何かあったのか?」

「いいや? あとオリビアから物資の搬入について話があると思うから、お前が代わりに対応してくれ。以上、それじゃあおやすみ」


 アランが追及する前にブラッドはとっとと話を切り上げ部屋を出る。これ以上詮索するな、と圧をかけるブラッドに、アランは困ったように口をつぐんだ。だが追いかけることはしなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ