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 今にも崩れそうな建物の中はカビや至る所に見える亀裂の数々で陰鬱な雰囲気を作り出していた。所狭しと建てられ放置された建物が並ぶこの地区は、町の隅にある影響か、いつもはならず者が住み着いている。たまに死体が転がっているが、死因は様々でハッキリとはわからない。ブラッドからすればわかりたくもなかった。


 だが今は殺戮者の登場で生きている人間は避難したらしい。地面を踏み締める音や刃が擦れあう音だけが鳴り響いていた。


「おいおい、どこまで逃げるんだ」


 周囲は壁や大きな瓦礫の山があり、射線が通りにくい。また通路も狭いため跳弾の恐れもあり、不用意に発砲するのは得策ではないことがわかる。

アラン達が戦闘に介入するのは難しいだろう。


 少年はそれがわかったうえでブラッドを誘い込み、有利な状況で戦い続けていた。ブラッドは一撃一撃を受け流しながら目的の場所へ移動を続ける。


「複数プレイはお嫌いか?」

「ああ、サシが1番興奮するな」


 少年のナイフ捌きや立ち回りは絶妙で、ブラッドは凌ぎながらジリジリと後退するのがやっとだった。

 ブラッドはダガーナイフを構え直し、間髪入れずに相手の懐へ迫る。少年はそれを見て嬉しそうに刃で応える。刃と刃がぶつかる音が先ほどよりも一際大きく響き、周囲の空気を震わせた。


(目標地点まであと3メートル)


 アランが言ったD-51とは、この荒んだ地区を6つのエリアに分けたうちの4番目のDエリア。そのエリアで5番目に建つビル1階のことを指している。罠を仕掛ける箇所は地形からある程度想定でき、アランがつけただろう印が前方3メートルの壁に書かれているのが目に入った。


 目を凝らせばワイヤーが3本、足元ほどの高さで通路を横断するように張られている。それぞれのワイヤーにつけられている手榴弾のピンが抜かれ、すぐ爆発するようになっているのだろう。

 近接戦を行うブラッドからすれば爆発に巻き込まれかねない危険な罠だ。だから逆に相手を油断させて誘導することがしやすく、いつもアランの小言を突っぱねてブラッドは指示を出していた。


「そろそろその首を寄越せよ!」


 少年がブラッドの首を目掛けてナイフを振るう。ブラッドは受け流して相手の後ろへと回り込み、蹴りを放った。読んでいたのだろう、少年は食らう前に背後へ飛び退いた。

 あと1メートル。位置が入れ替わった相手の背後には罠がある。


 ブラッドは突進し再び懐に入ろうとする。少年は反射的にナイフを横薙ぎに振るったが、ブラッドは跳躍し少年の頭上を飛び越える。そのまま壁を蹴って5メートル後方、再び少年の背後を取った。

 少年とブラッドの間に3本のトラップがある。ブラッドはホルスターから拳銃を取り出し、数発相手に向かって発砲した。戦闘スタイルで判断するなら、相手は銃弾を避けながら突っ込んでくる。案の定少年は銃弾を避けると、獰猛なイノシシのようにブラッドに向かって突撃した。

 少年の足がワイヤーに引っかかる……。


 はずだった。


 ワイヤーに触れる直前に少年の動きが止まる。まるで彼だけの時が止まってしまったかのように。眼光はブラッドを捉え続け、ワイヤーになど目もくれず前方を真っ直ぐ見ている。それなのに何かを見つけたように口元に笑みを作った。


「ああ……なるほど」


 少年は踏み出そうとした足を引くと、迷うことなく地面を蹴って数メートル前方へ跳躍し、ブラッドに向かってナイフを振り下ろした。


「なっ⁉︎」


 その動揺が致命的なミスだった。ブラッドは相手の攻撃を持っていた拳銃で受け止めてしまい、呆気なく叩き落とされてしまう。その勢いのまま相手の刃は今度は上へと切り上げ、ブラッドがもう片方の手に持っていたナイフまで弾き飛ばした。


「っ!」


 鈍痛が広がる手首に構わずブラッドは体勢を直そうと足に力を込める。だが少年はそれを許さず、回し蹴りをブラッドの腹部を目がけて放った。

 ブラッドの体は吹き飛び、ひび割れた窓ガラスを突き破りながら外へと放り出される。細かいガラスや瓦礫がブラッドの服や肌を裂き血を散らさせた。地面に叩きつけられる衝撃にブラッドは息が詰まりぐわんと頭が揺れるのを感じた。


 これはやばい。完全に油断した。

 今のは動体視力や反射神経だけでは反応できなかったはず。実際ワイヤーは細く目視しにくい物が使われており、ブラッドは壁の印や長年の慣れから見極めることができた。そしてブラッドは罠の位置を確認してから一切視線を相手から逸らしていない。それなのにどうして相手は反応できたのか。


「お前には……何が見えたんだ」


 ビルに囲まれた中庭のような空間で、ブラッドは言葉を吐き出しヨロヨロと立ち上がる。全身の痛みでもはやどこを負傷したのかわからない。そんなブラッドを見て少年は楽しそうに歩み寄ってきた。


「何が見える?そうだな……」

「ブラッド!」


 言葉を続ける前に近くで臨戦態勢をとっていたアランが物陰から銃を構えて飛びだす。しかしその前に少年はピンを抜いた手榴弾をアランに向かって放り投げていた。


「んなっ!」


 アランが物陰に伏せるのと同時に鋭い爆発音と煙が広がる。いつの間にワイヤーの罠を解体し手榴弾を取り出していたのか。相手の手の速さと常任離れした立ち回りにブラッドは血の気が引くのを感じた。少年は緩慢な動きでブラッドの方に向き直り、口を弓状にくねらせ笑みを深めた。


「俺には未来が見える」

「は……?」

「神から贈り物を授けられたギフト。そのギフトの中でも選ばれた人間が至れる領域」


 少年はゆっくりとナイフをブラッドに向ける。赤い血がこびりついたナイフがビルの隙間から差す太陽光を鈍く反射した。その光景がなんとも悍ましい。


「俺はただのギフトじゃあない。その上を行く至高の存在。【真覚者】だ」

「……真に覚醒した者」

「なんだ、知ってたのか」


 少年は感心の息を漏らす。だがすぐに歪んだ笑みに戻りブラッドを見下ろした。


「俺の通常の能力は人並外れた動体視力と反射。しかしある条件に至ると少し先の未来が見える」

「……まさか」

「そういうもんなんだよ。じゃあ死んでくれ」


 少年はブラッドにトドメを刺そうと腕を振り上げる。ブラッドは避けようとしたが、痛みが走り踏み出すだけの力が出なかった。


 ここまでか。


 死が訪れるのはあっという間だ。だが自分が死ねば他の人間もみな殺される。

 なら刺したきゃ刺せばいい。代わりにその喉を食いちぎる。その目を潰す。

 覚悟を決めてブラッドは身を強張らせ、感覚が鈍くなった利き手に力を込めた。


「ブラッド!」


 砂埃が舞う空間に鈴のような透き通った声が響く。ブラッドはよく知ってる、しかしここには居るはずのない人物の声。

 乖はブラッドと少年の間に飛び出し、少年の腕を掴もうとした。その手にあの黒い手袋ははめられていない。顔と同じように白く線の細い指がまさに触れようとしている。

 少年はブラッドを目がけていた刃の角度を乖の方へ向ける。その動きがやけにスローに見えて、ブラッドは力の入らない体を傾け腕を乖に向かって伸ばした。


 しかし忌々しげにしていた少年の面貌は突如恐怖と驚愕が混ざり合ったものへと変わる。そして間髪入れずに刃は振り下ろされた。


「なっ⁉︎」


 ブラッドは信じられない光景に目が釘づけになる。

 少年が自分自身の腕を切り落としたのと、乖がその腕に触れたのはほぼ同時だった。

 乖が触れた腕は電流の光を輝かせたと思った刹那、まるで形を失うようにドロリと溶けたのだ。

 腕が融解した。

 液体のように崩れ、次には砂が空気と混じり合うように消滅していく。どうしてそうなったのかまるで理解できず、ブラッドは夢でも見ているのかと思った。


 だが少年の苦痛に満ちたうめき声を認知した脳が、これが現実であると警鐘を鳴らしている。もし少年が乖を刺し、腕を切り離さずにいればどうなったか。想像するのは容易く、ブラッドは身の毛がよだった。


「この……野郎!」


 腕を切り離した腕から血がとめどなく流れ出るのに構わず、少年はナイフを構え直す。表情は怒りと屈辱に染まり、全ての激情を乖に向けていた。


「ブラッド、伏せろ!」


 アランの掛け声でブラッドは乖の腹に手を回し地面に伏せた。その直後に銃弾が頭上を通過する。しかし少年目がけて放たれた弾は空を切り壁にめり込んだ。

 腕を失い激痛が走っているのにも関わらず、少年はバランスの悪い体を曲げかわしたのだ。その生への執念に恐怖さえ感じた。


「外したか……!」


 アランは切り傷だらけの顔を歪め、すぐにスライドを引いて連射する。他にも攻撃のタイミングをうかがっていたメンバー達が次々と敵に向かって発砲した。


「クソ!」


 流石に不利だと悟ったのだろう。少年は体に銃弾を掠めながら建物内へと飛び込んだ。


「次は……全員殺す」


 怨念がこもった言葉を最後に、消えた姿は二度と現れず静寂が広がる。

 キン……と頭に響く耳鳴りが薄れ、ブラッドはじわりと全身の痛みが戻ってくるのを感じた。逆にそれが生きていることを実感させ、安堵の息を漏らした。

 次にブラッドは抱き寄せていた乖の方へ視線をやる。乖は自身の腕を隠すように縮こまり、ジッとしていた。顔も伏せているので表情が見えない。


「ブラッド、無事か」


 アランが他のメンバーに指示を出した後、ブラッド達の方へ駆け寄る。手榴弾の爆発の直撃は免れたらしい。

 飛び散った破片で顔や上半身に切り傷を作っていたが、普段から防弾服を着ているお陰で軽傷のようだ。しかしアランは険しい顔つきを崩さないまま乖を見た。


「乖……さっきのは何だったんだ。お前は発電ができるだけじゃなかったのか」

「……」

「昨日……手袋について聞いた時、お前は『とかす』から外せないと言っていたな。それが今のなのか」


 アランの言葉にブラッドはハッとアランの方を見る。


「乖は……真覚者なのか」


 ブラッドの言葉にアランも察したように目を剥いた。先ほどの刺客の能力は高い動体視力と反射神経。さらに先を見通す未来視の力を手に入れた。

 乖は手から電気を発する力を持っている。先ほどの光景。電気が流れるのと同時に消えた腕。

 理屈がどうとかわからない。だが乖は電気を通したものを分解して消滅させる力があるのではないか。だから電気を通さないよう普段は手袋をしなければならない。そう考えると合点がいくと、ブラッドは不思議と納得してしまった。


「すげぇ……さっきの能力、最強じゃないか!」


 ブラッド達の話を聞いていたメンバーの一人が、驚きとそれを上回る期待で顔を紅潮させる。ブラッドが周囲を見回すと、他のメンバー達もつられるように喜びをあらわにした。


「あんな強敵の腕を一瞬でだぞ⁉︎ こんなに強い能力があるなんて……」

「ブラッドさんが見つけてきたんですか? いつの間に!」

「お、おい……」


 アランが困惑しながら止めようとするが、彼らの興奮がやむことはない。


「この子どもがいればこんな国ぶっ壊せる!」


 瞬間、ブラッドは頭を殴られるような衝撃を感じた。実際には殴られていないはずなのに、黒くて重い鉄の塊を脳天に落とされたような、あまりにも強すぎる衝撃。

 最初は確かに便利だと思って連れて来たはずだ。なのに何故だろう。ブラッドの頬は冷や汗で濡れ、体の温度が下がっていく。


 その間も乖はうつむいたまま動かなかった。小さく震えている肩はより弱々しく見えて、ブラッドはただ呆然とすることしかできなかった。


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