第5章 突然の事故①
悲劇というのは、いつも突然に訪れるものだ。
3月末に岡山県へ引っ越しして、4月から僕の家族は新しい生活を始めようとしていた。お母さんはパートを始め、兄貴は新しいバンドメンバーを集めて活動し、そして僕は桂ヶ丘高校へ通って野球部に入った。
そんなバタバタした毎日が過ぎた頃、僕の人生が変わるくらいとんでもない事故が起きてしまった。それは空がスッキリしない梅雨入り前の5月末のことだった。
「慎吾、いいかげん早く学校に行きなさい! 雨が降りそうだから、自転車じゃなくてバスで行くんだよ」
その日の僕はまだ新しい学校に慣れないことと、連日の野球部の練習もあって体がとても疲れていた。そしていつものように朝からお母さんに叩き起こされ、言われていたバスではなく慌てて自転車に乗って学校へ行ってしまった。
すると雨がポタポタと降り始め、周りの通行人の傘が1つ1つ開いていった。
「なんだよ、やっぱり雨が降ってきたじゃんよ」
毎日自転車通学している者として、突然の雨というのは非常に面倒くさい。学校に遅刻寸前で焦っていた僕は、急な坂道を自転車に乗って猛スピードで下って行った。そして何も考えずに急カーブを勢いよく曲がったその時、杖をついて歩いていた1人のお婆さんが死角で見えない所から突然現れた。
僕は急ブレーキをかけ大声で叫びながら、
「あぶないっ!」
と慌ててハンドルを切った。
あまりにも一瞬の出来事で、自分でもどのようにお婆さんを避けたのかよく覚えていない。
「いってぇ」
幸いにもお婆さんには当たらなかったのはよかったけど、僕は道路のわきにあるコンクリート壁に激突して転んでしまった。
「ちょっとあんた、大丈夫かい?」
「突然自転車で曲がってすみません。 あのぉ、おケガありませんでしたか?」
「わたしゃ大丈夫だけど、あんたは?」
「僕は大丈夫です。 では失礼します」
僕はそう言ってお婆さんに頭を下げると、遅刻と恥ずかしさが混乱して慌ててその場から立ち去った。そして自転車に乗りながら、腕時計をチラッと確認した。
「8時26分かぁ。 ギリギリ大丈夫かなぁ?」
結局は登校の時間には間に合わなかった。やっぱり校門の前で先生に怒られてコソコソと教室へ入り、やっとの思いで自分の席に着いた。
「まったく、悲劇っていうのは突然やってくるよ。 ヒジとヒザを擦りむいてすごく痛い」
でも、あの杖をついたお婆さんにケガをさせなくて本当に良かった。もしお婆さんと衝突していたらこんなことでは済まされないと思うと、次第に体が震えてきた。最悪の1日を過ごした僕は体が痛いという理由で部活を休み、授業が終わると早めに家へ帰った。
僕が家に入ると、台所のテーブルにいたお母さんは誰かと電話で話しながらシクシクと泣いていた。
「ただいま。 あれ、お母さんどうしたの?」
「気持ちをしっかりしてね。 本当に、何でこんなことになったのかしら」
電話をしていたお母さんは学校から帰ってきた僕の顔に気がつき、テレビから流れている緊急ニュースに向かって指をさした。
そのニュースを見て、僕は床にカバンを落とした。