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第四章 ナナの手紙②

もうすぐ桜が咲きそうなよく晴れた3月の日曜日。風も気持ちいいこの絶好のデート日和に、僕は心から神様に感謝した。

ナナから指定された場所で待ち合わせをした後、中華街でランチを食べて映画を見て、公園でいろいろな話しながら横浜のデートを満喫していた。


「ゴ、次はあそこに行こ!」


クラスではいつも1人で音楽を聞いている大人しいナナが、こんなにお喋りで明るい子だとは思わなかった。時々風と共に運ばれてくるナナの甘い香りが、僕の脳の奥を刺激する。そしていつの間にか辺りは暗くなると、僕たちは光り輝く横浜の大観覧車に乗った。

この美しい夜景が見える観覧車の中で、僕はナナに告白しようと心に決めていた。



『ナナ・・・岡山へ行ってしばらく遠距離になるけど、高校を卒業したら必ず東京か横浜の大学に入るよ。だから付き合ってくれない?』



この完璧な台詞が頭の中でリフレインしている。

観覧車の中に入ったナナはしばらく黙って座っていたけど、まずは僕の方から話しを切り出した。


「なんか夜景がキレイだね」

「う、うん。 キレイだね」

「今日は天気良くてよかったね」

「う、うん。 天気良かったね」


よし、今だ!


「ナナ・・・岡山へ・・・」

「ゴは何日に引っ越しするの?」


あの台詞で告白しようとした同じタイミングで、ナナは悲しそうな目でジッと見つめながら僕に問いかけた。


「もうすぐかな? お父さんだけ先に岡山に行っちゃったから、あとの家族はたぶん3月末だと思う」

「そうなんだ」


それからまた沈黙が続くと、ナナは小さいバッグからある物を取り出した。


「はい、これ」

「ナナ、これは?」


渡されたのは可愛らしい1通の手紙だった。

きっとナナは恥ずかしがり屋だから、いろいろな想いをこの手紙の中に書いてきてくれたのだろう。そして僕はその手紙を持ったままナナの目を見つめ、またあの台詞を言おうとした。


「ナナ・・・岡山へ・・・」


するとナナは急に恥ずかしそうな顔をしながら下を向き、聞き取れないくらい低い声で僕に言った。


「この手紙を・・・ゴのお兄さんに渡して欲しいの」

「へ、兄貴に?」

「私ね、ゴのお兄さんの追っかけをしていたの」

「兄貴の追っかけぇ?」


実は僕の兄貴はロックバンドをやっていた。まだアマチュアだけど地元では結構人気があるバンドで、兄貴はバンドのリードボーカルをしていた。どうやらナナは、だいぶ前から兄貴の追っかけをしていたらしい。


その弟である僕がナナの隣りの席になったのは、ただの偶然というか神様のイタズラとしか思えない。


「ああ、そうなんだ。 分かった、帰ったら兄貴にこの手紙を渡しておくね」

「本当に? ゴ、ありがとう!」

「いやいやぁ! アハハハ・ハ・ハ・・・」


僕は顔で笑いながら、心の中では地の果てまで落ちて行った。さっきまであんなに妄想の世界で気持ち良くなっていた自分が、今ではとても恥ずかしい。


「おいおい、そういうことかよ」



それからナナと横浜で別れた後、僕は暗い夜道の中をトボトボと歩いていた。ナナが好きなのは自分ではなく、実は兄貴だったという現実があまりにもショックで立ち直れない。

すると帰り道の途中にある公園から、あのバカデカい声が聞こえてきた。


「おおい、バカゴォ! 今日のナナとのデートはうまくいったのかぁ?」


夜の公園に響く怒鳴り声は、1人でブランコに乗っているイチだった。最初はその声にビックリしたけど、イチの顔を見たら途端泣きそうになった。


「イチィ、ダメだったよ」


それから観覧車で起きたナナとの出来事を、ブランコに揺られているイチに話しをした。


「あぁ、やっぱりねぇ。 私はナナがゴ兄ぃのことが好きだってことをずっと前から知ってたよ」

「え、マジで?」


イチは僕の兄貴のことを、昔から『ゴ(あに)ぃ』と呼んでいる。それからイチはブランコから高く飛び降りると、まるで着地を決めた体操の選手のようにYの字にポーズを決めた。


「そのことをあんたに言おうとしたら、アホみたいにニヤけてるからなんかムカついてやめたんだよ」

「ナナが俺の兄貴のことが好きだって、イチは前から知ってたのかよ?」

「そんな事はサンだって知ってるし、知らないのはゴだけだよ。 あんたは本当に昔から鈍臭いねぇ」

「なんだよ、知らないのは俺だけかよ」


イチは情けない顔をしている僕をチラッと見ながら、


「でもまぁ、あんたは私と同じじゃない? ナナに愛の告白はしてないんだから、別にフラれてはいないでしょ。 そんなに落ち込むなって」

「そりゃそうだけど。 サンに告白出来なかったあの時のイチの気持ちがすごく分かるよ」


イチは僕の肩を軽くポンポンと叩きながら、


「まぁまぁ。 岡山へ引っ越しするまではこのイチ様がいろいろ面倒みてあげるから、君は安心したまえ」

「え、マジで? イチが俺を癒してくれるの?」

「冗談だよ、バーカ! 誰がやるか!」

「・・・フフフ・・・ハハハ!」



僕たちは誰もいない真夜中の公園で、なぜかいつまでも笑っていた。


イチの怒鳴り声はナナの優しい声とはぜんぜん違う。

けどイチといると何故かホッとするのは、僕にとってイチは特別な存在だということなのだ。

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