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猫とパンケーキ

 ウェールズを知っているか?イギリスの北西部にある、グレートブリテンを構成する自治体の一つだ。ウェールズを知っていたとしても、アベリストウィスを知っている人間は数少ないだろう。ウェールズの中央北部、海辺に面したバカンスで有名なこじんまりとした街だ。晴れた日には、水平線の先に北アイルランドの輪郭がうっすら見える。


 俺様は、アメリカはニューヨークの大都会からこのスイートリトルタウンのアベリストウィスに海を渡って越してきた唯一の猫と言っていいだろう。おっと、俺のことを人間だと思ったかい?人語をしゃべる猫はありえないって?にゃーお、なんて馬鹿みたいに鳴いてるだけだと思ったら大間違いだぜ。俺様は毛並みの美しい、目つきの鋭いアメリカンショートヘア様さ。その昔は、イギリスからアメリカへ渡る船のなかでネズミ捕りをしていた猫が渡米して生まれたのが祖先さ。俺様はそんなアメリカから故郷に帰ってきた凱旋猫様なのさ。


 そういえば大事なことを伝え忘れていたぜ。俺様の名前は、チェリー。生物学上はメスだぜ。ふっ、一人称が俺様だからって生物学上オスとは限らないだろ。ミステリの鉄則さ。しかも今は日本語の文章になっているが、俺様は英語にすると全部「I」なんだぜ。


 俺様は、アベリストウィスのなかでも特に浜辺に近いカンブリアという4階建てアパートに住んでいる。俺様は、最上階に住む猫様なのさ。朝は波音で目が覚め、夜は波音とともに眠りにつく。まぁ俺様は猫だから朝も夜も関係ないんだがな。窓から見える水平線、そこに落ちていく夕日のなんと神秘的なことか。まるで、空と空と間にサンドイッチされた半熟卵の黄身みたいなんだ。ふっ、俺様はこう見えてもロマンチストだぜ。


 いつものまどろんだ水曜日の昼下がり。

 俺様が、窓辺に座ってカモメがビーチを歩く人のフィッシュアンドチップスを横取りするところをほくそ笑んで見ていた時だった。カモメとやらはなんでも奪いたがる。以前、俺様の家の窓が空いていた時、忍び込んできたやつがいたので果敢にも戦ってやったぜ。


「チアーズ、チェリー。今日もホットチョコレートにマシュマロを溶かした時に溶けきれずカップの淵にくっつく残骸みたいな顔をしているわね」

 バルコニーを伝ってやってきたのは、下の階に住むホワイトペルシャ猫のリンツだ。下の階に住む夫妻はオクスフォードからやってきたらしく、中産階級で贅沢な暮らしをしていることで有名だ。リンツも高飛車で扱いにくい性格をしているが、ふわふわの毛並みはこのアパートに住む皆のアイドルだった。

「チアーズ、リンツ。君こそ今日もふわふわの毛並みが素敵だね。いつでもペルシャ絨毯を配送するときの詰め物になれるぜ」

「ふん。ところで忘れないでよね。今日は全体集会の日よ。お日様がアベリストウィス城の真上に来たら、私の家でアフタヌーンティーよ」

 アベリストウィス城とは、このアパートの横にある中世時代の城であった。昔は偉い貴族が住んでいたらしい。

「忘れてないよ。しかしなんで猫なのに人間みたいな社会活動をしないといけないんだ。各々が信念の通り生きていれば、立派な猫道だろ」

「社会の秩序と調和のためには話し合いが必要なのよ。あと皆暇なの。私たち全員家猫でこのアパートから出てはいけないし。まぁ外は野蛮だから出たくもないのだけれど。昨日の夜も隣のパブカジノで人間たちがアルコールにウィード(マリファナのこと)を摂取してバカ騒ぎしてたわ。どうも労働党のサポーターたちみたいね」

「昨夜の大合唱はそういうことか」

「ふふ。猫も楽しくいくわよ。私の飼い主がマタタビをプレゼントしてくれたの。今日は皆でらんちきパーティよ。人間のように楽しくやりましょ」

「俺様は潔白な身なんだが。まぁ楽しみにしてるぜ」

 リンツが軽い足取りで下の階に帰っていく。おしりのふわふわ毛にshitうんちのことの残骸がくっついていることに気づいたが、面白いので放っておくことにした。俺様はあくびをして、また空を悠々と飛ぶカモメに目を戻した。


「おい、おせーぞチェリー!早くつまんねぇデイリーレポートしてマタタビパーティしようぜ」

 太陽がだいぶ西に進み、集会の時間になった。リンツの部屋に入ってきた俺を出迎えたのは、チンチラのロディーだ。ロディーは一番下の階に住む、このアパートの家主猫だ。家主の権威を借りて偉そうにしているが、実は気が小さく大した猫ではない。

「待ってました。チェリーさん。今日もグレービーソースの煮詰めたところの塊みたいな顔ですね」

 コイツはロディーの上の階に住む野良出身のマカオ。短毛の茶トラで雑種だ。主人も労働者階級らしく、慎ましく暮らしているのが印象だ。

「猫が時間に正確でどうするんだよ。どうせ皆暇だろ」

「暇は暇でも約束は守るのが、英国紳士流ってもんだぜ」と、ロディー。

「そうですね、僕もアパートのパトロールや小鳥とのダンスがあるので」

 マカオは楽しそうに言う。俺は難癖をつけた。

「ダンスって。とっ捕まえて飼い主にプレゼントしたいだけだろ」

「生者のダンスだけがダンスだけではありません」

「チェリーもマカオもついでにロディーもサイレンス!猫集会をとっとと終わらせて、またたびパーティをいたしましょう。では、デイリーレポート。まずはマカオから」

「今日はパンケーキの日です。人間はパンケーキを焼いて家族で食べる日です。小麦の焼ける美味しい香り、バターの少し焦げる香り、どれも鼻をくすぐります。お部屋がパンケーキの香りに包まれてとっても幸せでした」

「お、おれんちもパンケーキデイだったぜ。昨日三歳になった末っ子がバースデイケーキの次の日にパンケーキが食えるといって大喜びしてた。この子は勝気が強くてお転婆だから俺がついてないとだめなんだな」

「ちょっとロディー。マカオが話してるでしょ」

「いいんですよリンツ。僕からはあと小鳥を1匹、ねずみを3匹、コオロギを5匹しとめた話くらいです。以上です」

「じゃあ次マカオね」

「今話したとおりだよ。ハッピーバースデー。マイファミリー、マイスウィートハニー」

「本当におめでとう。なら次私ね、リンツのお家もパンケーキデイで、奥様がお友達を集めてアフタヌーンパーティを催したわ。その時にお友達の膝の上にのせてもらって撫でてもらっていたのだけれど、私のおしりにアレがついていて、お友達のシルクのスカートを汚してしまったの。とっても恥ずかしいわ。猫の気品を傷つけるようなことをして。だからみんなも気を付けてね」

 俺様は鼻をひくっとさせるだけで何も言わなかった。

「じゃあ次、チェリーのターン」

「俺様は……。カモメを見ていた……」

「…」

「…」

「…それだけ?」リンツがこちらを覗き込むように首をかしげた。

「…それだけだ」

「…」

 不思議な沈黙が流れた。俺はそれをなんだか誇らしいような、不思議な心地のよさを感じていた。

 ロディーが我慢できない様子で叫び始めた。

「はい、終了!ジエンド。フィン、フィン。またたびパーティ始めようぜ~」

「そうね、そうしましょう!」

 リンツがキャットタワーの裏に隠していたまたたびを持ってきた。リンツのおしりの毛は少し刈られているようである。

 俺様たちは袋からまたたびを取り出し、思い思いに耽り始めた。にゃーお。この時ばかりは猫になっちゃうぜ。

 

 またたびパーティを終えて、俺様たちは解散した。おっと、名誉のために言っておくが、俺様たち全員去勢しているので、人間がたまに行うような汚くてやましいことは何もなかったぜ。傍目から見たら愛らしい猫4匹がごろごろにゃんにゃんしていただけの、愛くるしい光景だったと思う。

 

 どのくらい時間が経っただろうか。夕日はすっかり沈み、辺りは真っ暗になっていた。夜の海はどこまでも暗く、深い闇に包まれている。波の動きが見えないにもかかわらず、大きな波の音がするのは不気味だ。波にさらわれてしまいそうな、海に連れていかれそうな気がして不安になる。

 

 俺様はお気に入りの窓辺で波の音や人間の話し声をBGMに、またたびの余韻に浸っていたときだった。

「ちょっと、おたくの猫が私の家のパンケーキを食べましたね」

 玄関のほうからアパートの管理人の声が聞こえた。マカオの主人だ。いったいぜんたい何事だ。俺の主人がしどろもどろに対応している。

「いえ、そんなうちの猫が」

「正面玄関を入った横の棚の上に、パンケーキデイのために用意しておいたパンケーキが食べられてたんだよ。その横におたくの猫が遊んでいるカモメのぬいぐるみのおもちゃが落ちていたんだ。ちょっとさ、まあ猫がやったこととはいえ、困るよ。うちの子供も楽しみにしてたのに」

「そんな…。もしそうなら申し訳ない。何か今からパンケーキを買ってこれれば」

「もう夜さ。この時間だとテスコかケバブショップくらいしかやってないよ。猫がアパート内を自由に行き来することやめるわけじゃないが、こんなことが続けばちょっと考え直さなきゃな」

「本当に、なんとお詫びしてよいか。申し訳ない」

「まあいいよ。はいこれ。カモメのぬいぐるみね。最近、オーストラリア産の上等な赤ワインが手に入ったから、今度一杯やろうや」

「ありがとうございます。またよろしく」

 そう言ってアパートの管理人は最後は笑顔を残して帰って行った。俺様は何が起きたか心配で、そろりそろりと主人に近づいた。主人は困ったような笑顔を俺に向け、俺様の頭をひと撫でした。俺様は弁明をしたかったが、猫では通じない。俺様はやってない。俺様はやってない。という声は、にゃーおにゃーおという空しい鳴き声が響いた。

「わかってるよ、チェリー。パンケーキが食べれてよかったな」

 Meow(違う)。何たる不名誉。何たる虚しさ。これは一大事だ。俺様は俺のため、家族のため、パンケーキを食べた真犯人を見つけることを心に誓った。その夜は目がさえて眠れなかった。中国の軍師は苦い肝を舐め、硬い薪の上で眠ることにより、復讐の心を忘れないようにして仇を討ったそうだ。俺様はカモメのぬいぐるみに猫パンチ足パンチを加えることで、犯人捜しの決意を固めた。


 猫の朝は早い。朝日とともに俺は各階の猫を俺の部屋に収集した。

 俺様は血走った目で皆を睨みつけ、できるだけどすの効いた声で問いかけた。

「昨日、マカオの主人のアパート管理人のパンケーキを食べ、あろうことかそれを俺様のせいにした猫の風上にもおけないやつがいる。パンケーキ皿の横には、俺様のお気に入りのカモメぬいぐるみが置いてあったらしい。これは俺様が2-3日前になくしたものだ。罪のなすりつけほど恥ずべきことはない。取り調べを始める前に、もし自白してくれる猫心が少しでも残っていれば、名乗り出てくれ。猫の名に懸けて」

 リンツ、ロディー、マカオの三匹はそれぞれ顔を見合わせた。首を横に振り、困ったような視線をお互いに向けている。俺様は顔の筋肉の微細な動きにまで注目して、表情に陰りがあるやつを見つけようと思ったが、猫の表情は固いので結局見分けられなかった。

「しょうがない。ではアリバイ調査から始めよう」

 俺様は一呼吸置いて、状況を整理した。

「まずまたたびパーティを行ったのが、太陽が西に傾いてアベリストウィス城の正門にかかるところだった。この時俺様たちは一緒にいた。そこから太陽が水平線に沈む手前のところで解散した覚えがある。アパートの管理人は、夕方日課の散歩をしているから管理人が不在のことは周知の事実だ。またまたたびパーティの前に、マカオが管理人がパンケーキを焼いていたことも皆知っていた。もちろん一番怪しいのはパンケーキがあった部屋に住んでいるマカオなんだが、解散後はどのように過ごしていたんだ」

「僕は、解散後、宣言通りアパートの屋上にいって小鳥とダンスをしていたよ。僕とダンスをしてくれるのは、小鳥くらしかいないから、アリバイを証明しろといっても難しい話だね。でも、今屋上にいる小鳥はムクドリで、この地域だと夕方に海辺に飛んでくる習性がある。その小鳥を一羽仕留めて正面玄関に隠してあるから、見てもらえれば僕が屋上にいたことの証明になるんじゃないかな。小鳥はそんなに簡単に捕まらないし、僕が屋上で長い間奮闘してたことをむしろ認めてもらいたいよ」

 俺様は問いかけを続ける。

「ふーむ。なら次、リンツは」

「私は1階のバルコニーでまたたびの余韻に浸っていたわ。ごろごろにゃんにゃんしていて、よく覚えていないけどアリバイを証明しろなんて言われても困るわ。しばらく寝ていて、教会が6時を告げる鐘を鳴らしたから自室に帰ったの」

 ロディーが口を挟んだ。

「俺も似たような状況だぜ。2階の外壁に上下階に水を通す水道管があるだろ。それが劣化で壊れて外側に突き出して、隣のアパートとつながっているんだ。俺はその時、またたびハイになってた。そのパイプは1メートルくらいあるんだが、そのパイプの上を行ったり来たりしていた。なぜかって。ついこの間、末っ子とスピリティッドアウェイ(千と千尋の神隠し)を見ていたんだ。その時、主人公がパイプの上を走りぬく描写が大変クールだったので、俺もやってみていたんだ。アリバイなんてねーよ。猫が群れると思うか。猫にアリバイを求めるほうが酷ってもんよ」

 それもそうだにゃ、と猫らしく納得してしまった俺がいた。いや、いかんいかん、俺は名誉挽回のために頑張るのだ。

「そういうおまえはどうなんだチェリー。本当はパンケーキを食べたんじゃないのか」

 ロディーが目を細めて聞いてきた。

「俺様も、いつものお気に入りの窓辺に戻ってカモメを見ていた。確かにアリバイは…ない」

「じゃあどうすんだよ、もういいだろ。俺たちはおまえがパンケーキ食ったとは思ってねえよ」

「みんなの優しさには感謝するけど、俺様自身が納得いかないんだ。俺様の中の正義が」

 リンツが口を挟む。

「それってなんだかとってもアメリカンね。清々しくて羨ましいくらいだわ」

「ありがとうリンツ。で、猫にアリバイはないとすると状況証拠からの推測しか残っていない。そう考えると、悪いがリンツ。お前が犯人だ」

 リンツは大層驚いた様子で、ひげをぴくつかせ、猫特有のシャー声を出した。

「ちょっとなんでそうなるのよ!」

「だってリンツ、事件は正面玄関で起きているんだぜ。1階で寝ていたリンツが一番怪しいだろ」

 俺様のこの言葉を聞いて、みんな顔を見合わせたかと思うと、ぷっと噴き出した。場が一瞬和んだ気がする。リンツが笑いを抑えきれない様子で、ひげをひくつかせて話し始めた。

「Oh wow, how sweet you are. アメリカンキャットはいつだって自分が世界の中心という顔をして歩いているのだから」

「な、なにが言いたいんだ」

「イギリスではね、1階は2階のことを指すのよ。アメリカでいう1階はグランドフロアと呼ぶの。分かった、マイスイートチェリーパイ」

 ―まじか。俺様は愕然とした。1階が1階でないなんて。なら俺様は何階に住んでいたんだ。

 リンツが説明を続ける。

「なので、アメリカでいう2階に私、3階にロディー、4階にチェリー、屋上にマカオがいたので、正面玄関には誰もいなかったはずよ」

「そんな、じゃあ一体誰が。なんで俺様を犯人扱いするようなことを」

 再び猫間に沈黙が続いた。マカオはもう飽きている様子さえ伺える。ロディーは大きいあくびをし始めた。ん、あくび?そうだ。

「みんな、口を開いてくれ」

「俺は今開いてるよ、ふああ眠い」ロディーは2度目のあくびをしながら言った。

「急にどうしたの?」マカオは興味なさそうに聞いた。

「匂いだよ。パンケーキを食べたなら匂いが残っているかもしれないだろ。猫の嗅覚は人間の数万倍だ。もしかしたら残り香が分かるかもしれない。さ、口開けて」

 俺様は口臭確認を行う覚悟を決めた。パンケーキを食べたならば、強烈なホイップクリームのにおいがするはずだ。きっとこれで犯人が分かる。リンツが渋った。

「いやだわ、レディの口臭を確認するなんて」

「いいから開けて!」

 俺様はリンツの顔に自分の鼻をできるだけ近づけた。朝ごはんに食べたであろう、サンマのフィレの香りがした。どことなくレモンの香りもする。

「はい、次!」

 俺様は次にマカオの顔に近づいた。小鳥とネズミとコオロギを仕留めたであろう複雑な匂いがした。く、くしゃい。しかしほのかにレモンの香りがするような気がする。

「むむむ、次はロディーね」

「はいはい、ふぁーい」

 ロディーの口は、イチゴヨーグルトの匂いがした。人間の朝飯を共有してもらってるな。うーん、なんだか小麦を焼いた匂いがするようなしないような。レモンの香り?あやしいかもしれない。俺様は躍起になっていたので、間違っていてもよいから、口臭確認による解決方法に熱を入れた。

「もっと、口開けて!喉を見せて!」

「ふあ、ふああ、ふあああ。うっ」

 突然ロディーの目が見開かれる。そして口を閉じたかと思うと、全身を震えさせ、喉を鳴らし、嗚咽を始めた。

「うっ、うっ」

「まずい」

「これは」

「長毛猫特有の毛玉爆弾よーーーーーーーーー!みんな避けて!」

「わー!」マカオが一目散に逃げた。俺様も後ずさって様子を見守る。

「おっーーーーー」

 その瞬間、俺様は全聴覚を窓の外から聞こえる波の音に集中した。ざざぁー。ざざぁー。なんて癒される音なんだろう。

「うっふぅーーー!あースッキリした」

 ロディーが何も無かったかのように床に寝転んだ。しっぽをふりふりさせている。もちろんゲロは避けている。

「ちょっともう、やめてよね。朝から変なもん見ちゃった」

 リンツは大変な不快感を示した。俺様もリンツに続く。

「本当だよ、ひとんちでゲロ吐くな、ん?」

 吐かれた毛玉爆弾を注視する。そこにはチンチラの毛玉と、パンケーキの切れ端のようなものがくっついていた。

「こ、これはなんだ!パンケーキじゃないか!!」

「あ~。バレちったかー」

 ロディーは悪びれない顔で、寝転んだまましっぽをゆさゆさしていた。余程スッキリしたのだろう。

「どういうことだ!説明しろ!」

「いやーだってマカオの家のパンケーキは格別なんだよ。俺だけじゃないぜ、マカオもリンツも皆で食べたんだぜ」

「な、なんだって!」

 俺様はリンツとマカオの顔を交互に見た。2匹とも居心地の悪そうな顔をしている。

「あーもうばらさないでよ。波風たつじゃない」

 リンツは本当に迷惑そうだった。マカオも続く。

「そうだよ。チェリーさんに悪いよ」

「じゃあ皆で俺様抜きでパンケーキを食べたのか。じゃあなんで俺様のお気に入りのカモメぬいぐるみがあったんだ?誰か盗んだのか」

 マカオが慌てて訂正する。

「違うよ。アレは僕が屋上で小鳥をハントしてる時に偶然見つけたんだ。きっと君の家の窓が空いていて、カモメに連れ去られたか何かなんだろう。カモメはご飯じゃなかったから、屋上にぽいっと捨てたんだ。ぬいぐるみの傷はその時出来たんじゃないかな。僕が屋上で見つけて、渡そうと思って自分の部屋の玄関に置いておいたんだ。それを忘れてただけさ」

「そんな。でも皆の口からはホイップクリームの匂いがしなかったぜ。あれはなんなんだ」

 この時も皆顔を見合わせた後、微笑ましいような視線をこちらに向けてきた。

「チェリー。本当にまだイギリスに来たばかりなのね。ちょっと待ってて。パンケーキ取ってくるから」

 リンツがスタスタと階下に向かった。しばらくして戻ってくると小麦粉を焼いた薄い生地の、クレープのようなものを持ってきた。

「イギリスでは、パンケーキは薄いの。小麦粉に少しベーキングパウダーを入れて作るのよ。それにホイップクリームやメープルシロップはかけない。レモンと砂糖でいただくのがクラシックな食べ方よ。最初から勘違いをしていたなら、私たちの口の香りは見破れないわ」

「そ、そんな」

 俺様はその場にヘタレた。床に這いつくばってもう動きたくなかった。

「みんなひどいぜ。仲間外れにして」

 ロディーが謝る。

「悪かったって。お前、カモメにしか興味なさそうだったからさ。それにお前を誘うと1人分の取り分が無くなるだろう」

 リンツが持ってきたパンケーキを俺様の方に持ってきた。

「ごめんね、チェリー。お詫びにこのパンケーキは私の家の主人が一生懸命作ったものの余りよ。これを皆で食べましょ」

「僕はマタタビをいただきたいです」マカオが真剣な顔で言った。

「あ、そう。ならこのパンケーキは要らないね」

「要ります」

 俺様は恐る恐るパンケーキをかじった。砂糖のダイレクトな甘さと、レモンのすっぱさがアクセントであり、シンプルながら癖になる味だった。

「うん。美味い」

 俺様は素直にそう伝えた。リンツは嬉しそうにしっぽを振っている。

「ね、良かった!パンケーキデイ、延長戦よー!」

 俺様たちはパンケーキを仲良く食べた。窓からは、朝の始まりを告げるカモメの鳴き声が聞こえる。アベリストウィスの朝が始まった。





注意:この小説を書ききった後に調べましたが、猫にレモンを与えてはいけないそうです。この物語はフィクションです。猫にレモンを与えないようご注意ください。

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― 新着の感想 ―
素直に文章が上手いなと思いました。 一人称での文章がとても軽快で、カタカナや英語の言葉が良いアクセントになっていると思います。 ミステリとしても、イギリスとの文化の違いを使った勘違いなど、よく練られて…
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