最悪
「じゃあ行ってくるわね。」
「…ヒューナ様………公爵様は……」
「……いいのよ。大丈夫だから。」
私はそう言って舞踏会行きの馬車に乗った。
侍女のサタはきっと私が今日初めて出会う婚約者の公爵様が怖いのだろう。
私の嫁ぎ先の公爵様は、正直言うと悪い噂しかないような人だ。魔物と人間のハーフで、人を喰うなんて噂もある。
公爵様は元は平民だったが、持ち前の魔力と武力で戦争に勝ち続け、爵位を得た。
そんな地位の得方をしたからか、人を殺すことに喜びを感じている怪物やら獣やら人々の間では色々と言われている。
私のヘルディス家は魔力持ちの家門として、強い魔力を持った公爵様を早く渦中に入れたかったことから、私を嫁がせたのだ。
(別に私はそんなに怖くないんだけどね。)
私が恐れるものはただ心の声だけ。
それにこの婚約によって家族から離れられるなら私からしたらいい話だ。
今日の舞踏会でとっとと挨拶して公爵様の家に住まわせてもらおう。
「着きましたよ。」
馬車を運転していた男の人に声をかけられた。
「お手を。」
「っ…!い、いえ…大丈夫です。」
「…は、はぁ。」
…まずい。やっぱり急に近くに来られると癖でびっくりしてしまう。でもよかった。たまに勝手に手を握ってくる人もいたから…その時はパニックになってあまり覚えてないけど…。
「あぁ!ヒューナ!やっと来たのね!お寝坊さんなんだから!」
舞踏会の広場に入ると先に着いていたお母様たちが駆け寄ってきた。
「遅れて申し訳ありません。」
「いいんだよ。今日は娘の晴れ舞台でもあるのだから。」
「そうよ〜!でも明日から中々会えなくなると考えたら寂しいわね…。」
こんな言葉、触れなくても嘘だとわかる。
いくら綺麗な言葉で包もうが、私を見る目は冷めている。
「「……」」
相変わらず兄のファズとヌートバーはだんまりだ。
よく考えたら私はファズやヌートバーと会話という会話をしたことがない。
この2人には触れたことがないから何を考えているのか一番読めない。というか今思えばお母様とお父様は魔力無しの私と兄たちが接触しないようにしていた気がする。
「お母様、少しあちらに行ってもよろしいですか?」
「ええ。楽しんでおいで。」
私は家族勢揃いの地獄の空間に耐えられず、会場の隅へ移動した。
(疲れた。)
けれどこんな家族ごっこも明日で終わる。そう考えたら少し気が楽になった。
「あ!あの子、ヘルディス家のヒューナ様じゃない?」
「あの公爵様に嫁ぐって噂の!?」
「ほんっと気の毒ね。」
「いやでもあの子も魔力家なのに魔力無しの子でしょ?呪われた子同士お似合いなんじゃない?」
「ちょっと…!ふふ」
(聞こえてるって……)
………そういえば公爵様、ここにいない?いつ来
バンッ!!!!!
!?
突然、私の真後ろにあったドアがものすごい音をたてて開いた。
するとみるみるうちに、前にいた女の子たちや周りの人の顔がゾッと青ざめた。
(なんでみんな急にビクビクして……あ、もしかして公爵様が来たの?)
私はそう思い、後ろを見た。
そこには黒髪に黄色の目、よく焼けた褐色の肌に筋肉質な大男が立っていた。
(え?この人が怪物やら何やら言われている公爵様?男前だしすごくイケメンじゃない?)
じっと見ていると公爵様が私の存在に気づき、少しだけ目を大きくし、目が合った。
「あのっぇ!?」
私が公爵様に声をかけようとした瞬間、私は後ろから背中を押された。
体がどんどん傾いて公爵様に近づいていく。
────あ
「………大丈」
ドンッ!!!
…………………やめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめて怖い怖い怖い怖い怖い聞きたくない聞きたくない聞きたくない!!望んでない!!聞きたくない!!やだやだやだやめてやめてやめてやめ
「申し訳ございません!!私がつまずいたばかりに!!!!」
「っ!?!」
「本当に申し訳ございません…すごく顔色が悪いですが…ケガはないですか?」
「……あ、あ、え、えぇ。大丈夫よ。」
…あ、さっき押されたのはこの人がつまずいてしまったからだったのね…。
……あ!!そういえばさっきパニックになっちゃって私公爵様を押しちゃった、!!謝らないと!!
「ヒューナ!?!大丈夫!?!」
そう言ってお母様とお父様がこちらに駆け寄ってきた。
(なんで今来るの……震えが…)
「…大丈夫です。少しつまずいただけなので。」
「そ、そう?ならよかった………ハッ…!!!こ、公爵様。こ、こちらが娘のヒューナです。あ、え、と、あちらに談話室がありますので…ヒューナとお入りを…!」
……お母様がこんなにビクビクしてるの、初めて…。
公爵様は数秒間お母様を見つめ、返事はせずに言われた部屋にズカズカと入って行った。
「ほ、ほら!ヒューナも行ってなさい!」
そう言ってお母様は私の背中をドンと押した。
『やっと…!!やっとだわ!!!やっとっ!!!何回も産まなきゃよかったって思ったけど!やっと!やっと使えた!!!』
────最悪