王冠は巡る
短編です。
どうしてもあげたくなっちゃった。
王位継承ピタゴ〇スイッチ
(何が、起きている…?)
国王である父の前に、近衛兵によって膝をつけられ、無様にもひれ伏していた王太子のサファル・ヴォア・クラインは状況に理解が追い付いていなかった。先ほど自分は卒業式に来ていた来客の目の前で、婚約者であるアビゲイル・ランブル公爵令嬢に婚約破棄を宣言したのだ。私は真実の愛に目覚めたのだと。その瞬間近衛兵に取り押さえられた。
(なぜ、こんなことに?)
(2年間本当によく耐えた。社交界ではもっぱら氷人形との異名のある、冷たい女だ。笑った顔など見たことがない、愛想のない最悪の婚約者。あんなのとは、婚約破棄だ!)
隣で小さい悲鳴を上げた愛しい人。ミリスティが涙をためてこちらを見ていた。一緒につかまり、腕を掴まれていた。
(ああ、可愛そうに!)
声をあげようとした時だった。
「お待ちください、陛下!確かにサファル殿下はミリスティ子爵令嬢を選ぶ『ミス』をおかしましたが、それだけで廃嫡なんて…!!」
黒髪で、眼鏡のカイル・カイザークラインが無礼を承知で国王陛下の前に躍り出た。冷たい瞳の国王以下、重鎮たちの前での陳情は、しかしその国王によって遮られた。
「はぁ~~~~~~、カイルよ…。なんでわざわざ、2年前…、お前とサファルを違うクラスにしたのか…。」
確かに、幼いころから一緒に育ち、従者兼護衛兼遊び相手のカイルとサファルは当然同じクラスになると思っていた。しかしふたを開けてみれば、違うクラスだった。サファルは護衛のミカエルと一緒のクラス、カイルはサファルの婚約者のアビゲイルと一緒のクラスだった。サファルと違うクラスになったカイルは、初めて自分の勉強に集中でき、成績が飛躍的に上がったのは怪我の功名だった。
「学園での2年は、王太子として、この国を任せられるか最後の試験だった。もちろん、サファルだけではなく、カイル、お前とアビゲイル嬢、3人のな。」
(そんなのは初耳だ。)
「そうだったんですか…。」
カイルも初めて聞いたのか、国王陛下の話を聞いていた。会場には卒業生とその他卒業生の両親など多数がいたのだが、恐ろしく静かだった。
穏やかな口調が会場の隅々に静かに行き渡った。
「カイル、アビゲイル嬢は、私の求める学園生活のすべてを大きく超えて…素晴らしいものだった。予想以上だ。学園祭の成功も、二人の尽力があったからだと、教師陣も太鼓判を押していたよ。」
「いえそれは、生徒会として当然のことをしただけです。」
「相変わらず謙虚だな。そのうえ、忙しいさなかにも二人は週に一度の王妃のお茶会にも、必ず出席していたしな。」
「わたくしは…王妃様にお会いするのが楽しゅうございましたゆえ、苦でございませんわ。」
優雅なしぐさで少し前に出たアビゲイルは、つややかな黒髪を揺らしにこりと笑って答えた。しかし本来ならば王妃とのお茶会は、婚約者であるサファルがエスコートすべき案件だ。
「ああ、そう言ってくれてうれしいわ、アビゲイル。」
にこりと笑った王妃陛下は愛おしげに彼女を見ていた。
「話を戻そうか。サファルが王太子にふさわしいか最後の試験が…『カイルと離して一人で、学園生活を滞りなく送ること』我ながら…。」
頭を抱え、ため息をつきながら国王陛下は吐き出した。
「よくもまあこんなに甘い試験にしたものだと、私自身思ったものだよ。」
カイルは少し国王陛下から視線を外した。心当たりがあったのだ。学園の卒業生も冷や汗をかいている生徒がちらほらいた。
「しかし結果はどうだ!?」
突然の咆哮に皆、息を呑んだ。
「面倒ごとはクラスの違うカイルに丸投げ!」
カイルがサファルに、宿題を押し付けられる場面を見ていたクラスメイトは、目線をそらし、掃除を押し付けられているところを見た生徒は、遠い目をしていた。
「生徒会に入ったかと思えば、副会長のアビゲイル嬢に丸投げ!」
面倒な会議に出席したのは片手で数えるほどだった。生徒会長のサファル殿下は、アビゲイル嬢とカイルの作った草案を、壇上で読み上げるのが主な仕事だった。生徒会に入っていた生徒はみんな知っていることだった。なにせ、上級生からの引継ぎでさえしなかったのだ。前生徒会長のマルティ・ランブルは苦笑いをしていた。
「二人に仕事を押し付て、自分は子爵令嬢と過ごす時間を作るとは…。しかもテストの成績が下がったお前を心配して、勉強会に誘えば断り、心配する二人を遠ざけた…。」
サファルはテストの点数にいちいち突っかかってくるカイルが、うっとおしかったし、成績が下がったと小言を言うアビゲイルがうざったかった。婚約者のいる身で、ミリスティを侍らすのもいかがなものかと言われたのだ。だったら婚約者なんかいなければいいのだ。私とミリスティとの間に障害は必要ない。そう言ってやろうと顔をあげた。
「我が子ながら…情けない…。」
感情の無い目で見つめられ、初めてぎくりと肩を震わせた。隣の母に縋るように視線を送った。そこで王妃陛下が口を開いた。
「―――…一番…情けないのは…。」
確かに王妃陛下とサファルの目はあった。
「2年前から…そうなるだろうと予想をしていたことだわ…。」
「母上…?」
そのまままた王妃陛下は口を閉ざしてしまった。
「次の王になるのは、『身体が弱く』廃嫡された兄と、弟の自分だけだと思っていたのか?サファル?」
6年前、王太子だった兄が離島に隔離された。王族を幽閉する離島だった。兄は体が弱かったとされているが、6年前は、いたって健康だった。悪ふざけをしていたずらするような、最高に楽しい兄だった。兄の話を出されて、心拍数が上がった。
「ランブル公爵。次に王位を継ぐのは誰だ?」
少しくせっ毛の、中年男性が前に来た。アビゲイル・ランブルの父上だ。
「はい、そうですね、我がランブル家は国王陛下の妹君を妻にいただいておりますゆえ、我が息子、マルティが継承権第二位ですね。」
微笑みをたたえ、アビゲイルの隣にいたマルティが、国王陛下の前に歩み出た。カイルが下がってサファルの隣まで来た。
「発言してもよろしいでしょうか?国王陛下。」
「許可しよう。継承権第二位マルティ。」
「我が最愛の妹は…アビゲイル・ランブルは…十年も前から王宮にて王妃教育を受けております。」
ひとのよさそうな穏やかな声で、ゆっくりと発言していた。
「しかも陛下がお認めになるほどです。我が、ランブル家としては、私が王太子になるより、アビゲイルを王太子妃に、と考えております。」
「いいのか?ランブル公爵。」
「私としては問題ありません。」
「私は、王太子を辞退いたします。」
「お兄様…」
「アビゲイル、君がどれほど努力したか…僕はよく知っているつもりだよ。」
「そうか分かった。では次、継承権第三位。」
ランブル公爵はこくりと頷いた。マルティは礼をしてアビゲイルの隣に戻ってきた。
「継承権第三位は王弟殿下です。」
国王陛下の前に行かず、一歩前に出た王弟殿下は笑った。」
「そうなると継承権第三位に当たる私も、辞退がよろしいですね。長年連れ添った妻もおりますし。」
隣にいた奥方を抱き寄せ、笑いあった。
「王弟殿下…!」
「そうなるとここからは外戚となりますね。」
「そうだな、外戚で一番血筋が近いのは、カイザークライン家であろう。」
そこでざわめきが大きくなった。サファルも思わずカイルを見た。
(なぜここでカイザークラインが…?)
しかしサファル以上に驚いた顔がそこにあった。サファルはカイルが外戚であることは知っていたが、もっと血筋の遠い親戚かと思っていた。出身が辺境だと聞いていたからだ。
「戦場の黒鷲カイザー・クライン。その人こそ私の叔父だ。伯父上の息子である継承権第四位、カイザークライン伯はどう考えている?」
後ろにいたのかカイルの隣に並んだのは、カイルの父のカイザークライン伯爵だ。辺境を治めている歴戦の獅子だ。彼がいるからこの国は、余計な戦いに巻き込まれないのだと言っても過言ではない。表舞台にめったに姿を見せない彼は、息子の卒業式にはやって来た。
「父さん…。」
「私にも妻がおりますゆえ、上の息子が適任かと。アイン。」
朗々と語る口調が、会場にピリッと響いた。
「では継承権第五位、アイン・カイザークライン。」
また後ろから、シンプルな装いでやって来たのは、アイン・カイザークラインだった。
「御前失礼いたします。アイン・カイザークラインです。」
「兄さん…。」
サファルにぎりぎり届く声でカイルが、呆然と兄の背を見ていた。
「ではアイン殿について少し略歴を。五年前に学園に通っておりました。卒業後は伯爵領を継ぐべく辺境にて勉強中だと聞きました。」
ランブル公爵が周りの貴族にわかるように言うと、マルティが、私の親友でもあります、と付け加えた。
「お言葉ですが、陛下。」
アインはぶしつけに話し出した。礼儀を欠いた行為であるが、堂々とした態度に気圧されて、だれも何も言えなかった。
「私には婚約者がおり、彼女を愛しております。それにもっと王太子にふさわしい者を知っています。」
「…ほう?」
「学園始まって以来の逸材、我が弟、カイルです。子供の頃よりサファル様につき、王城にて王太子教育のフォローをして育った、国王の覚えめでたい弟です。」
驚愕に立ち尽くすカイルと、流ちょうに話すアインが対照的だった。しかしカイルが貴族をいなしている時の口車にそっくりだったので、確かに兄弟なのだろう。
「それに、アビゲイル嬢も俺より、カイルがいいでしょう。」
「えっ!?」
瞬間湯沸かし器のように赤くなったアビゲイルは、気まずそうにカイルから目線を外した。
「では、王位継承権六位。カイル・カイザークライン。お前を王太子とする。」
一斉に注がれた視線に、たじろぐことなく国王陛下一点を見ていたカイルは、一呼吸おいて声をあげた。
「一つ、サファル殿下の処遇を、私にいただけるのでしたら。」
「それで、お前の気が済むのなら…。」
「はい。謹んでお受けいたします。」
腕を前に礼を執った時、会場は拍手と賛辞に包まれた。近衛兵に連れられて、サファルとミリスティは退出させられた。
王太子になったカイルの最初の仕事はサファル殿下の、身の振り方だった。意外にもミリスティ子爵令嬢はサファル殿下について行くと言ってきかなかった。彼女の愛は本物だったらしい。二人は宣言通り結婚し、サファル殿下の兄、サファリン殿下のいる離島に行くことになった。
「まさか兄弟そろって真実の愛に目覚めるとか、笑えないわ。」
王妃陛下は国王陛下に笑いかけた。
「カイルはいい王になるだろうから、まあいいじゃないか。」
小さいころから、外に行くより本を読むほうが好きだった。大人たちばかりの王宮に来て、それが一層加速してしまった。もういっそ、部屋から出たくなかった。本なら何でもよかった。現実を見ないための道具だったから。
「なんの本を読んでるの?」
でも。
「湖畔事業とその後?うげ、よくそんなの読めるな、スゲー。」
黒髪に眼鏡をかけた少年は、私の手を取って図書館から連れ出してくれた。
「名前はなんて言うの?アビー?ふーん、俺はカイルな!あっちで遊ぼうぜー木登りしようぜ木登り!」
大きな木のそばまで来て、久しぶりに風を感じた。
「俺はかっこいい英雄の話がいい!」
彼の笑顔が眩しかった。手をつないでくれたのがうれしかった。
「え、そういう本あるの?!」
そのあと何年かたって、その時のことを彼に聞いてみた。
「ああ、あんまりにつまらなそうだったから、声をかけた。」
彼はいつも私を気にかけてくれた。いつも隣にいてくれた。私の婚約者の代わりに。心細い、週に一度の両陛下とのお茶会に、彼は毎回ついて来てくれた。行き道に緊張をほぐすため、他愛ない話をしてくれるのが楽しかった。婚約者と仲良くできない私を、応援して励まして、時に叱咤し、気づかってくれた。
本を読む彼の視線が好きだった。
真剣に机に向かう、彼の背が好きだった。
何度も同じ剣術の型を練習し、モノにしようとする姿勢が好きだった。
好きな人との結婚など、あきらめていた。
ウェディングベール越しの、珍しく眼鏡をしていない彼の顔が、こちらを見つめていた。あ、やっぱり、この人のことが好きだわ。
そう、あきらめていたの。
「私の初恋は、叶っちゃったのよね…。」
うららかな昼下がり、黒髪の娘を抱きしめ、あの日一緒に来た大きな木の下で、独り言ちた、つもりだった。
「奇遇ですね、俺もです。」
お読みいただきありがとうございます。 楽しんでいただけたら幸いです。