6◆セヴランの屋敷
そして、それから一日。
ついに馬車はフィンツィ領のセヴランの屋敷へ辿り着いた。
貴族のお屋敷となると、綺羅綺羅しく飾り立ててあるとばかり思っていたが、予想よりもずっと慎ましい。
古い屋敷なのだろう。それがブランシュには好ましく感じられた。
海が近く、そよぐ風に潮が混ざるのも不思議な感覚だった。
「とても素敵なお屋敷ですね」
お世辞ではなくそう思えた。それを伝えたら、セヴランは微笑んだ。
「ありがとう。若い女性には地味だと言われないか心配だったんだ」
「そんなこと……」
これからここでセヴランの妻として暮らすのだ。未だに夢を見ているような気分だった。
使用人はそう多くはなく、執事とメイドが二人、料理人が一人、庭師が一人。
もしかすると他にもいるのかもしれないが、主を出迎えたのはそれだけだった。
それでも人にかしずかれ慣れていないブランシュは気後れした。
「君は伯爵家の血を引いているんだ。もっと堂々としていたらいい」
セヴランはそう言ってくれるけれど、急には変われなかった。
ブランシュを迎え入れるために用意したという部屋へ通される。そして、目を見張った。
そこには純白のドレスが飾られていたのである。
「綺麗だろう?」
セヴランは微笑んでいる。ブランシュの胸はドキドキとうるさく鳴っていた。
「え、ええ」
「これは僕の亡き母が着たウェディングドレスなんだ。僕の花嫁にはこれを着て式に臨んでほしくて。新品を着たかったのなら申し訳ないが」
「いいえ、そんなに大事なドレスを着せて頂けるなんて光栄です」
「嬉しいよ。君は優しい子だね」
古いドレスが嫌どころか、亡くなった母親のことを今でも大事に想っているセヴランに感動した。こんな人ならば、きっとブランシュのことも大切にしてくれる。
セヴランはにこやかに続けた。
「結婚式は明後日だ。それまでにゆっくり休んで疲れを取ってくれ」
「あ、明後日ですか」
皇帝の喪に服すことはしないと、そのようなことを仄めかしてもいたが、それにしても急だ。
本当に明後日、ブランシュは結婚式を挙げるのだろうか。
「では、彼女のことをよろしく頼む」
執事とメイドに告げ、セヴランは部屋を出ていった。
使用人たちはそろって主を見送ったが、皆が同じように表情らしきものを浮かべておらず、人形のように感じられた。貴族の使用人というのはこういうものなのだろうか。
この部屋は客間のようだった。
それというのも、婚礼を終えたら夫婦の寝室へ移されるからだという。
ブランシュは湯殿で着ていた服を脱がされ、メイドたちに体を磨き上げられた。恥ずかしかったが、これにも慣れなくてはならないらしい。用意された寝衣もいつもの木綿とは肌触りが違った。そのせいもあって寛ぐどころか落ち着かない。
今日は疲れているだろうから晩餐はやめて簡単な食事を部屋で取れるようにセヴランが取り計らってくれていた。それがとてもありがたい。この上、マナーを気にしながらの食事では疲弊してしまう。
一人でサンドウィッチを頬張り、食べ終えると、メイドの一人が皿を下げに来た。
「ありがとう。とても美味しかったです」
礼を言うと、メイドはペコリと頭を下げた。けれど、特に世間話をしてくれるでもなかった。
もしかすると、ポッと出てきたみすぼらしい娘を主の配偶者だとは認めたくないのかもしれない。
そうした反発もあって当然だった。打ち解けるまでに時間がかかるのは仕方がない。あまり気にせずにいよう。
そうして、広々としたベッドに入って眠った。
疲れていたのか、夢は見なかった。