5◆アルディの町にて
辻馬車以外の馬車に乗ったのは初めてだった。
ブランシュはセヴランの隣に座り、向かいにダルコスが乗り込む。車体は天井が高く、椅子は柔らかく、部屋のように快適だった。
「あの、皇帝陛下がお亡くなりになったと皆さんがお話されていたのですが、本当でしょうか?」
すると、セヴランとダルコスは顔を見合わせ、言葉を選びながらブランシュに言った。
「ああ、残念だが事実と認めざるを得ないらしい。オルグ将軍の証言によると、一緒に海へ落ちたという……」
どうしてそんなことになってしまったのだろう。
そうは思うけれど、どんな禍も起こってしまった後でならなんとでも言える。
「それで、オルグ将軍は陛下をお護りできなかった責を負わされるようです。どのような処分となるのかが決定するまでは蟄居ということだそうですが。将軍の位から退かれるのは間違いないでしょう」
将軍として最悪の不名誉だ。
今、当人はどんな思いで引き籠っているのだろう。まったく住む世界の違うブランシュには想像もできなかった。
ただ、悲しいのだろうなと思っただけだ。
「国が喪に服する時です。わたしたちの結婚も先のことになりますね」
「僕たちの結婚を延期したところで陛下が蘇るわけではないよ。むしろ、暗いことばかりが続いているから、前を向いていかないと」
あっさりと返されて驚いた。セヴランはそう考えるらしい。
そういうものなのだろうか。ブランシュよりもずっと年長で世間を知る彼がそう言うのなら、ブランシュの方が浅はかなのかもしれない。
「そうですか……」
「段取りは進めてあるから、君は何も心配しなくていいんだ」
「ありがとうございます」
あまりに性急にことが運ぶせいか、ずっと戸惑うばかりだ。
この胸にある違和感をどう言えばいいのかもわからなかった。
馬車に揺られている途中で何度か町へ立ち寄り、食事を取った。そして、日が暮れると宿に泊まる。そこはレルミット領のアルディという町だった。
「まだ結婚前だから、部屋は分けておくよ」
セヴランが宿の入り口でにこりと笑った。ブランシュが赤面しているうちにセヴランは宿の奥へと入ってしまう。
それぞれの部屋はそう大きくないけれど、貴族のセヴランが宿泊する宿だから、ブランシュがこれまで使ったどんなベッドよりも大きかった。
窓から暗くなった外を眺めていると、ドアがノックされてまだ若い子供のような女中が飲み物を運んできてくれた。あたたかいココアだ。
サイドテーブルにココアを置いてペコリと頭を下げた女中に、ブランシュは訊ねたいことがあった。
「ありがとう。ねえ、あそこに見えるお屋敷はこの辺りの領主様のものなの?」
この町よりも離れた丘の上に屋敷の影が見えるのだ。月明かりに照らされ、白っぽい壁が幻想的に映る。
すると、女中はとても言いにくそうに答えた。
「はい……。オルグ侯爵様のお屋敷です」
それを聞いてハッとした。
件のオルグ将軍のことではないのか。もしくは、その父親なり親族だろう。
疚しいことのように扱われてしまう人ではなかったはずなのに、ほんの数日で名声が地に落ちてしまった。
「そうなの。わたし、この辺りのことは何も知らなくて」
「そうでしたか。では、ごゆっくりお寛ぎください」
女中が去った後もブランシュはぼんやりと窓の外を見ていた。
蟄居を申しつけられた将軍があの屋敷にいるのかどうかは知らないけれど、寂しそうな屋敷だと感じた。