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亡き皇帝のためのパヴァーヌ  作者: 五十鈴 りく
第2部✤花嫁によるメヌエット✤

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24◇前祝の戦い

 皇帝アミルカーレが再び戦場に立てば、兵たちの士気は最高潮に達する。

 白貂の毛皮(アーミン)の裏地のマントを翻し、アミルカーレは全軍に告ぐ。


「我が国から敵を一掃する。今後、容易に手を出せぬほど完膚なき敗北を味わわせてやろう。皆、祖国のために戦い抜け!」


 二万の軍勢が上げる(とき)の声は、敵の戦意を削いだことだろう。

 またこうしてアミルカーレと戦場に立つことが叶うとは、あの時からは想像もできなかった。


 そして、戦場で散るのが武人だと、そんなふうに自分の命を軽く見積もるのもやめた。

 ブランシュを迎えに行かなくてはならないから。妻にすると約束したから。

 今のノアには、彼女の人生の分も責任がある。


「――さあ、行くぞ」


 アミルカーレが真夏の太陽のような熱を帯び、ノアに呼びかける。


「お供致します!」




 皇弟グェンダル、宰相ラグレーン――それに組した者が敵国にもおり、アミルカーレを討つための情報を受け取っていた。アミルカーレがいなくなれば、実権を握った彼らと手を組み、戦はほどなくして終わると信じていたらしい。しかし、そうはならなかった。

 アミルカーレ率いる帝国軍は、戦局を覆す。


 この戦は後に〈前祝(ぜんしゅく)の戦い〉と呼ばれた。

 暗い雰囲気を吹き飛ばすほどの祝い事がこの後立て続けに起こるためである。



     ◇



 ――約束のひと月後、ノアは戦の後処理を横に置いてブランシュを迎えに行った。

 この時、ブランシュはなりふり構わずノアに飛びついた。


「ノア様!」

「……ただいま、ブランシュ」


 ノアの胸に飛び込んできたブランシュは、泣いているのかと思えば、むしろ笑っていた。


「予定ではお行儀よく、ああしようこうしようっていくつかのお迎えパターンを考えていたんですよ? でも、ノア様の顔を見た途端に嬉しくて吹き飛んでしまいました」


 ひと月離れていたけれど、これといって変わりのないブランシュにほっとした。本人は変わったと言ってほしそうだったけれど。

 メファノ伯夫妻と子息は、そんな二人を戸惑いつつ見守っていた。少し気まずい。


「ブランシュがお世話になりました」


 彼女をやんわりと放し、なんとか体裁を取り繕うと、メファノ伯がうなずいた。


「おかえりなさいませ。勝ち戦となりましたこと、お喜び申し上げます」

「陛下の御力です」

「いえ、オルグ将軍がおられるからこそ、陛下も安心して御力を振るえるのでしょう」


 そんなやり取りをしていると、夫人がおずおずと何か言いたげにしていた。

 ノアが目を向けると、夫人は緊張しながら言った。


「あの、ブランディーヌのウエディングドレスをこちらで用意させて頂いてもよろしいでしょうか?」


 これにはブランシュがきょとんとした。


「えっ?」

「聞けば、家族はもう誰もいないとのことでした。これは、私の娘のことですから……」


 この時、夫人の目を見た瞬間に、ノアは何か感じるものがあった。

 夫人は本当に何も知らなかったのだろうかという気になる。知らないながらにも、何かを察したなんてこともあるのだろうか。

 この女性はそう愚かではない。


「ええ、そうして頂けるのなら嬉しい限りです。ありがとうございます」


 ノアは遠慮することなくその提案を受け入れた。

 ブランシュは戸惑っていたけれど、きっと嫌ではなかった。

 そして――。


「お義兄様!」


 ブランシュは急にシャルロを呼ぶと、自分が着けていたペンダントを外し、それをシャルロの手に握らせた。


「これを私だと思って大事にしてください。わたしたちは兄妹なんですからね」


 ――あれは、ブランシュの育ての母の形見ではなかったか。

 亡き母のため、実子であるシャルロに返した。そうすることで母が喜んでくれたらいいと考えたのだろう。

 そんなブランシュをノアは愛しく思った。


「ありがとう。またね」


 事情を知らないシャルロだが、そう言って優しく笑った。




 ブランシュと帝都へ向かう馬車の中で二人になった。

 久しぶりだから、互いに考えることは同じである。


「ノア様、わたし、いい子でお留守番していましたよ」

「それは偉かったな」

「そうでしょう?」


 にっこり笑ったかと思うと、ブランシュは向かいの席から移動してきた。ノアの隣――ではなく、ノアの膝の上に。


「ノア様も約束を守ってくださったので、ご褒美です」


 膝の上からノアの首に腕を回し、頬にキスをした。

 ――我慢もあと少しなのに、どうしてこう煽ってくるのだろう。

 互いに触れ合いたいと思った。ただそれだけのことかもしれない。


 ノアはブランシュの柔らかい体を抱き締めた。久しぶりで、愛しさが込み上げて、力加減を忘れてしまったかもしれない。

 苦しそうに見悶えているブランシュに、ノアは囁いた。


「あと少し」


 それを呪文のように。


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