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亡き皇帝のためのパヴァーヌ  作者: 五十鈴 りく
第2部✤花嫁によるメヌエット✤

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23◇父と

 ブランシュは、ここを去る前に父と差し向かいで話したいと思った。

 そして、それは父も同じだったようだ。

 ブランシュが行儀作法の特訓の合間に庭にいると、フラリと父が現れたのだった。


「……やあ、ブランディーヌ。今日はいい天気で気持ちがいいな」


 ベンチで詩集を読んでいるふうに広げていたけれど、そんなものは一切頭に入っていない。

 ブランシュは装丁が綺麗な本を閉じ、父に向けて微笑んだ。


「ええ。お父様もいかがですか?」


 一瞬、父はたじろいだ。けれど、覚悟を決めたようにうなずいた。


「そうさせてもらおうか」


 隣に座った父から緊張が伝わる。

 今更なんの緊張だろう。秘密が露見する心配をしているのだろうか。

 どういうわけだか、ブランシュの方が落ち着いていた。


「君は今までどうやって育って、オルグ将軍と出会ったのか聞かせてもらってもいいだろうか?」


 やはりそれを知りたいようだ。

 ブランシュは軽く首を傾げつつ語り出す。


「ええと、わたしは生まれも育ちもグリマレなんです。途中で引っ越しましたけど。母一人子一人でしたが、母は二年前に亡くなりました。最近まではミッサの町で働きながら暮らしていました」

「……ラファランというのは母親の姓かね?」

「そうです。母はコリーヌ・ラファランです」


 その名に、父が苦しそうに唾を飲んだ。


「どうやってノア様と出会ったのかを簡潔にお話しするのは難しいのですが、わたしがとても困っている時に助けてくださったのがノア様でした。あんなに偉い御方なのに、少しも威張ったりしなくて、誰よりも優しいんです」


 笑ってのろけてみたら、父は複雑そうに苦笑した。


「まあ、皇帝陛下ならばいざ知らず、オルグ将軍以上の男性など、なかなかいるものではないな」

「いえ、わたしにとっては陛下よりもノア様の方が素敵です」


 どんなに不敬だろうとそこは譲れない。


「陛下よりもか」


 父は声を立てて笑った。わざとらしさはなかった。


「ええ。愛する人と結婚できるほどの幸せはありません。お父様もお母様を大切になさっておいでですものね」


 そのためにブランシュと、コリーヌ(はは)と、シャルロを巻き込んだ。すべては夫人と家のために。

 父は、ブランシュが真相を知っていると思わないのだろうか。

 それとも、知っていても許してくれていると感じたのだろうか。

 こんなことを言った。


「ああ、妻は私の宝だ。しかし、貴族は家に縛られる。領地や財産は我々だけのものとは言えず、ひとたび問題が起こればたくさんの人々を道連れにしてしまう。それを避けるための結婚であったり、出産であったりする。……嫌なものだ」


 それは、ブランシュとシャルロの取り換えを望んでいなかったと言いたいのだろうか。

 その悔恨のどこかに、亡き母への憐みも混ざっている。


「ただ、恨まれるのならば、それは私一人にしてもらいたい。悪いのはすべて私だ」


 その言葉は、ずっとブランシュに言いたかったことなのだろう。だとしても、恨まれてもこうするしかなかったと暗に言っている。

 恨む気持ちは不思議と湧かなかった。もっと冷血な人を想像していたのに、思いのほか普通に血の通った人だったからかもしれない。

 ただ、シャルロを自分で育てられなかった母が可哀想だと思っただけだ。


「仰っている意味はよくわかりませんが、わたしの母のお墓はミッサの町の共同墓地にあります」


 一度くらい墓参りをしてもらってもいいはずだ。

 父はフッと笑った。


「そうか。ありがとう」


 多分、この話をすることは二度とない。

 ブランシュはそうしようと思った。シャルロの人生を壊したくない。

 シャルロはこのままメファノ伯の嫡男として生きていく。それを母も望んでいると思えたから。


「でも、お義兄様はお優しいですから、きっとよいご領主におなりになるのでしょうね」

「シャルロには甘さもある。能力は平凡だ。それは親として私がよくわかっている」


 とても苦い言葉を吐いた。

 しかし、そこには慈しみも滲んでいる。


「ただし、あれは勤勉で努力家だ。その努力は何物にも勝るだろうと期待はしている」


 それを聞けたら、ブランシュのわだかまりはスッと消えていった。

 涙が溢れそうになるのをグッと堪える。

 ブランシュの中にいる母が、その言葉に救われたような気がしたのかもしれない。


「お義兄様、とてもお好きな女性がいらっしゃるようですね」

「なんだ、そんな話までしたのか?」

「ええ、少し。お父様が反対なさっているとか」

「反対されて諦めるなら、その程度の気持ちだろう。それでも譲れないと言い張るのなら――いずれは認めることもあるかもしれない」


 そんなことを言う。

 ブランシュは笑った。とても自然に笑えた。


「でしたらきっと、お父様が折れることになるのでしょうね」


 父は顔をしかめただけで何も言わなかったけれど、多分もうその覚悟はできているのだと思えた。


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