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亡き皇帝のためのパヴァーヌ  作者: 五十鈴 りく
第2部✤花嫁によるメヌエット✤

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3◇ブランシュの問題

 片隅の目立たないところにいさせてほしいと頼んだブランシュだが、その希望は通らなかった。

 用意された部屋は広く、大げさかもしれないが迷子になりそうだった。今は狭いところに挟まって落ち着きたい気分だったのに、上手くいかない。


 ブランシュは部屋の中、おさまりのよさそうな狭い隙間を探してうろうろしていた。どこも絨毯がフカフカしているし、金糸は目に優しくない。とても落ち着かなかった。


 ドアがノックされ、ブランシュは飛び上がりそうになったが、来たのがバルテスと知ってほっとした。


「バルテスさん! 入ってください!」


 やっと知り合いが来てくれて安心したのだが、告げられたのは残念な報せだった。


「すみませんが、私は屋敷の手配に戻ります。帝都にあるタウンハウスも元通りにしなくてはなりませんし」

「い、行っちゃうんですか? わたしもご一緒しましょうか?」


 そこで、じゃあ一緒にとは言ってもらえなかった。けれど、バルテスの表情には親しみが込められていた。


「あなたは使用人ではございませんから。けれど、またお会いできる日を楽しみにしております。あなたがいてくださって本当に救われました。ありがとうございます」


 そんなことを言ってもらえるとは思わなかったので驚いた。

 これまで町で暮らしていた時でさえ、誰かに感謝されたことがあっただろうか。




 バルテスが去った直後、ノアがやってきた。

 どんな顔をして会えばいいのかわからず、緊張してしまったのがわかりやすかったのだろう。

 ノアは部屋の扉を完全には閉めなかった。


「……君の事情を詮索するつもりはないと言ったが、あの時とは事情が違う。どんなことでも知りたい。君がどんな暮らしをしてきて、何故俺のところに迷い込んできたのか教えてくれ」


 ついにこの質問が来た。

 ノアの置かれている状況があまりに予断を許さないものだったから、ブランシュは自分のことを後回しにしていた。


 そのノアの事情が解決して、今度はブランシュの番なのだ。

 ドキドキと胸が騒ぎ立てている。


「あ、あの、ノア様は本当にわたしと結婚したいと思ってくださっているのですか?」


 思いきってこれを訊いてみると、ノアは浅黒い肌をほんのりと朱に染めた。今までに見たことのない顔だった。


「思っていないことは口にしない。あんなに引き止めてくれて、ここまで追いかけてきてくれて、それでまったく心が動かされないほど朴念仁ではないつもりだ」


 その表情を見る限り、ノアが本気だということはわかった。

 驚くようなことだけれど、ノアは真剣にブランシュを好きだと言ってくれている。

 胸の奥があたたかく、そして絞めつけられる。


「わ、わたしはただの庶民で、ずっと母と二人だったんですけど、二年前に母を亡くしてからは一人で暮らしていて……」


 ポツリ、ポツリと当り障りのないことから語り出す。


「そうか。それは苦労したな。身分は気にしなくていい。陛下がお許しをくださるそうだから」


 話が段々大きくなっていく。

 まさか自分のことに皇帝が関わってくるとは。


 それでも、このままではノアと結婚なんてできない。

 まず何から手をつけたらいいのか、それがわからなかった。


「で、でも、わたし……」


 すでに結婚しているんです。

 そのひと言がなかなか言えない。


 何故言えないのか。

 あれはブランシュの意思ではない結婚なのに。


 ノアはわかってくれる。解決に力を貸してくれる。思いきって話せばいい。

 そう思う反面、この正しい人は法律上の人妻に横恋慕などできないとも思う。


 驚いた顔をして、そういう事情ならどうにもならない、諦めよう――そんなふうに言われてしまわないとも限らない。 ブランシュはもう、まっさらな初婚の娘ではないのだから。

 それから、事情を知れば皇帝が許可を取り下げることも考えられる。あれほど敬愛する皇帝の反対を押しきって、ノアがブランシュとの結婚を進める可能性は皆無だろう。


 考え始めたら苦しくなって、目に涙が浮いてしまう。そうすると、ノアが傷ついたように見えた。


「自由に暮らしていた君からすると、貴族社会は窮屈なところかもしれないな。嫌だと言えないような状況を俺が作っているのならすまない。でも、断られたからといって君を責めるようなことはしないから」


 そういうことではない。

 ブランシュが何も言わないのだから、ノアが理解できるわけもなかった。


「ノア様のせいではなくて……」


 精一杯何かを言おうとすると、ノアはブランシュとの距離を縮めた。


「では、何が問題だ?」


 もっと近くに、ブランシュの方から抱きついたことすらあるのに、この距離が落ち着かなかった。ブランシュが身を固くしたせいでノアが遠ざかる。


「責めないと言ったのに怖がらせているな。今日はもう来ないようにするから、ゆっくり休んでくれ」


 穏やかな、それでいて寂しそうな目をしてノアは去っていった。

 心臓が自分を責め立てるために叩き続けているような気がして涙が溢れた。


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