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亡き皇帝のためのパヴァーヌ  作者: 五十鈴 りく
第2部✤花嫁によるメヌエット✤

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24/49

1◇求婚

「俺と結婚してほしい」


 聞き間違いでなければ、ノアはそう言った。ブランシュに向けて。

 手を握り、目を見つめ、他の誰でもないブランシュに。

 だからこそ、耳を疑ったのは仕方のないことだ。


「………………え?」


 処刑の見物に来たはずが、見世物が将軍の求婚にすり替わった。それでも群衆には十分楽しいものだったのかもしれない。

 ヒュゥ、と口笛が鳴り、祝福する拍手が起こる。ブランシュが『はい』と返事をするのを待っているようだった。


 ノアは罪に問われず、爵位も階級もそのままだとするなら、到底ブランシュが釣り合う人ではない。

 いや、身分差などはこの際関係なかった。問題はそこではない。


 そうではなくて、ブランシュは――人妻なのだ。

 どんなに不承知であっても、夫のもとから逃げ出したのだとしても。


「君のことは全力で護るつもりだ。だから、俺のことを頼ってくれ」


 あんな結婚式が通るとは思いたくないけれど、牧師の前で誓わされ、書類を提出されてしまえば法律上婚姻関係が成立してしまう。セヴランたちがまだ何も動いていないとは思えない。


 今、きっとブランシュのことを探しているはずなのに、こんなに目立つことをしてしまった。

 そのことに思い当たり震えが来る。


 手を握っているノアはいち早くそれに気づいたようだった。


「――すまない、言うことが性急すぎたな」


 と、困惑している。

 ノアは冗談でこんなことを言わないと思う。とても誠実な人だと、出会ってすぐに伝わった。

 だから、こんな人が死ぬのは嫌だ、見ていられないと必死になれた。

 こんな人の妻になれたならどんなに幸せだろう。


 ブランシュも、今にして思えば会ったその日にノアの人柄に惹かれていた。人を好きになった経験が乏しいブランシュだから、そのことに気づくのにこんなに時間がかかってしまったけれど。

 好きなのに、『はい』とは言えない。


 黙っていればわからないのではないかと思いたいけれど、もし露見したならば重婚だ。

 ノアのように清い人の名誉を汚してしまう。


「わ、わたし……」


 何を言えばいいのだろう。

 正直に自分の身に降りかかったことを告げればいいと思うのに、言葉が出てこない。


 そうしていると、ノアはブランシュを立たせ、手を放した。そして、煌びやかな皇帝のそばへ戻っていく。

 兵たちが事態を収拾するために見物人たちを散らし始めるが、皆が騒いでその場に留まりたがった。


 バルテスは放心しているブランシュにそっとささやく。


「旦那様は身分など気にされる御方ではございません。大事なのはあなたがどうされたいかです」


 こんな得体の知れない小娘では主に相応しくないとは言わない。バルテスは認めてもいいと思ってくれるのだろうか。

 嬉しいけれど、悲しい。


 そこでふと、皇帝の強い眼差しが疲れ果てたブランシュに向けられた。

 噂以上に美しく、気高い。こんな存在のそば近くに控えるノアが、何故ブランシュのような庶民を選ぼうとするのだろう。

 そして、ブランシュはまさか自分が皇帝に声をかけられるなどとは思いつきもしなかった。


「ブランシュ、私の忠臣では不満か?」


 フッ、とからかうような笑みを向けてくる。

 あんなにも美徳を集めて作られているような人に、不満なんてあるはずがない。


 せっかく立ち上がったのにまた額づいたブランシュに近づき、皇帝は言った。


「ノアがどんな男だか話してやっただろう? 逃がすには惜しい男だぞ」

「話して……?」


 不敬だというのに、ブランシュはとっさに顔を上げてしまった。そして、そこにある微笑を見て思い出した。


「夢遊病のノア様?」

「正解だ」


 性格が違うはずだ。別人だったのだから。


「な、何が夢遊病ですかっ」

「あの状況では他に説明のしようがなかった。他人の中に潜むというのは、狭い暗闇の中にいるのと変わりない。ああして少しの間、精神だけでも表に出さなければ気が滅入るのでな、ノアの意識が途切れた時に多少の気晴らしをな」


 説明のしようがなかったと言うが、少しくらいは面白がっていたのではないだろうか。

 本当に、とんでもない人だ。


「――さて、私とノアは忙しい身だ。お前にばかり構ってはいられぬ。だが、私としてもノアを思い留まらせようと奮闘したお前には報いてやりたい気持ちがある。王宮に部屋を用意してやるのでそこで休め。お前が考えを整理する時間くらいはあるだろう」


 颯爽と去っていった皇帝。そして、ノアはその背を追う。

 その際にノアはバルテスに目で合図し、バルテスはそれだけで主人が何を言いたいのかを察したようだ。


「ブランシュさん、参りましょう」

「で、でも、王宮なんて……」

「陛下がああ仰った以上、辞退するのは不敬ですから」

「い、一番小さい隅っこの部屋でお願いします」


 その希望は叶えられるだろうか。


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