20◆判決
馬車で護送されていく間、ノアはひと言も口を利かなかった。
押し黙ったまま腕を組み、まぶたを閉じている。そんなノアに声をかける者もいなかった。
そうしていると、ブランシュの泣き顔が思い起こされた。
ブランシュに、あんなにも必死に縋りついて止められるとは思わなかった。
ノアが死地へ向かっていると察したらしい。手を放せば死んでしまうとばかりに、彼女の優しさがそうさせたのだ。
関わった人間が死ぬのは嫌なことだろう。
こんなことならば、もっと早くに離しておくべきだったのだ。
ただ、ノア自身はブランシュの涙に救われたような気分だった。
勝手なことだとは思う。それでも、悲しんでくれる人がいるというだけで自分の人生にそれだけの値打ちがあったように感じられた。
彼女といるのは嫌ではなかった。状況を考えてみれば、これはおかしなことだった。
何も飾らず、自然なブランシュといると心地よかった。
本当に、彼女には幸せでいてほしい。
――こんなことばかり考えている自分に愕然とする。
アミルカーレが知ったらどう思うだろう。
本当は私がいなくてもそんなに悲しくないのではないのかと皮肉を言われそうだ。
逃げるつもりなどないが、万が一を考えてか、数人がかりで取り押さえられるように囲まれている。ただし、どれも見知った顔だ。どの程度の能力かを互いに知っている。もしノアが本気で抵抗したならば、そう簡単に抑え込めないのもわかっている。
見苦しいことはしないと信用されていると思ってもいいのかもしれない。
そんなことを考えて内心で苦笑した。
帝都の風景は、この短期間でそう変わるわけもない。
けれど、皇帝崩御の一報が流れてから、至る所にアミルカーレの死を悼む白い花と黒い垂れ幕とが見られた。
そしてノアは軍部の拘留室へ連れられる。裁判までそこで待てということだ。
――帝都に到着し、ほんの半日で裁判は開かれた。
傍聴人は制限されたらしく、ほとんどいない。弁護人は断った。
よって、これは裁判と呼べるものにはならず、ただ状況確認をするためだけの場になった。
ポツリと法廷の中央にいるノアを囲む面々。そこには裁判官よりも権力を持つ宰相のラグレーンがいた。短い頭髪に白いものが一筋だけ入っているが、五十代にしては体格もよく若々しい。
「ノア・オルグ将軍。あなたには亡き皇帝陛下の死に責任があります。前回、一切を語って頂きましたが、その説明に付け加えることはございますか?」
裁判官が問う。
ノアはただ、いいえと答えた。
「ございません。嘘偽りなく有りのままを述べました」
「他に思い出されたことは?」
「何も。あれが私の知るすべてです」
ざわ、ざわ、と話声がする。
モルガド帝国軍最高位の元帥であるカセレスは黙って成り行きを見守っていた。今、カセレス元帥が考えなくてはならないのは、ノアのことではなくオルトリ王国との戦況だ。
きっと、ノアの他に三人いる将軍をすべて投入して持ち堪えているのではないだろうか。それに魔術師団も派遣しているはずだ。ノアがこの戦の終わりを見ることは多分ないだろうけれど。
宰相ラグレーンは、主君を喪ったとは思えない艶やかな顔に指を添えて口を開く。
「オルグ将軍、あなたは生前の皇帝陛下によく仕え、モルガド帝国軍にその人ありと謳われた武人だ。陛下をお護りできなかった罪はもちろん万死に値するが、その功績もまた無下にはできぬものがある。私はオルグ将軍の助命を申し出る」
何故、ラグレーンがノアを生かそうとするのか。それが奇妙に思えた。
ラグレーンは、若輩の頃から意見を通すアミルカーレと反りが合わなかった。しかし、公爵位である彼を蔑ろにすることもできず、アミルカーレは気が合わないというだけで重職から引きずり降ろすことができずにいた。
よく二人の意見は食い違い、そのたびにアミルカーレなりにすり合わせて対処してきたが、ラグレーンには面白くないことも多かっただろう。アミルカーレが亡くなってほっとしているのではなかと疑いたくもなる。
そのラグレーンが、皇帝派のノアを生かそうとする。何か思惑があってのことに違いない。
そこで元帥が重たい口を開いた。
「将軍という立場で重責を担っていたにも関わらず、陛下をお護りできずに生き恥をさらしているなど、もし私自身であったら耐えられたことではありません。しっかりとその責を負わせてやりたい所存です」
カセレス元帥は、厳しいが情のある人だ。ノアもずっと目をかけてもらってここまで来た。
だからこそ、ノアの心を汲み取ってくれている。そして、そればかりではなく、ノアがこの先も助命されたことによってラグレーンに利用されないようにと考えている気がした。
だから、ノアはカセレス元帥に感謝した。
「しかし、これから新帝が立たれるのだ。これほどの武人をみすみす失ったのでは国力が下がるだけだ。先帝をお護りできなかった分、新帝をお護りすることで名誉挽回すればよい」
ラグレーンは、つまり我らに阿るのならば生かしてやると言いたいのだ。アミルカーレへの忠誠を捨てろと。
そんなつもりは毛頭ない。ノアは笑い出したくなった。
見くびってもらっては困る。
「私は処罰を望みます。私が仕えるのは生涯にただ御一方だけだと叙勲の際に誓いましたから」
ノアは穏やかにそれを言ってのけた。変節することはあり得ないと。
そんなノアをラグレーンは冷ややかに見据えた。
「断頭台でもそれを言うと?」
「もちろんです」
「なるほどな。よく飼い慣らされている」
クッと嘲笑って侮辱の言葉を零す。しかし、そんなことで心を乱されない。
ダン、と小槌が振り下ろされた。
「では、判決を。ノア・オルグは将軍位を剥奪の上、極刑に処す――」




