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亡き皇帝のためのパヴァーヌ  作者: 五十鈴 りく
第1部✤亡き皇帝のためのパヴァーヌ✤

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13/49

13◆泣いてない

 目覚めた娘はブランシュと名乗った。

 話してみるとごく普通の素朴な娘で、不審なところは何もなかった。


 あの不揃いな髪のままでは気の毒だから、少し手を入れてみる。プラチナブロンドの髪は滑らかな手触りをしていた。本当は腰まで届くほどの長さがあったのに、それを自分で切ってしまったのだと言う。金に困って売ったのか、何か事情があるのだろう。

 肩に触れないくらいになった短い髪を見苦しくはない程度に整えてみた。


 こうしてみると、ブランシュは可愛らしい娘だった。長いまつ毛が縁取る琥珀色の瞳は大きく、抜けるように色が白くて儚げだ。華奢な手足が折れてしまわないか心配になる。


 けれど、わりと自分の思いをはっきりと話す。

 ノアが相手となると、軍人でも口をもごもごと動かすばかりで声が届かないような者もいるのに。




 バルテスを見送ったら、ノアはカロンの世話以外は何もしないつもりだったのに、気づけば風呂を沸かし、食事の支度をしていた。自分だけならしないのに。


 食事も、新鮮な野菜がなかった。貯蔵庫に肉があるだけで、女性に出すのにこんな雑な料理でいいだろうかと困った。しかし、買い出しには行けないので仕方がない。庭に生えている香草を少し千切って肉に添えた。


「わたしもお手伝いさせて頂きたかったのですが……」


 食堂に料理を並べてから呼びに行くと、ブランシュにそんなことを言われた。


「そんなに手の込んだものは作っていない」

「それでもっ」


 と、返された。

 食堂の長いテーブルの端に着いて向かい合う。

 食事などほしくないと思っていたノアだが、ブランシュ一人に食べさせるのでは気が引けるかと思い、自分も食べることにした。


 肉を焼いてソースをかけただけのもの、焼き直したパン、根菜のスープ。従軍中にできるような料理しかノアは作れない。

 それでも、ブランシュには豪勢に見えたらしい。


「ノア様はお料理がお上手なんですね。わたしが手伝っていたら足を引っ張ったかもしれません」

「そんなことはないと思うが?」


 食べ始めると、ブランシュは思ったよりもちゃんと食事のマナーを知っていた。骨つき肉から骨を綺麗に外している。


「んっ。美味しい!」


 思わず言葉を漏らし、それから行儀が悪いかと気にしているように頭を下げた。


「すみません、つい。でも、このソース、とても美味しいです。甘くて、濃厚で……」

蜂蜜(ハニー)ソースだ。肉を柔らかくしてくれる」


 ノアもソースのかかった肉を口に運ぶ。

 そうしたら、ポロリポロリと言葉が零れた。


「……陛下もこの味がお好きで、何かあるとすぐに食べたいと仰った」

「皇帝陛下がですか?」

「ああ。もっと美味いものをたくさん召し上がっているはずなのに、天幕に忍び込んできて俺が焼いた肉を欲しがられて……」


 思えば、アミルカーレには結構偏食なところがあって、幼い子供のように甘いものが好きだった。こっそり食べるのがいいのだと言ってノアのところに持ち込んでくることもしばしばで、ノアは辟易としながらも付き合って食べたのだった。


「意外ですね。皇帝陛下はもっと毅然とされた御方だとばかり思っていました」


 ブランシュが言うように、国民にはそう見えただろう。そう見えるようにアミルカーレが腐心していたのだから。


 本当の彼は、完璧に近い人間であっても、本当に完璧ではなかった。人らしい一面を持ち、ノアはそんなアミルカーレを護りたいと願っていたのに。


「昔から悪戯好きで、俺を驚かせて遊んでばかりだった。お前は表情が乏しくて、驚きがわかりづらいと不満げにされたが」


 思い出は多すぎて、語り出すときりがない。

 楽しかったはずの時間も、今思い起こすと胸を締めつけるばかりだった。


 ノアがうつむいて嘆息すると、ブランシュが急に席を立った。膝の上に載せていたナプキンを握りしめてこちらに駆け寄ってくる。そして、急にそのナプキンをノアの顔にペタリと添えた。

 なんだ、と思って軽く首を傾げると、ブランシュは顔を赤くし、慌てて言った。


「すみません。その、泣いていらっしゃるように見えて……」


 そんなふうに見えたらしい。


「さすがに人前で泣くような年齢ではないが」

「そ、そうですよね」


 ブランシュは真っ赤になったままナプキンを畳み、それでも目を伏せながらつぶやく。


「でも、泣きたい時はありますよね」


 無力な自分が招いた結果だ。泣くのはおこがましい。

 けれど、胸のうちでは未だに刃物を突きたてられたように傷口が埋まらない。

 将軍の地位にあった武人が情けないと、ブランシュは思わないのだろうか。


 何故かこの時にそっと、気遣うように笑った。

 ブランシュが当てがった布が心の傷に触れたような、そんな気分だった。


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