村での生活
斜陽術を会得するのに必要なの要素は3つある。
1.初速
1歩目が速くないと相手に視認されてしまい、視界から外れるのが困難になってしまう。
2.姿勢
いかに低姿勢でいかに崩れにくい形を保てるか、ということも重要だ。低姿勢を維持するには体を支える上部な肉体と体幹が必要である。
3.足音
恐らくこれが1番難関である。足音を出さないこと。単純だが考えて出来ることではない。何千回何万回と訓練を積んで感覚を覚えていくしかないらしい。
始めっ!
合図と同時に初速を意識して体を動かす。目標は2秒で視界の外に出ること。まずはできることからやっていく。
「斜陽術は魔気を消せることが前提条件です。どれだけ魔気を消せているか、で成功率は変わってきます。リリさんならその辺の心配はありません。ですが…...」
言いたいことはわかっている。単純に体力がないのだろう、俺は。低姿勢を保つ筋力もない。
「分かりました、基礎体力は自分でなんとかするのでどうかもう少しだけ付き合ってください!」
アビスさんはニコリと笑って頷いてくれた。
———
「隠」部屋に入ると。
机の上で散乱しているコップ。
床で転がっている酒瓶。
座布団の上で丸まっているハーネ。
部屋は酒臭く、様子を見に来たリズも青い顔をしてどこかに逃げてしまった。
「おい」
座布団の上の防御体制ダンゴムシに向かってチョップする。
「あ………え、スイィゲツさーん!1杯飲みましょおうよーー」
ダメだ。完全に我を忘れている。俺の事を師匠ではなくスイゲツさんと呼んじゃってる。手遅れなようだ。
俺は酒瓶とコップを元の位置に戻し、こぼれたお酒は雑巾で拭き取った。
机を片付けて空いたスペースに布団を2枚並べて敷く。
ダンゴムシを座布団ごと気合いで持ち上げてみる。
「うぇっったかいたかーあい」
高くない。むしろ持ち上がらなくてめちゃめちゃ低い。
持つのは諦めて引っ張ることで布団の上に置いた。
「つかれたあー」
情けない声でそうボヤいている。
まあ一日中生徒達に指導してたんだし疲れるのも当然か。
焚き火で少しの光が見える中、ヨロヨロと自分の布団にダイブする。
そのまま視界が真っ暗になった。
翌朝。
「……ちょっとーーー!!!」
甲高い声によって目覚めた。
「おはよ」
「おはよーございます、じゃなくてなんでこのまま寝かせたんですか!?」
よく見ると彼女の長髪がベタベタになっていた。
そういえば髪の毛にお酒をこぼしてたような気が。
「髪にお酒をこぼしてるなんて思わなくて、ごめんね」
知らなかった、という体で話を進める。
「……じゃあ元に戻るまで私を見ないでください!」
そう言いながら俺を部屋から追い出した。
俺は何も気にしないんだけどなぁ、、、
「龍人は髪の毛が生命力、とも言われていますから当然でしょう」
イケメンのリズさんがお出ましだ。
「おはようございます、そうなんすね初めて知りました」
「実は斜陽術の特訓を初めまして」
「アビスから聞きましたよ、才能があるって言ってました」
「基礎体力をつけるために毎朝運動しようと思ってまして、ちょうど部屋には入れなさそうなんでランニングでもしてきます」
「……じゃあついて行きます」
世話役だけでなく監視役も担っている以上、ついて行かざるを得ないのだろう、すごく嫌そうだ。
この村全体を走って分かったことがある。
この村は相当デカい。江戸時代のような町並みに山を削って作ったような栽培場。
ここら辺一帯が濃い霧で覆われているため、誰もウルシガワ一派の足取りを掴めないのである。
それに様々な施設がある。寺子屋、道場のような教育施設や武器屋、魔道具屋などのロマン溢れる店なども設置されている。
店は少しスタイルが変わっていて、買いたい商品の番号を店のポストに入れて商品の取引を後日行う。
通貨が無いからこそより安定した物々交換の形をとっているのだろう。
ランニングを始めて40分。限界を迎えた俺は屋敷に戻る。
「いい村ですね」
「そう言ってくれるのは嬉しいことです」
普段クールであるリズもニッコリと笑っていた。
———
突然、応接間に呼び出された。
部屋名「嵐」。
ウルシガワ一派領主様の部屋である。
部屋に入ると今回は先に領主様が座っていた。
「座って話そう」
俺は足を震わせながらカクカクと頷き座布団に座り込む。
「俺はウルシガワ家次男のルートだ」
……?ウルシガワ一派って全員がこの村にいる訳ではないのか。この村はルートさんが仕切っている部隊ってことか。
「1つ聞きたいことがあるんだが……娘のことだ」
「えっと、ルートさんの娘さんですよね?」
「ああ、お前達が一時的だが教師を引き受けたという話を聞いてな….部下に聞いても皆同じような返答しかしないから困ってるのだ」
もしかして、、、この人、、、
「えっと、娘さんの特徴とか教えていただけるとありがたいのですが、、、」
「俺と同じ白色の髪の毛に恐らく髪は後ろで結んである」
あっっ、、俺に「教えるのが上手くありません」って言ってきた女の子だ!
うーーん、なんて伝えようか…..
「その子なら素晴らしい子でしたよ!自分の意見をしっかりと主張して特訓には人一倍努力している子でした!」
「おお!そうか!流石自慢の娘だ!」
チョロい。チョロすぎる。これはもしかして、とかではなく確実に親バカだな。
ギリギリ嘘は付いてないし、セーフだろう。
「えーと、本題は、、、?」
「これが本題だ!もう戻って良い!」
———
ランニングに出掛けてから約3時間が経過した。
役所のような場所で1日1回の食事を受け取って部屋に入る。
「どうですか!?」
見ると長髪に黄色の花が飾り付けられている。
ランニングした時にちらっと見たけどあの花は———
「似合ってるよ、ちなみにその花ってどれくらいの価値があるもの?」
「ええ、えっと自分で取ってきたからわかんない...」
何と交換したんだろう。
確か商品価値はトップクラスだった気が。
「似合ってますよね!」
「うん」
まあ実際似合ってるし、どうでもいっか!
「昼飯持ってきたから、食べよっか」
「はい!」
———
突然だが、アビス先生はスパルタである。
少しのミスも許さない。甘えようものならものすごい目つきで睨まれる。
斜陽術の会得にはまだまだ及ばないが、今回の特訓で1つ希望が見えてきた。2秒で視界の範囲外に行くことが出来たのだ。範囲外に行った上で竹を切るためには
1秒程度出いけなければならないのだがそれでもこの短期間で時間が縮んだは素直に嬉しい。
足音を消せる日は俺には来るのだろうか。
そうしてまた、1日が終わるのだった。