8:一途な魔族
ファウスもオーマン公爵令嬢も、ホール中央で面と向かった瞬間は、お互いに苦々しい表情をしていました。でも手を取り、肩に手をのせ、ダンスに備え、準備が整うと……。二人は流れ出した演奏に相応しい表情へと変わり、見事なダンスを披露しています。
時にお互いを見て、笑顔になり、表現力も完璧です。
そこでふと王族は、アーガイル以外はいないのかしらと思ったら。
玉座に座り、ダンスの様子を眺めるアーガイルは、膝で丸くなる私を優しく撫でながら教えてくれます。
「魔族は殺されない限り、永遠を生きるのだよ、ミア。先代魔王は戦で命を落とし、その妃……わたしの母上は、永遠の眠りについた。王族の霊廟には、そうやって永遠の眠りについた王家の者が何人もいるのだよ。そしてわたしには妹がいたが、彼女の夫は戦死してしまった。だから妹もまた、母上のそばで永遠の眠りについている」
「みゃぁ(そうなのですね)」
この話を聞く限り、魔族の王族は一途なのだと思ってしまいます。再婚などすることなく、亡くなった伴侶を想い、永遠の眠りにつくなんて……。
そしてこの世界は協定が結ばれ、魔王と獣人族の私が結婚できるような平和な世界であることに胸をなでおろします。アーガイルが戦場で命を落とすなんてことはないと分かり、ホッとし思わずその顔を見上げると。
アーガイルはアイスブルーの瞳を細め、素敵な笑顔でこう言ってくれます。
「わたしとミアはずっと一緒だよ。大丈夫」
「にゃん(はい)」
そこで曲が終わり、ファウスとオーマン公爵令嬢のダンスが終わりました。するとすぐに次の曲の冒頭が流れ、フロアの中央には、沢山の男女がダンスをするために集結します。さらに一曲踊り終えたばかりなのに、ファウスの周りには沢山の令嬢が群がりました。一方のオーマン公爵令嬢は、近寄る殿方をかわしながら、隣室へと向かって行きます。そこは飲み物や軽食が用意されている部屋です。
「殿下、娘と記念に一曲、ダンスをお願いできないでしょうか。この子は先月、社交界デビューを果たしたばかりでして」
「分かりました。デカラ男爵」
アーガイルは私を優しく抱き上げると「ミア、これも社交の一つだからね。待っていてくれるかい?」とわざわざ尋ねてくれたのですが、舞踏会の主催者であるアーガイルが、ダンスに誘われるのは当然のこと。「みゃん(勿論です!)」と返事をします。
「クロエ、ミアを頼んだよ」
「おまかせください、魔王アーガイルさま」
私はクロエに預けられ、アーガイルはデカラ男爵令嬢の手をとり、フロアの中央に向かって行きます。デカラ男爵令嬢は、社交界デビューしたばかりということで、妖艶な女性が多い中、とても幼く見えました。
年齢は16歳ぐらいでしょうか。ブラウンの巻き毛を揺らし、黄色のフリル満点のドレスで、緊張した面持ちでアーガイルにエスコートされています。そんなデカラ男爵令嬢に、アーガイルは何やら話しかけたところ……。デカラ男爵令嬢の顔が笑顔になります。
その後のダンスはアーガイルがリードし、いい感じで二人は踊ることができていました。デカラ男爵令嬢は、社交界デビューしたばかりとは思えないダンスを披露し、最後もちゃんとお辞儀までできています。
無事、二人がダンスを終えたことに、思わずホッとしてしまいます。そばにいるデカラ男爵を見ると、彼も安堵した表情です。
良かったですね。
そう思い、フロアの中央に目を戻すと。曲が終わり、アーガイルはこちらへ戻ろうとしたのですが。瞬時に沢山の令嬢に取り囲まれています。
アーガイルとダンスしたいと思う令嬢が、これだけ大勢いるのは仕方ないこと。皆さん、領地からわざわざ魔王城へ出向き、でも婚儀はなく、代わりにこの舞踏会が開催されたのですから……。
アーガイルのアイスブルーの瞳が私を見ています。
私は大丈夫です。
ご令嬢のダンスのお相手をしてください。
そう思いを込め、頷きます。
アーガイルに私の気持ちが届いたのでしょうか。
その瞳は煌めき、笑顔になり、頷き返してくれました。
その後は、周囲の令嬢に声をかけ、どうやら「順番にお相手しますよ」と伝えているようです。一人の令嬢を残し、他の令嬢はフロアの中央から離れました。そして次の曲が始まります。
しばらく令嬢とダンスするアーガイルを眺めていたのですが……。アーガイルとのダンス待ちの令嬢の数は減りません。
すると。
「ミア妃殿下、お暇そうですよね。アーガイル殿下は令嬢のお相手をされている。でもミア妃殿下はダンスができない。そうなると後は……食べるだけですよね? 隣室に、とても美味しい料理が用意されていましたよ。ローストビーフ、チキンのソテー、鴨のコンフィ、いろいろなお肉料理が用意されています。僕が案内しましょうか」
いつの間にかファウスがそばに来て、クロエに話しかけていました! クロエは「いえ、ミアさまは魔王アーガイルさまのダンスを見ていますから」とファウスの案を却下しています。
でもファウスは「では美しい侍女のあなた。あなたと僕は料理を楽しみたいです」と、クロエを口説きにかかっているのです!