7:触れるのは禁止
舞踏会が行われるホールには、本当に沢山の方々がいらっしゃいます。アーガイルの護衛騎士であるギルのように、頭から角が生えている方。魔王のイメージの一つにもなっている、牛の頭をしている方。背中に真っ黒な翼をお持ちの方。
その一方で、グレイのようにとても麗しい容姿の殿方も沢山いらっしゃいます。
驚くべきは女性の方々。
オーマン公爵令嬢のような美女が、とても多くいるのですから。彼女達は一人一人がまるで薔薇の花のよう。存在感があり、妖艶なオーラを漂わせ、大変魅力的。なんというか男性を虜にするための全てを兼ね備えているというか……。
当然ですが、その薔薇のような女性の周りには、男性が取り巻きのように群がっています。
そこで私は不思議に思ってしまうのです。
どうしてアーガイルは未婚だったのかと。
これだけの錚々たる美女に囲まれていたら、まさに引く手あまた。美貌は勿論、この場にいるということは、皆様魔族の貴族のご令嬢でしょう。家柄の問題もなく、お妃様に迎えることができるはずです。
……オーマン公爵令嬢だって、そうだと思います。
なぜ、独身だったのでしょう……?
しかし、数秒後にその答えが分かります。
原因は……私です、はい。
ここは企画書段階の乙女ゲーム『モフモフ♡イケメン☆パラダイス』の世界で、魔王は、悪役令嬢の断罪のために存在しているのです。悪役令嬢ミア・キャトレットの嫁入り先として、独身でいてもらわなければならなかった……ということ。
そこでゲームの世界観を、中世西洋風にしておいてよかったとしみじみ思います。その世界観では一夫一妻制が定説。もしアーガイルがハーレムを持っていて、そこに嫁ぐことになっていたら……。
魔王なのだからハーレムがあってもおかしくはなく、私も思い付きで断罪内容を書き換えた時に「魔王のハーレムへ嫁入り」としてしまう可能性もあったのですから。
もしそんなことをしたら、オーマン公爵令嬢達のような美女と寵愛を競うわけで……。
いや、無理ですね。私の性格では。
早々に白旗をふり、隠居生活です。
むしろ、そんなハーレムの魔王であれば、噂通りの方でいてくれた方が、私も安心できるというもの。
「アーガイル殿下、奥方はなんとまあ、毛並みがよく、美しい。まさに美猫ですね」
声に意識を今に戻し、顔をあげると、そこには……金髪にエメラルドグリーンの瞳の、見るからに王子様風の男性がいます。瞳と同じ色のテールコートを着て、とてもハンサムに見えました。
「ありがとう、ファウス。ミア、彼はわたしのいとこでファウス・フェレスでフェレス公爵の嫡男。わたしより年上だが、独身貴族で、沢山の女性と浮名を流している方なのだよ」
いきなり沢山の女性と浮名を流していると紹介されたので、驚いてしまいましたが……。
「アーガイル殿下、相変わらずの紹介の仕方ですね。ヒドイですよね、ミア妃殿下」
ファウスはいきなり手を伸ばし、私に触れようとしたのです。でもその手はすぐそばに控えていたギルによってガッチリつかまれています。
「ファウス様。大変申し訳ございませんが、舞踏会のご案内時にお伝えした通り、ミア様に触れるのは禁止されています」
ギルがぴしゃりと言い、さらにアーガイルはドキッとする指摘をしました。
「それに指にこっそりマタタビを塗っていますよね。わたしの愛らしい妃のミアを、どうするおつもりだったのですか」
まさか指にマタタビがついていたなんて……! それを今、嗅いだり舐めたりしたら、私は大変な状態になってしまいます。この大勢の魔族の貴族の皆さんの前で、醜態をさらすところでした。
アーガイルが気づいてくれて良かったと思うのと同時に、「相変わらずの紹介の仕方」をされてしまうのも、しょうがないと思えてしまいます。どうやらハンサムなアーガイルのいとこは、やんちゃな男性のようです。
「ちょっとした愛嬌、余興だよ。アーガイル殿下、笑顔のまま怒らないでくださいよ」
そう謝罪するファウスの指を、ギルがハンカチで拭いています。
するとそこへグレイが現れました。
「魔王アーガイルさま、そろそろ舞踏会が開始となります。最初のダンスはいかがされますか?」
「……そうだね。今回は特例として、オーマン公爵令嬢とファウスに踊ってもらおうか」
「御意」
グレイはすぐさま、目の前にいるファウスに声をかけます。声をかけられたファウスはあからさまに「げっ」と言った後、「僕は彼女にものすごく嫌われているのに。気が多い男は嫌いだって」と嘆いています。
「でも招待客の中で、あなたは一番身分が高いのですから」とグレイに指摘され、かつギルに腕を押さえられ、ファウスは観念したようです。
その間にもグレイは人混みをかきわけ、オーマン公爵令嬢の元へと歩み寄ります。彼女は朝見たドレスとは一転、黒色の体にフィットした、実になまめかしいドレスを着ていました。真紅の薔薇が見頃を斜めに飾り、スカート部分にも同じように飾られ、とてもインパクトがあります。綺麗に結い上げられたワイン色の髪も完璧。
でもグレイと何か話した瞬間、明らかに「げっ」という顔をしていて、ファウスの言う通り、二人はあまり仲が良くないと分かります。それでもアーガイルの指示ということで、オーマン公爵令嬢も渋々同意したようです。
こうして最初のダンスが始まったのですが……。