4:おそばに行きたい……!
翌朝。
ぐっすり休んだ私は、元気よく目覚めることになりました。
部屋はまだうっすらとした明るさで、間もなく夜明けという時間のようです。フカフカのタオルがひかれた籠から出て、アーガイルが眠るベッドを見ると……。
はあ~。
ため息が出てしまいます。
アーガイルは自身の寝相に自信がないと言っていましたが。
大変、お行儀よくお休みになっているのです!
シルクのような艶のある長い銀髪は、乱れることなく枕の上に収まっています。
髪色と同じ優美な眉。その下の閉じられた瞼からは、これまた髪色と同じ長い睫毛が見えていました。通った鼻筋に、形のいい唇。頬も唇も血色がよく、スヤスヤとお眠りになっています。
おそばに行きたい……!
籠が載せられていたチェストからはなんなんくジャンプして降りることが出来ました。肉球があるおかげで、音もなく絨毯の上に降り立った私は、テクテクとアーガイルが眠るベッドに向かいます。
そこで……気づきます。
中世西洋をモチーフにした『モフモフ♡イケメン☆パラダイス』では、ベッドの床からの高さが、80センチ近くあるのです。マンチカンの子猫の私にとってこの高さは……!
行けるのでしょうか。
マットレスとにらめっこをします。
猫の跳躍力は相当なものであることは前世の知識で知っていました。実家で飼っていた日本猫も、私の肩までジャンプして上って来たことがあるのですから。
いけるはず!
ということで後ろ足で絨毯を強く蹴り、背骨のばねをいかし、思いっきり跳躍します。
あれ?
ぜ、全然、跳べていません!
も、もう一度。
その後、何度も繰り返しますが、全然届きません!
それは私がまだ子猫のマンチカンだからだと思うのですが……。
たかが80センチなのに。
悔しくなり、声を出すつもりはなかったのですが。
「みゃぉん。。。。」
非常に悲し気な鳴き声を出してしまいました。
すると。
「ミア?」
アーガイルの声がします。
衣擦れの音がして、ベッドが軋む音もしました。
「ミア!」
フカフカのタオルの籠に私がいないことに気づき、アーガイルが驚いているのだと気づきました。
「みゃぁー(ここです!)」
「ミア……」
ベッドの上から私をのぞきこむアーガイルと目があいました。
その瞬間。
アーガイルのアイスブルーの瞳がキラキラと輝き、その顔は笑顔になります。
「ミア、わたしの処へ来ようとしたのかい?」
アーガイルはベッドから起き上がると、私のことを抱き上げてくれました。
「このベッドはミアがジャンプするには高すぎたかな?」
「なぁー(そうなのです!)」
「そうか。高すぎたのだね。でもミア、寝ているわたしのところへ来るのは危険だよ。ミアは子猫なのだから。ぺたんこになってしまうよ」
そう言うとアーガイルは私を膝に乗せると、あのゴッドフィンガーで優しく頭を撫でてくれます。
もう朝から気持ち良くてたまらないのです……。
「ミアは早起きだね。わたしもすっかり目が覚めてしまった。朝食にしようか」
「にゃあ(はい!)」
◇
朝食を終えると、アーガイルはアイスグリーンのゆったり衣装に金細工が施されたベルトをつけ、「城の外の森を散歩しようか?」と提案してくれました。
初夏のこの季節、外は暑すぎず、空気はからっとしてとても過ごしやすいので、お散歩は大歓迎です。
「みゃん、みゃん(ぜひ、ぜひ)」
お散歩の提案を快諾します。
「外へ出るのが楽しみなようだね。では一緒に出掛けようか」
アーガイル私の頭を一度優しく撫でると、自身の護衛騎士の名を呼びます。
すぐにギルが部下の騎士三名を連れ、部屋にやってきました。
アーガイルは森へ散歩に出ることを告げ、ギルは頷き、すぐに部屋を出て行きます。
こうして。
厩舎にやってきました。
すると。
「殿下!」
聞いたことのない女性の声がアーガイルの名を呼んでいました。アーガイルは顔だけ声の方に向けています。
私も気になるのですが、アーガイルの胸の中に抱きかかえられており、声の主を見ることが出来ません。
「おはようございます、オーマン公爵令嬢」
! 公爵令嬢!?
「おはようございます、こんな朝早くにどちらへ?」
「わたしの愛らしい妃のミアを、森へ案内しようと思ったのですよ」
足音が近づいていると思ったら、ようやく声の主が見えました。
その姿を見て思わず驚いてしまいます。
なんて色っぽいお方でしょう!
ワイン色の巻き髪にぱっちりとした黒い瞳。
鼻も高く、唇はぽってりとしたチェリー色。
細い首にくびれたウエスト。手もほそっりしていますが、胸は歩く度に揺れる大きさ。
目にも鮮やかな赤いドレスは襟や袖、裾の黒のフリルがアクセントになっており、とてもよく似合っています。
「本当に……猫なのですね」
オーマン公爵令嬢はしみじみと私を見ています。その目は、「本当にこれが妃……?」と探るような視線です。
「ええ。慣れない環境に驚いてこの姿になってしまったようで。せっかく婚儀に出席いただくため、足をお運びいただいたのに、申し訳ございません」
アーガイルが優雅に謝罪すると、オーマン公爵令嬢の頬がポッと赤くなりました。その様子を見ただけで、嫌でも分かってしまいます。
このオーマン公爵令嬢は……アーガイルに好意をお持ちなのだと。
「森へ行かれるということですが、私もご一緒していいですか? せっかく魔王城まで来たので、森の中、わたくしも久々に行ってみたいですわ」