3:元に戻りたい!
魔王アーガイルは私を部屋に連れ帰ると、豪華な食事を用意し、みんなのことを紹介してくれました。
ギルという、私が最初に魔王だと勘違いした屈強な男性は、アーガイルの護衛騎士でした。元は歴戦の戦士として戦場を駆けていたのですが、今、魔族、獣人族、人間の間では平和協定が結ばれています。よって戦もないため、彼の護衛騎士になったそうです。
ソプラノボイスの美少年グレイは、なんと宰相!
見た目は若いのですが、そこは魔族。年齢は聞くとどん引きだろうから言わないとのことだったのですが……。数千年は生きているそうです。
「ギルを迎えに行かせず、わたしがミアに会いに行けばよかったね。でもミア、ギルは悪い奴ではないから。仲良くなってもらえると嬉しいよ」
アーガイルは、私の大好物のほぐした鳥のささ身を食べさせてくれながら、そんな風に優しく諭します。無論、私はギルを見て、怯えるのは止めようと誓っていました。何しろ噂と偏見だけで、勝手に怯えていたのは私なのですから。
「お水も飲むかい?」
こくりと頷くと、あの素敵な指で頭を撫でられました。そうなると水よりもっと撫でて欲しくなり、体を摺り寄せようとするのですが……。アーガイルは優しく私を持ち上げ、水の入ったガラス皿の前に置いてしまうのです。
これを飲んだら、撫でてくれるかしら?
ゴクゴクと水を飲み、アーガイルのアイスブルーの瞳を見上げると。
「ミア、本当に、翡翠のような瞳をしているね。綺麗だよ」
そう言うとアーガイルは期待通り、頭をその指でゆったり撫でてくれます。
あああああ。
ゴッドフィンガー、万歳!
そして。
猫なのに。
言葉も分かるので、撫でられた気持ち良さと素晴らしい褒め言葉で、もうマタタビを摂取したぐらい、メロメロになってしまいます。
「魔王アーガイルさま。婚儀の中止については、集まった招待客の皆さまにお伝えしました。近隣から来た者は、この後領地に戻ることになりましたが、魔王城を出る前にご挨拶をしたいとのことです」
部屋に来た宰相グレイの言葉に我に返ります。
すっかり猫仕様でアーガイルに撫でられ、腰抜け状態になっていたましたが。私はこの魔王城に、嫁になるために来たのです。そして今日は彼と婚儀を挙げることになっていました。
新婦である私の家族や親戚は……残念ですが来ていません。それは魔王城が獣人族が暮らすモカ国から物理的に遠いのもそうなのですが、みんな、怖いのです。魔王が。例え、平和協定が結ばれていても。
でもアーガイルの親族や家臣は違うでしょう。この日を楽しみにしていてくれたのだと思います。
魔王は恐ろしい人ではないと分かったのです。
この変化を解き、元に戻らないと!
アーガイルと宰相グレイが話している間、私は必死に元の姿に戻ろうと頑張っていたのですが……。
「すまないが、ミアは御不浄かと思う。頼まれてくれるかい?」
部屋に控えていたメイドにアーガイルが声をかけ、私はふわりとアーガイルに抱きかかえられ、そしてメイドへと渡されてしまいました。
「みゃぁー、みゃぁー(違います! トイレではないのです!)」
「大丈夫だよ。挨拶が済んだらちゃんと戻って来るから。ミアも長旅で疲れただろう。わたしが戻るまで休むといい」
アーガイルは限りなく優しく微笑み、慈しむように頭を撫でると、宰相グレイと部屋を出て行ってしまいます。
「にゃーぁー、なーぁおー(違うの! 待って!)」
「ミアさま、大丈夫ですよ。今、クロエさまをお呼びしますから。スッキリしましょう」
「みゃおんんん(違うのに……!)」
結局、クロエにトイレへ連れて行かれ、その後は、眠るように言われました。
でも全然、眠気などありません! むしろなんとかして獣人族の姿に戻れないか、一人、アーガイルの部屋で奮闘することになりました。
でもどんなに願っても、元の姿には戻れないのです。しょぼくれてベッドで丸くなると、とてもいい香りがします。アールグレイの紅茶みたいないい香り……。これはアーガイルの香りなのでしょうか? 掛け布に鼻を押し当てるようにして、気が付けば。
眠りに落ちていました。
◇
猫に変化していると、五感が鋭くなります。
ちょっとした物音、空気の揺らぎ、何かの気配に、すぐ気がついてしまうのです。
「ミア、気持ちよく寝ていたところ、ごめんよ。起こしてしまったね」
「みゃぁ、にゃーぉ、なーぉ(そんなことないです、おかえりなさい!)」
かなりぐっすり休んでいたようです。
アーガイルは、既にウィステリアミスト色のナイトガウン姿に着替えています。
「お腹は空いていないかい? 起こすのがかわいそうで、夕ご飯の時間も寝かせてしまっていた」
そう言われると、少しお腹が空いたような……。
獣人族に戻りたいと念じたぐらいで、後は寝ていただけなのに。それでお腹がすくのは不思議でなりませんが、「みゃん(ごはん)」と鳴くと、ちゃんと食事を用意してくれました。そして私が食べ終わると、呪文を唱え、口の中も綺麗にしてくれます。
……本当に、至れり尽くせりです。
「さあ、寝ようか、ミア」
この言葉に一瞬、ドキッとしてしまうのですが。
私は今、マンチカンの子猫なのです。
本当だったら婚儀を挙げ、今頃……とも思うのですが、後の祭り。
「わたしは寝相がいいのか、自信がないからね。ミアを押しつぶしたら大変。ここでゆっくり眠るといい」
私を抱き上げたアーガイルは、ふかふかのタオルが敷かれた籠へとおろしてくれました。
「眠れるかい? 環境が変わったから、不安かもしれないね。大丈夫だよ。ミアが眠るまでそばにいるから」
アーガイルはその細い指で私の頭をゆっくり、ゆっくり撫でてくれます。
なんて優しいのでしょう。
魔王は冷酷無比だなんて、誰が言ったのでしょうか? こんなにも素敵な魔王さまなのに。
思わず両手でその指をつかみ、カプカプと甘嚙みしてしまいます。
でもそれも一瞬のこと。
優しいアーガイルに癒され、私はすぐに眠りに落ちていきました。


















































