35:いわゆる「ざまぁ」であるなら
ある魔術を使うと言ったアーガイルから、どんな魔術をマヤに使うのか、教えてもらうことができました。それは……名案だと思います。もしこれがいわゆる「ざまぁ」であるなら。少し甘いのかもしれません。何せ私は溺死させられそうになったのですから。
でもこれだったら、二度とマヤは、悪さをできないはずです。だから私はそれでいいと思いました。
「沢山話してしまったね。もう時間も遅い。ミア、ゆっくり休むといい」
アーガイルはそう言うと、ベッドからゆっくり起き上がり、白いナイトガウンを羽織りました。本当はこのまま彼の胸の中に包まれ、眠りたい気持ちがあるのですが……。
アーガイルは私と、まだきちんと婚儀を挙げていません。ですから自身の部屋へ戻ろうとしているのです。
とても真面目なアーガイル。
その事実に、胸がキュンキュンしてしまいます。
「ミア、ゆっくりお休み。明日はのんびり起きて、マヤ達を送り出そう」
「はい。……おやすみなさい、アーガイルさま」
「うん。おやすみ、ミア」
子猫だった時と同じように。
私の頭を優しく一度撫でると、アーガイルは部屋を出て行きました。
◇
翌日の朝。
窓から見た周囲の森は、一面の銀世界に変っています。初雪なのにこんなにしっかり降ったということは。今年の冬は、雪が多いかもしれないですね。
「ミアさま、ドレスに着替えましょう。冬用のドレスは、アーガイル魔王さまが沢山、ミアさまのために用意してくださっていたのですよ。嫁入りの時は初夏でしたから。その後は季節の変わり目ごとに、アーガイル魔王さまが『ミアがいつ、獣人族の姿に戻ってもいいように、ドレスを用意しておこう』とおっしゃられて。夏、秋、冬。実はクローゼットにドレスがいっぱいです」
着替えを手伝いにきてくれたクロエとは、顔を見た瞬間、ひしっと抱き合い、しばし再会を喜びました。そして例のたん瘤は大丈夫かと尋ね、「寝る時にうつぶせになる必要があり、それだけが不便です」と、クロエは元気に笑ってくれたのです。
本当に、その姿を見て安堵できました。そしてドレスの件を教えてくれたのです。
今日、着るドレスを選ぶため、クロエと共にクローゼットへ行くと……。そこには言われた通り、色とりどりのドレスが並んでいます。
選んだドレスは、セレストブルー。
綾織のウールで出来ており、立体的な白い花が胸元に飾られています。大きく広がるスカートには、白くて丸い可愛らしいボンボンが、まるで雪のように散りばめられていました。ウエストの銀細工によるビジューベルトは、キラキラと美しいです。
「ミアさま、まるで雪の精のように可愛らしいですよ」
身支度が整ったので、アーガイルの部屋を尋ねました。アイスブルーのゆったりとした衣装に、私と同じ繊細な銀細工が施されたベルトをつけたアーガイルは、部屋に入ってきた私を見ると……。とても清らかな笑顔になりました。
「ミア。わたしが贈ったドレスを着てくれたのだね。とても似合っているよ」
初めて私のドレス姿を見たアーガイルは、とても感慨深げです。私も半年ぶりにドレスに袖を通すことができて、嬉しくてたまりません。
その後は、二人で初めてダイニングルームで朝食をとることになりました。ナイフとフォークを使い、食事をするのが久々過ぎて、ついぎこちなくなってしまいます。
「ミア、半年ぶりの人の姿なんだ。ゆっくりで大丈夫だよ」
アーガイルの優しさに、キュンとしてしまいます。マンチカンの子猫の時には、食べなかった卵料理、フルーツは美味しくて堪りません! 食後に飲む紅茶もとても懐かしく、気持ちが落ち着きます。
「人の姿になっても、その愛らしい耳と尻尾を見ると、子猫だったミアを思い出してしまう。なんだか微笑ましい気持ちになるね」
食事を終え、ダイニングルームを出て歩き出すと、アーガイルはそんなことを言って頭を撫でてくれます。
既に人の姿なのに。こうやって頭を撫でられると、喉を鳴らし、アーガイルにすり寄りたくなってしまうのです。
「では、ミア。マヤ達に会うよ。もし怖かったり、気分が悪くなったら、無理はしてはダメだからね。すぐにわたしに言うのだよ」
アーガイルに言われ、「はい」と返事をしました。笑顔のアーガイルは、再び私の頭を撫でてくれます。嬉しくて、尻尾が揺れてしまいました。
エントランスに着くと、宰相のグレイ、護衛騎士のギルが待っています。さらに従者やメイドが来て、毛皮のマントをアーガイルと私の肩にかけてくれました。
「行こうか」
エスコートされながら、外に出ると。
朝の凛とした冷たい空気。
既に正門に続く道は雪掻きが済んでいますが、それ以外は手つかずで、差し込む朝陽で雪がキラキラと輝いて見えます。そしてところどころに雪が残る幌馬車のそばに、マヤ、ペーター、二人の従者がいました。
マヤもペーターも目の下にはクマで、わずか一晩で、かなりげっそりしていたように思えます。それでも朝食はちゃんと出されたのでしょう。口元にはパンくずがついていました。
「一度宣言したので、商品はすべて買い取りました。でも金輪際、あなた達から商品を買うつもりはありません。そして永久に、この魔王城を尋ねることを禁じます」
アーガイルの言葉を、マヤもペーターも黙って聞いています。ペーターの兎耳は、毛糸の帽子で見えませんが、恐らくガッカリして垂れていることでしょう。
「そしてわたしの妃を害するような行動をとったこと。本来であれば、死刑に値します」
マヤは目を大きく見開き、息を飲み、頬をピクピクと震わせています。
「でもわたしの妃は優しいので、死刑は望まなかったのです。ただ、それではまた悪さをするかもしれないですよね。ですからマヤ、あなたに魔術を行使します」
ビクッと体を震わせてマヤは顔を上げ、泣きそうな表情になりましたが、アーガイルはすぐに呪文を詠唱したのです。
「今後、キャット族や猫に近づくと、あなたの体には蕁麻疹が出ます。すぐにその場から離れないと、呼吸困難になり、場合によっては死亡することも……。さらに動物を虐待するような行為をした時、その行為はあなた自身に返ってきます。もし、バスタブに沈めようとすれば、そこに沈むのは、あなたは自身です」
アーガイルはそこでクロエのことを呼びました。マヤの顔は顔面蒼白です。クロエは水袋を手に、マヤに近づきます。
「お水です。マヤさま。お持ちください」そう言って水袋をクロエは差し出しました。マヤは水袋を受け取ろうとして、そこで手が止まります。
ここから見えるだけでも、顔にも手にも無数の赤い蕁麻疹が出ていました。マヤは「痒い!」と叫び、その場に倒れました。すると今度は「痛い!」と叫び、頭を押さえています。どうやら倒れた時に、頭を打ったようです。
「これでクロエのたん瘤のお返しもできたかな」とアーガイルが耳元で囁き、クロエを見ると、ドヤ顔をしていました。クロエは大きなたん瘤ができていたのだから。マヤもたん瘤ができたとしても……仕方ないですね。
一方のペーターは、マヤの様子を冷めた目で見ると、クロエから水袋を受け取りました。
「一度出た蕁麻疹は、一週間、ひきませんから。ご注意ください。それではもう二度と会うことはない者達よ。さようなら」
アーガイルが私の手を取り、私達はエントランスへと戻って行きました。


















































