32:恐ろしい顔
ゆっくり湯船に降ろされた私は、クロエの背後に誰かがいることに気が付きました。
「みゃお(クロエ!)」
私が叫ぶのと同時に、ゴンという鈍い音と、クロエの「うっ」という短い叫び。目を閉じ、倒れ込むクロエ、その後ろに立つ――マヤの姿が見えました。
マヤはこの魔王城で働くメイドと同じ、黒のワンピースに白いエプロンという姿をしています。そして私を見下ろすマヤは、とてもヒロインとは思えない、恐ろしい顔をしていました。
マヤのイメージとして、私は企画書の中で、金髪碧眼で肌は白く、頬と唇は薔薇色という美少女のイラストを用意していたのです。そしてこの世界でペーターの心を射止めた時。確かにマヤは、その通りの美少女でした。
でも今、私の瞳に飛び込んできたマヤは、金髪を無造作にお団子状で結わき、碧眼の下にはクマがあり、血色も悪く、肌もガサガサに見えます。
謁見の間では、マヤはフードを被り、そして広間は薄暗かったのです。それは魔王という存在を物々しく演出するため、敢えて限られた数のロウソクしか灯さず、薄暗さを演出していたせいでもあるのですが。だからマヤがこんな疲れ切った状態だとは気づけませんでした。
……!
とても疲れて恐ろしい顔をしているのに、口元だけがニヤリと笑っています。
温かいお湯の中にいるのに、怖くて震えが走り、全身の毛が逆立っていました。耳も後ろにつっぱり、尻尾もピンと伸びています。
「あんたの噂、聞いたわよ。私に散々意地悪をして、おぞましい魔王の嫁になったというのに。幸せに暮らしている? 驚いたわ。こっちはペーターと結婚して、とんでもなく苦労したって言うのにさ、どういうことなのよ」
言葉遣いまで変わっていました。上品で愛らしかったマヤの面影は、ありません。
「まったく。どうして次男なんか選んでしまったのかしら。まさに貧乏くじを引いたみたいなもんよ。結婚と同時に屋敷を出ることになって。そこからが転落の始まり。なぜかペーターの領地だけ、イナゴが大量に発生して、稲は不作。食料は尽きるわ、領民は文句を言うわ、もう散々。こんなことになるなら、王太子を選んでおけばよかった。そうしたら今頃、あんたと同じ、王妃さまになれたのにね!」
マヤはがさごそ何かやっていたと思ったのですが、大きな麻袋を広げていました。
「さあ、ミア、この麻袋に入りな。入らないなら、この湯船に水を満たすよ。あんたのその短足では、この湯船から出ることができない。冷たい水の中で溺死したくないだろう」
マヤのとんでもない提案に、バスタブの中で固まると。すぐに麻袋を被せられそうになります。慌てて逃げると、マヤはため息をつきました。
「ペーターはさ、あんたを誘拐して、で、私達で発見したことにして、あの美貌の魔王さまから金をせしめる計画をしているのよ。でもさ、一生遊べるお金をもらえるか、分からないよね? だったらあんたを誘拐せず、溺死させるのが一番だと思わない? クロエがあんたを溺死させた。そして傷心の魔王様は私と出会う。私の手はね、獣人族だけじゃないんだよ。人間にも効果てきめん! 魔王と言っても見た感じ、人間と同じ。傷心の魔王様を、私のこのゴッドハンドで、なぐさめて差し上げるのさ!」
そんな……! ペーターもマヤもなんて恐ろしい計画を! これは私が企画した癒しの乙女ゲーム『モフモフ♡イケメン☆パラダイス』とは全然違います!
「みゃーっ」
「黙りなっ!」
頭の上から突然冷水をかけられ、心臓がバクバクし、一気に体が震えました。マヤが桶に入った水を、次々とバスタブに入れています。
これは……大変です!
マヤの言う通り、マンチカンの子猫の短い足では、バスタブから逃げ出すことはできません。さらに冷水をかけられ、寒さで震え、うまく鳴き声をあげることもできないのです。
その間にも水がどんどん増えていきます。
ついに私は手足をばたつかせ、何とか顔を水面から出している状態になってしまいました。
もう意識は吹き飛ぶ寸前です。
水の冷たさに、体が動きません。
鳴くこともできないのです。
アーガイルさま、アーガイルさま、もうダメです。
助けてください……!
「さあ、ミア、私のために死んで頂戴」
マヤの手が伸び、水の中に沈められると分かりました。
あまりの恐怖と絶望で、私の意識は――。
◇
アールグレイのいい香りを感じ、目が覚めました。
「ミア、目覚めたのだね……!」
ぎゅっと抱きしめられ、その温かさと力強さに、瞬時に心が満たされました。
「アーガイルさま……」
そこでハッとします。
久々に聞いた自分の声は、自分の声ではなく思えました。
というか、声が……出ています……?
「え、あ、え」
再度、声を出し、声を出せたと思い、アーガイルを見上げると。潤んだアイスブルーの瞳に、私の顔が……マンチカンの子猫ではない、獣人族の顔が映っています!
「わ、私……!」
「そうだよ、ミア。君は獣人族の体に戻ることができたのだよ」
「そ、そうなのですね! 良かった……!」
喜びでアーガイルに抱きつき、そこで今の自分の状態に気がつきます。
アーガイルの体温を、やけに感じるのです……。その理由は、見える範囲、彼が素肌をさらしているからだと瞬時に理解できました。そして私は薄い白い布にくるまれ、彼の腕の中に抱きしめられ、掛布団をかけられている状態だと気づいたのです……!
「わ、わた、わた、わた……」
「ミア、落ち着いて。何もしてないよ、私は。冷水で冷え切ったミアの体を温めていただけだから」
「……!」
「何が起きたか説明しよう。でもこの状態は困るだろう? ベッドの中は温まっている。だからミアはそのまま横になっているといい。わたしがベッドから起きよう」
体を起こそうとしたアーガイルを止めようとして、手が素肌に触れ、思わず息を飲んでしまいます。肌のするっとしたなめらかな感触。指で改めて感じた体温。引き締まった筋肉の弾力。子猫の姿だった時は、いつもこの胸に抱きしめられていたのに。衣服があるとないとでは、こんなに違うのですね……!
いや、今はそうではないのです!
今晩で完結します。
夜更かし予定の方はリアルタイムでお楽しみください~。
お疲れの方は明日、ご無理なくでご覧くださいね☆


















































