31:まさかの再会
どうしてここに、公爵家の次男とヒロインがいるのでしょうか。
公爵家の次男であるペーターは、赤い瞳でチラッと私を見たのですが、すぐに自身の目の前の商品について、説明を始めました。対してヒロインのマヤは、ヘーゼル色の瞳で、アーガイルのことをガン見しています。
マヤがそうやってアーガイルを見る気持ちは、分からないでもないです。彼は思わず見惚れてしまう美しさなのですから。でもそうやって見つめ、頬を高揚させるのを見てしまうと……。
なんだか落ち着きません。
何より、なぜこの二人が、クリスマス商品の販売など行っているのでしょうか。でもよくよく考えると、ペーターは公爵家に生れたとはいえ、次男なのです。公爵家を継ぐのは長男ですから、次男であるペーターは、マヤとの結婚を機に、家を出たのかもしれません。相応の領地や財産は与えられたと思うのですが……。
マヤは舞踏会で着飾ることを、いつも楽しみにしていました。ヒロインですし、オシャレをして攻略対象と距離を縮めるにも、それは必要経費だったと思います。でも結婚をしたら、そんなことも言っていられないでしょう。でもマヤは散財を続け、もはや商人まがいのことをしないと、生活が成り立たなくなった……?
その可能性は大いにありうると思えました。でもだからってなぜ魔王城に来たのでしょう……?
あ、なるほど!
元貴族が急に商売を始めても、うまくはいかないことでしょう。競合ひしめくレッドオーシャンに飛び込むのではなく、商売敵がいないブルーオーシャンとして、魔族への販売を思いついたのかもしれません。獣人族が魔王城に商売へ行こうなんて、普通でしたら考えませんから。
「……!」
マヤの鋭い視線が私に刺さります。
その目は……まるで「猫のくせに。なんで魔王様の寵愛を受けているのよ!」と言われているように感じ、落ち着きません。
自然と耳が垂れ、顔は俯き、尻尾から力が抜けてしまいます。
「すまないのですが、もう結構です。ここまでの道中。それは大変だったことでしょう。それを労い、幌馬車に積まれた商品はすべて買い取ります。あなた方にも食事を用意させましょう。そして馬にも十分な水と餌をやるようにします。でもそれがすべて終わったら、お引き取りください」
話しの途中で腰を折られたペーターは、目を丸くしています。グレイやギルも、驚いた顔をしていました。でもアーガイルはそれに構うことなく、私を大切そうに抱え上げ、玉座から立ち上がりました。
「それではこれで失礼します」
凛とした声が謁見の間に響き渡り、アーガイルは音もなく歩き出します。広間を出て、しばらくすると、アーガイルは私の背を、ことさら優しく撫でて尋ねました。
「ミア、もう大丈夫ですよ。あの者達は、ミアの知り合いだったのかな? でも……知り合いに対して、あんなに怯えるわけがないね。きっと過去に何かあったのかな。だが大丈夫だよ。ミアにわたしがいる。何があってもミアを守るから」
アーガイルの言葉に涙が出そうになります。私の変化に気付き、あの場から去る決断をしてくれたのだと分かったからです。
「みゃお、みゃお、みゃお」
思わず嬉しいのと感動と、アーガイルのところへ嫁いでよかったと思う気持ちで、声が止まらなくなります。
「よし、よし。ミア、分かっているよ」
そこでアーガイルは廊下の窓から外を見て呟きました。
夕暮れが近いこの時間、外は既に薄暗くなりつつあったのですが……。
「……今晩は雪になりそうだね、ミア」
◇
アーガイルの予想通り、日没と同時に雪が降り始めました。
今年初めて降る雪です。
外はどう見ても凍てつくような寒さですが、魔王城は快適な気温が保たれています。
「ミア、今日は冷える。ミアのために温かい湯を用意した。夕食の後はお風呂に入るといい。体を温め、暖かくして休もう」
謁見の間から自室に戻った後。
アーガイルは私のそばから片時も離れることがありませんでした。ずっと膝の上に私をのせ、頭や背を撫で、いろいろなことを話してくれます。それは魔王城で行われるニューイヤーの祝賀パーティー、2月に行われる雪まつり、3月の春宵祭り、4月の植樹イベントなどなどです。
「その頃にはミアも元の体に戻っているかな? その姿でも十分、祭りは楽しめるだろう。でも元の姿であれば、もっと楽しいことだろう」
本当に。その頃までには獣人族に戻りたいです。
ジューンブライドでこの魔王城へやってきました。もたもたしていると、一年が経ってしまいます。
「でもミア、焦らないでいいのだよ。ミアもわたしも長い命を持つのだからね。それにミアは正式なわたしの妃になれば、永遠の時を生きることになる。そうなれば、その姿で過ごした日々なんて、わずかな時間だったと後から思えるよ」
そうなのです。
魔王であるアーガイルと心身共に結ばれた時、私はキャット族であり、魔族として新たな時間を生きるようになると、教えてもらっています。そうなるためにも、獣人族の姿に戻りたいのです……!
そんな話をアーガイルから聞いているうちに、夕方になっていました。そしてアーガイルは、食後、お風呂で体を温めることをすすめてくれたのです。
「ではミア。お互いに入浴を終えたら、また一緒に過ごそうね」
「みゃん(はい!)」
クロエに抱えられ、自室へと向かいます。
アーガイルの部屋で過ごすことがほとんどですが、私にはちゃんと部屋が用意されていました。今日みたいに入浴をする時は、私は自分の部屋へ戻ることになるのです
「今日は、驚きましたわ。まさかペーターさまとマヤさまがやってくるなんて。なぜ商人なんてやっているのか、妹に手紙を書き、聞くことにしました」
「みゃあ(そうなのね)」
そこで部屋に到着し、そのままバスルームへ向かいます。湯船には、10センチほどお湯が入れられていました。そしてその湯船からは、シトラスの爽やかな香りがしています。
「香油をいれておきましたから。これはミアさまがお好きな香りでしょう」
そうなのです。キャット族ではあるのですが、私は柑橘系の香りが大好き。クロエも柑橘系の香りに抵抗はなく、父親だけが苦手にしていました。
私を抱えたクロエは腕を伸ばし、湯の温度を確認します。
「大丈夫です。いい感じですよ。……では下ろしますね」
ゆっくりクロエに湯船に降ろされ、そしてそこで気が付きました。
クロエの背後に、誰かいる――と。


















































