30:魔王の溺愛
月日が流れるのは早いですね。
魔王城に来てから、もうすぐ半年になります。
そして私は……未だ、マンチカンの子猫の姿のままです……(涙)。
魔王アーガイルは、子猫というペットを飼ったのではなく、妃を迎えたはずなのに。私は……獣人族に戻れず、妃としての務めも一切果たせていない状態です。でもアーガイルはそれを責めることもなく、毎日のように私を可愛がってくれています。
これにはクロエがえらく感動し、キャトレット伯爵家に「ミアさまは子猫に変化してしまいましたが、夫であるアーガイル魔王さまに、溺愛されています」と手紙で知らせてくれていました。
魔族に嫁ぐ娘を心配し、卒倒していた両親も、これで安心してくれることでしょう。
そう思う傍らで。
このままではいけないと焦燥感は募っています。一日も早く、獣人族の姿に戻らなければと。
◇
「ミア、クリスマスツリーを用意したよ。ミアの故郷では、この季節になると、このツリーを飾ると聞いたから、取り寄せてみたよ」
11月も、もう終わろうとしている日曜日の朝。アーガイルの部屋には、突如巨大なモミの木が登場しました。彼の護衛騎士のギルが、黒ずくめの軍服姿で、この木を抱えて部屋に入って来た時には、もう度肝を抜かれてしまいました。
「木に飾るものも、いろいろと用意したよ」
雪原のような白い衣装のアーガイルが箱を開けると……。
そこにはベル、木彫りの天使、クーゲル(ガラス玉)、キャンディーケーン(赤と白の杖の飴)、ジンジャークッキーなどが沢山入っています。
「飾りつけを始めようか」
アーガイルの声に、水色のスーツ姿の宰相のグレイ、ギル、メイド服姿のクロエ、さらにはメイドや従者も手伝い、巨大なツリーに次々と飾りをつけていきます。
私はというと……。
飾りつけを手伝いたいのですが、半年近く経っても子猫のままなので、まず背が届かないのです。無理してジャンプすれば、枝に引っ掛かり、せっかくのツリーをボロボロにしてしまいそうで……。
それに……。
この金色や銀色に塗られた松ぼっくりの飾り。
これが、気になるのです……。
前足でひょい、とやると、転がる。
もう一度ちょんとやると、転がる。
……楽しいのです!
人間だったら何が楽しいのか理解できないでしょう。でも現状、マンチカンの子猫の私は、これが楽しくてたまらないのです。みんながツリーに飾りつけをする中、散々松ぼっくりで遊んでいると。
ツリーの飾りつけが終わっていました。
「これで完成……だと思うけれど、何かが足りないね?」
アーガイルの言葉に、私は遊ぶのを止め、ツリーを見上げます。
てっぺんに飾るはずの星がないではありませんか!
「みゃお、みゃお(クリスマスの星がない!)」
必死に私が鳴くと、アーガイルが抱き上げてくれました。
手を振り、天辺を指し示すと……。
「ミアはツリーの頂上に、何かが足りないと言っているようだ」
「! トップスターですね。星の飾りがありません。クリスマスツリーのシンボルです」
クロエの言葉に「星?」とギルとグレイが顔を見合わせています。
「なるほど。クリスマスツリーの天辺に飾る星がないのか。ミア、教えてくれてありがとう」
アーガイルに優しく頭を撫でられ、私はご機嫌になります。
「グレイ、トップスターを取り寄せてもらえるかな?」
「御意」
「では飾りつけは完了だ。お茶にしようか」
穏やかな冬の昼下がりの時間が過ぎていきます――。
◇
「魔王アーガイルさま。例のクリスマスツリーの星の飾り、それを注文したところ、商人が他にもクリスマスにまつわる様々なものがあると、幌馬車いっぱいに商品を詰め込んで、売り込みに来ました。追い払いますか?」
12月の日曜日の午後。
アーガイルの部屋で、彼と一緒に毛糸玉でじゃれていると、宰相のグレイが部屋を尋ねて来ました。
「それは……わざわざ獣人族のモカ王国から来たということ?」
シルバーホワイトの光沢のあるゆったりとした衣装をまとったアーガイルが、私の背を撫でながら、グレイに尋ねました。
「そうですね」
グレイはピシッとシアン色のスーツを着こなし、即答します。一方のアーガイルは、私を抱き上げると、問いかけました。
「ミアの故郷の人達がわざわざ魔王城までやって来た。門前払いは可哀そうに思えるが、どう思う、ミア?」
アーガイルは優しいのです。
私の故郷が遥か遠くにあることを、アーガイルは知っています。そこからわざわざ来たのならと、親切心を示しているのです。
「にゃお、にゃお、にゃーお(会ってあげたら、喜ぶと思います!)」
言葉は全く通じないと思うのですが、アーガイルは優しく微笑みます。
うっとりしてしまう、優雅な表情。
「グレイ、謁見の間に通すように言って欲しい。幌馬車の商品は、これぞというものを選び、謁見の間に運ぶように言ってもらえるかい?」
「御意」
グレイが部屋から出て行くと、アーガイルが私を自身の胸に抱き上げます。
「ミアも見たいだろう。一緒に謁見の間に行こう」
「みやぉ(はい!)」
アーガイルの胸に抱きしめられると、ベッドと同じ、アールグレイを思わせるいい香りがするのです。温かく、安らぐ、大きな胸。そして意外にも胸板は厚く、スリムなのに体をよく鍛えていることが分かります。
謁見の間に着くと、既にそこにはモカ王国から来た商人が、玉座に続く青い絨毯の上で、ひれ伏しています。彼らの前には、様々なクリスマスを楽しむアイテムが置かれていました。
ホットワインを飲むためのマグカップ、アドベントカレンダー、クリスマスキャンドル、スノードームなど実に様々。
アーガイルは肩に紺碧色のマントを羽織り、そして玉座に腰を下ろしました。私は彼の膝の上で丸くなります。
準備が整ったと判断したグレイが、静かに告げます。
「顔を上げよ」
玉座の右手には、宰相であるグレイと文官たち。左手には、護衛騎士のギルと武官たち。
四人の商人たちは、ゆっくり顔を上げます。
全員、毛糸の帽子やマントのフードを被っており、気が付きませんでした。でも顔を見て、私は凍りつきます。
だってそこにいたのは……私を断罪した公爵家の次男のペーター、ヒロインのマヤ、そして従者らしき二人の若者だったのです……!


















































