2:わたしの愛らしい妃のミア
「だからあのニワトリは余計だったのですよ! 多分、あのニワトリに驚いたのだと思います」
「え、でも猫は鳥が好きなんじゃないのか? よく捕まえるだろう?」
「そうかもしれませんが、彼女はあくまでキャット(猫)族なのですよ。通常の猫と同じ尺度で考えてはダメだったのですよ」
「そうは言われてもな……」
美しいソプラノボイスと、重量感のある低音の声が聞こえ、目が覚めました。
「ミアさま、目覚められたのですね!」
私を覗き込む、クロエのブルグレーの瞳と目が合いました。
「おっ、目覚めたか!」
「……!」
魔王が視界に現れ、私は思いっきり叫びます。
「ギャーッ」
叫んだ自分の声に驚きつつ、クロエに抱きついた自分にビックリしてしまいます。
「ミアさま、落ち着いてください。ギルさま、ミアさまが怯えています。近づかないでください」
クロエが魔王にピシャリと言うと、魔王……ギルは「すまない」とあっさり謝罪しています。魔王なのに、大変弱腰であることにも驚いたのですが。
「みゃぁ(クロエ)?」
「大丈夫ですよ、ミアさま。私がついていますから!」
涙ぐむクロエのブルグレーの瞳に映る私の姿は……。
可愛らしいサイズの耳、短い手足、クリーム色のフワフワの毛。
どこからどう見ても愛くるしいマンチカンの子猫。
間違いないです。
私……猫に変化しています……!
これは……由々しき事態です。
猫に変化すると、「にゃー」とか「みゃー」のように鳴くことしかできません。
話すことが……できないのです!
「ニワトリが原因で変化したかと思いましたが、どうやらそうでもないようですね。ギル、あなたを見てミアさまは怯えています」
ソプラノボイスが近づき、そちらを見ると、水色の短髪に紺碧の瞳、綺麗な白い肌の美少年がいました。上下セットアップの明るいブルーのスーツ姿で、とても身綺麗にしていらっしゃいます。
「それでクロエさま、ミアさまの変化ですが、どうやったら元に戻るのですか?」
美少年の問いに、クロエは私の背を優しく撫でながら答えます。
「グレイさま。通常は、意図的に変化をするので、自分の意志で元に戻ることが可能です。でも今回ミアさまは、明らかに意識を失うと同時に変化していました」
そこでクロエはため息を漏らします。
「心理的なショック、ストレスがピークに達し、防衛本能で変化してしまったのだと思います。しかも子猫の姿に……。通常、成人したキャット族は、大人の猫の姿にしか変化しません。そこを踏まえても、これは異常事態です。いつ元のお姿に戻られるかは……。まったく想像もつきません」
冷静なクロエの分析に、自分がどういう状態なのかを理解しました。そして美少年の名が、グレイであることも知ることが出来たのですが……。
「なるほど。そうなると……。そのお姿での婚儀は難しいですよね。婚儀はお体が戻ってからすることにして、ひとまず魔王アーガイルさまに会いに行きますか」
……! ギルは魔王ではないのですか……?
そう思った時です。
「会いに行くまでもないよ。遠路はるばるここまで来てくれたのだ。わたしが足を運ぶのが礼儀だよ」
涼やかで凛とした声が聞こえてきました。
驚いて声の主の方を見て、息を飲みます。
え、こ、これが魔王アーガイル……!
魔王と言えば。
この世界で最も残忍・残虐・残酷で無慈悲。
氷のように冷たく、何人も寄せ付けない恐ろしい存在。
そしてその見た目はギルのようなおどろおどろしい姿を想像していたのに。
な、なんて美しい……。
シルクのような艶のある長い銀髪。
月光を思わせるアイスブルーの瞳。
通った鼻筋に、形のいい唇。
天の川のような秀麗な色合いの衣装を飾る銀細工の数々。
「ミア、初めまして。あなたの夫になる、魔族の長アーガイル・クシュナーです」
微笑みは、仏様のような慈愛に満ちています。
スリムな長身で、穏やかで、とても魔王には思えません。
思わずその姿に見惚れていると。
「なんて小さく、愛らしい。ブルーグリーンの綺麗な瞳をしているね」
アーガイルは、細く長い指で、私の頭をゆっくり撫でてくれました。その撫で方は……極上の気持ち良さ。強すぎず、弱すぎず、毛並みに逆らわず。
癒されます……。
気付けば目を閉じ、喉を鳴らしていました。
「まあ、ミアさま、喉まで鳴らして。そんなにアーガイル魔王さまに撫でられるのが、気持ちいいのですか?」
良いのです……。
ヒロインのマヤが「ゴッドハンド」なら。
魔王アーガイルは「ゴッドフィンガー」です。
はしたないのかもしれないのですが……。
猫の本能には抗えません。
もっと撫でてとその指に、鼻を摺り寄せたくなってしまいます。
「クロエと言ったね。ミアをこのまま部屋に連れて行ってもいいかい?」
「! そ、それは勿論。ミアさまはアーガイル魔王さまのお妃さまなのですから」
「魔王アーガイルさま、婚儀は中止ということですよね。このままお部屋にお戻りになる前に、こちらの書類にサインいただけますか。ミアさまは……肉球の判でお願いします」
美少年のグレイが、胸元より羊皮紙を取り出し、その様子を見たギルが、羽ペンをアーガイルに渡しました。
受け取ったアーガイルは、サラサラと流麗な文字をしたためています。一方の私は……。美少年グレイの手で、右手の肉球にインクをつけられ、それがくすぐったく暴れそうになりました。でもクロエにがっちり押さえられ、書類に判を押すことに。
間違いなく魔王アーガイルと私の婚姻に関する公的な書類だと思うのです。彼の署名はアートのような美しい文字。私の欄は肉球マーク。シュール過ぎます。というかこれで私は、この美貌の魔王アーガイルの妃になったのです……!
「美しいピンク色の肉球が汚れてしまったね」
アーガイルそう言うと呪文を唱えました。
瞬時に私の肉球は、綺麗なピンク色に戻っています。
「さあ、おいで、わたしの愛らしい妃のミア」
まさか魔王がこんなに素敵な殿方だったとは……!
もはや断罪終了後の覚醒、万歳!です。