22:もはや一刻の猶予もありません!
「生霊は、通常の霊より厄介です。生命エネルギーを維持した状態の霊ですから。もし憑りつかれたら……最悪の事態を想定した方がいいです。そして嘘はつかれない方が身のためですよ。嘘をついたとバレれば、次に生霊と遭遇した時、恐ろしいことが起きるかもしれません」
ついに限界だったようで、エル伯爵令嬢は「そんな……」と力なく、隣に座るアル男爵令嬢に寄りかかりました。アル男爵令嬢は慌ててその体を支えます。
ソラス伯爵令嬢は何かに耐えるように唇を噛みしめ、無言。
この様子を見るに、二人は嘘をついている――という私の予想は正解に思えてしまいます。アル男爵令嬢は、ソラス伯爵令嬢とエル伯爵令嬢が、アレルギーがあるのに意図的にナッツ入りのカップケーキを渡したのではないかということに気づき、二人を見る目が変りました。
エル伯爵令嬢を、アル男爵令嬢は仕方なく今も支えていますが、そばにいたくないという気配が伝わってきています。
「ちなみにもうお一人、落馬させられたと訴えた方、エイミーは……ソラス伯爵令嬢の腕を掴んだ感触が私にはあるのですが」
そう言うと、オーマン公爵令嬢は、チラリとソラス伯爵令嬢の腕を見ました。かなりの力で掴んだ結果、怪我をしたわけではないのですが、腕には手を握られたと分かる赤い痕が見えます。時間が経てば消えるものでしょうが、今はハッキリ分かる状態です。
ソラス伯爵令嬢は、その赤い痕を隠すようにしながら、ポツリ、ポツリと言葉を紡ぎます。
「……アーガイルさまとみんなで乗馬をすることになりました。……エイミーさまは、その……胸元に素敵な……ブローチをつけられていたので……。それを騎乗した後、見せてくださいと頼み……腕を伸ばしたところ……」
「詳しいことをここで語りたくないのでしたら、それはそれで構いませんわ、ソラス伯爵令嬢。ただ、エイミーはこんなことを言っていませんでしたか。私、自分で自分の声が別人のように聞こえてきていたのですが、こう言っていたと思うのです」
そこでオーマン公爵令嬢は、その場にいる全員の顔を順番に見て、口を開きます。
「『みんな、おまえに恨みがある』と。みんな、というのは、この部屋にいる霊のことでは? もしや七人の霊……皆様、生霊で、ソラス伯爵令嬢とエル伯爵令嬢を知っていて、恨みがあるのでは?」
ソラス伯爵令嬢は青ざめ、エル伯爵令嬢は震え、オーマン公爵令嬢の問いには答えません。
ガシャーン。
ガラスが割れる音がして、その場にいた全員が悲鳴を上げました。音の方を見ると、カーテンが不自然に揺れ、絨毯の上を何かが転がって行きます。
さらに。
ドン、ドン、ドンと、壁を叩く音が聞こえ、エル伯爵令嬢が立ち上がりました。
「座っていてください、エル伯爵令嬢! 交霊会はまだ終わっていません。この場いる七人の生霊に憑りつかれますよ!」
オーマン公爵令嬢の言葉と、アル男爵令嬢がエル伯爵令嬢の腰に抱きつくことで、なんとかエル伯爵令嬢は椅子に座りました。
でもラップ音は続き、床が軋む音、ドアを叩く音、チェストがガタガタ動く音が聞こえています。
「ソラス伯爵令嬢とエル伯爵令嬢、今、とても危険な状態です。私の問いに答えてください。今、この部屋にいる七人の生霊とは知り合いですね? そして彼女達の恨みを買うようなことをなされた。そうなのですね?」
「そうです!」
エル伯爵令嬢は泣きながら返事をしましたが、ソラス伯爵令嬢は無言です。するとテーブルがぐらぐらと揺れ始めました。
「ソラス伯爵令嬢、もはや一刻の猶予もありません。認めるならお認めください。七人の生霊の怒り、感じていますよね?」
オーマン公爵令嬢が言葉を重ねた時。
白い煙がソラス伯爵令嬢の体を包むように、突然、現れました。
それに気づいたエル伯爵令嬢は悲鳴を上げ、気絶し、アル男爵令嬢も悲鳴をあげています。
「ソラス伯爵令嬢!」
オーマン公爵令嬢が叫び、そこでようやくソラス伯爵令嬢が口を開きました。
「そうです! アーガイルさまと親密になりそうなのを妬み、嫌がらせをしました。ごめんなさい、あやまります、助けてください!」
すると白い煙は消え、部屋の中で起きていたラップ音もピタリと止みました。でも、誰も声を出すことができません。
しばらく静寂が続き、オーマン公爵令嬢が口を開きました。
「モイラが言った言葉、どなたか覚えていますか?」
「覚えています!」とハッキリした声で答えたのは、アル男爵令嬢でした。怪奇現象が次から次へと起き、悲鳴を上げていましたが、決して席はたたず、この状況をちゃんと見守っています。かなり肝っ玉が据わっていると言えるでしょう。そのアル男爵令嬢は、モイラの言葉をハッキリ覚えていました。
「モイラはこう言っていました。ソラス伯爵令嬢の腕を掴み『……消えな、この魔王城から。みんな、おまえに恨みがある。このまま魔王城にいたら、あんた……死ぬかもしれないよ』と」
「……そうでしたか。それは……相当、強い恨みですね。その恨みの深さは、今、部屋で起きたことからも、明らかだと思います」
そこで大きく息をはいたオーマン公爵令嬢は、ソラス伯爵令嬢を見ると、静かに告げました。


















































