20:ここに現れた理由
オーマン公爵令嬢の真摯な言葉に、アル男爵令嬢は真面目な顔になり、エル伯爵令嬢は、霊に憑りつかれるのは勘弁して欲しいと思ったのか、生気が戻りました。
「ではこれから順番に名前を教えてください」
再びオーマン公爵令嬢が質問し、プランシェットがアルファベットの文字の上を動き出しました。今回、かなり時間をかけ、答えが導き出されました。
オーマン公爵令嬢は、羊皮紙と羽ペンを用意しており、アルファベットの文字を一文字ずつメモしていました。そして導きだされた名前は……。
「Wendy……ウェンディ、ですね。一人目の霊はウェンディです」
そう言って、ソラス伯爵令嬢、エル伯爵令嬢、アル男爵令嬢の顔を見ました。三人とも「なるほど」という表情で、この名前に聞き覚えは特にないように見えます。
「では続けて教えてもらいましょう。再度、手をのせてください」
次に導かれた霊の名前はSally……サリーです。するとアル伯爵令嬢が「おばあ様の名前と一緒です!」と声をあげ、一瞬ざわつきましたが「でも生きていますから!」と答え、その場は落ち着きました。
名前を聞くことを再開し、次に判明した名前はLynda……リンダ。この名前は、三人とも無反応でした。
こうして丹念に名前を聞くことで7名全員が女性の霊であることが判明しました。
ウェンディ、サリー、リンダ、ヴィッキー、アズラ、モイラ、エイミー。
羊皮紙に並んだ名前を全員でしみじみ見ていると、エル伯爵令嬢が「えっ」と声を漏らしました。
「どうしましたか、エル伯爵令嬢?」
オーマン公爵令嬢に問われたエル伯爵令嬢の顔は、とても引きつっています。そして額には汗をかいていました。
「い、いえ、その……よく見ると、知っている名前が……あっただけです」
そう言いながら、隣に座るソラス伯爵令嬢をチラチラと見ています。でもソラス伯爵令嬢は、彼女を無視し、オーマン公爵令嬢に問いかけます。
「霊の名前が分かりましたよね? これで正体を暴けましたよね!?」
やや前のめりで尋ねるソラス伯爵令嬢に対し、オーマン公爵令嬢は「いえ、まだです」とあっさり否定します。「え、なぜですか?」とソラス伯爵令嬢の表情が曇ります。
「なぜ魔王城を彷徨っているのか、その理由を解明する必要があります。そこで初めて、霊を魔王城から祓うことにつながりますから」
これにはソラス伯爵令嬢が大きくため息をつきますが、水晶宮のためと気持ちを引き締めたようです。「分かりました! やりましょう」と皆を励まします。
こうしてまず、一人目のウェンディに魔王城に現れた理由を尋ねると……。
「恨んでいる。女を。ドレスにジュースをかけた――そう答えていますね」
一文字ずつアルファベットの文字を指し示してもらい、答えを得るのですから、とても時間がかかりました。そして得た答えがこれなのですが……。
「ドレスにジュースをかける――それは舞踏会ですかね。舞踏会では意中の男性を巡り、女性同士の嫌がらせは見かけますからね。裾をわざと踏んだり、ぶつかったふりをしてジュースをかけたり」
オーマン公爵令嬢の言葉に、ソラス伯爵令嬢の頬がピクリと動き、エル伯爵令嬢の顔はなんだか蒼白になっています。アル男爵令嬢は「舞踏会でそんなことが行われているなんて、ビックリです」と心底驚いた顔をしています。
貴族がほとんどいないというアル男爵の領地の舞踏会は、きっと領民も招いたアットホームなものに思えました。こんんな嫌がらせはないのでしょうね。
続いてサリーに理由を尋ねると……。
「忘れられない。城の庭園でドレスの裾を踏まれた。転ばされた――これが理由のようです」
ソラス伯爵令嬢の顔が、能面のように無表情になっています。エル伯爵令嬢は、変らず蒼白のまま。アル男爵令嬢は「これは意図的に踏まれたということでしょうか」と困惑した顔していました。
この後も次々と、霊たちがここに現れた理由が明かされていきます。
リンダは「頭にきている。庭園から城の中に戻ろうした際、窓から水をかけられたことを」、ヴィッキーは「怒っている。城に滞在中、自分の部屋に動物の糞をまかれたことを」、アズラは「悲しい。舞踏会でドレスをバカにされたことが」と、誰かから受けた嫌がらせに対する怒りだったり悲しみだったりで、この城に姿を現していることが判明しました。
そしてモイラに理由を尋ねようとした時のことです。
オーマン公爵令嬢が、質問の言葉をこれまでのように口にしようとしたところ、何だか声がでないようでした。
アル男爵令嬢が心配し「オーマン公爵令嬢、大丈夫ですか?」と尋ねたところ、オーマン公爵令嬢は「大丈夫です」と答えようとし、その口を開けたところ、首を突然後ろにそらしました。オーマン公爵令嬢は、天上に向け、口を開けた状態になっています。すると突然、宙に煙のようなものが現れました。
皆、驚き、その白い煙を眺めることしかできません。
するとその白い煙は、口を天井に向けあけているオーマン公爵令嬢のところへ向かっていきます。そして、その口の中へと入っていってしまったのです。
「きゃぁぁぁぁ」
その様子を見ていたエル伯爵令嬢が席を立ちそうになり、それをアル男爵令嬢が必死に止めます。
「勝手に動くと、霊が憑りつくと言っていましたよね!? 落ち着いてください、エル伯爵令嬢!」
「……忘れていない。覚えている。私は急死に一生を得たのだから」
顔を天井に向けていたと思ったオーマン公爵令嬢が、首を元の位置に戻し、エル伯爵令嬢とソラス伯爵令嬢のことを見ていました。さらに今の言葉を発したのですが、その声はまるで別人。この場にいる全員が、身動ぎ一つせず、その言葉を聞くことになりました。
それだけではありません。
よく見ると、オーマン公爵令嬢の顔付きは、いつもとは違い、とても怖い顔になっていました。


















































