1:魔王とご対面
「ミアさま、先程は本当に申し訳ありませんでした」
私の専属メイドのクロエが、申し訳なさそうに謝罪してくれました。
クロエも勿論、キャット(猫)族で、猫化する時はシャム猫の姿に変化します。そう、獣人族は、自身の秘めた魔力で、姿を変えることができるのです。つまりはキャット族であれば、猫に変化できるということ。
ちなみに普段は人間と変わらない姿ですが、獣耳や尻尾があるので、獣人族であることは一目で分かるのです! クロエも薄い茶色の髪から、焦げ茶色の猫耳と、先が焦げ茶色の尻尾が見えています。私は変化するとマンチカンなので、獣人族の姿の時は、クリーム色の耳と尻尾が見えているのです。
「クロエ、悪いのは私よ。私が慣れないウェディングドレスでバランスを崩したから。おでこ、痛かったわよね。ごめんなさい」
クロエは私の言葉に涙ぐみます。
「ミアさまは本当にこんなにお優しいのに! 濡れた水をはらうために体を振った時、その水が飛んで少し水を浴びたぐらいで。いつまで経ってもコバエを捕まえられないのを見るに見かね、代わりに捕まえたぐらいで。育てていたとは知らず、学園の裏庭の草を食べたぐらいで。ミアさまを断罪するなんて! ぺーターさまもマヤさまも、本当にヒドイです!」
確かに普通に聞いたら、なんでそれで断罪され魔王へ嫁入り!?なのですが……。
偶然、私が体をふり、撥ねた水がヒロイン……人間であるマヤに飛ぶと……。それは嫌がらせ判定されてしまいます。例えヒロインが人間だから、狩り下手であり、見兼ねて代わりに捕ってあげても……。恨まれ、横やりを入れたと文句を言われてしまうのです。毛玉を出すために食べる草も、雑草だろうと思っても、「育てていたのです!」とヒロインに言われれば、窃盗扱いされます。
でもって断罪されちゃうのですよぉぉぉ……(涙)!
でも。そこは一概に文句は言えないと思うのです。なぜならミアは悪役令嬢なのですから。キャット族の、猫の習性に見せかけ、ヒロインに地味な嫌がらせをしていたのは、事実なのです……。
覚醒していれば。そんなことをしません。でも私は覚醒していなかったので……。その結果、悪役令嬢のテンプレ通りに行動していたのです、ミアは。そしてこの一連の地味な嫌がらせ(?)の様子は、宰相の息子であるラビット(兎)族のペーターに、見られていたようで……。
いえ、それだけではないですね。ヒロインはラビットたらしなのです。ペーターのどこを撫でると喜ぶかを、ヒロインであるマヤは知り尽くしています。徹底的にペーターが喜ぶ場所を撫で、耳が垂れ、完全にリラックスさせることができるのですから。
もうこれでペーターは、ヒロインに陥落です。嬉々としてペーターは、マヤと共に私を断罪したわけです。
マヤは……何気に恐ろしい人間。マヤの手にかかれば、どんな獣人族でも落ちる気がします……ってそんな設定を考えたのは……私! どうしてヒロインの特性を「ゴッドハンド(モフモフホイホイ)」になんかしてしまったのでしょう~! あの手でモフモフされたら、絶対に誰でも攻略できてしまうのに!
「ミアさま、どうやら到着したようです」
クロエに言われ、気付きました。
乗り換えた魔王の馬車は止まっています。
御者が扉を開けました。
心臓がドキドキし、猫耳がピンと張り、緊張で尻尾の毛が逆立っています。
馬車を乗り換えた時。
そこに沢山の魔族の騎士がいました。見た感じはただの人間にしか見えませんでした。
でも、魔王はどうなのでしょう?
角が生えていたり、牙や爪が鋭かったり、真っ黒な翼があるかもしれません。
牛みたいな顔。蛇の尻尾。レスラーみたいな体。
もしそんな姿だったら……。
卒倒してしまうかもしれません。
馬車の扉が開けられました。
血の気が引き、体が震えています。
「ミアさま、下りましょう……」
クロエの声は震え、ブライズメイドとして着ているブルーのドレスと同じぐらい、顔色が悪くなっています。本当に。私の専属メイドだからと言って、魔王城までやってきて、これからここに一生暮らすことになるなんて……。申し訳ないと思います。
ここまでしてくれるクロエのためにも。せめてここは伯爵令嬢の名にかけ、そしてこの乙女ゲーム『モフモフ♡イケメン☆パラダイス』の企画立案者として、責任を取らなければ……!
意を決し、馬車から降りました。
いた、これが魔王……。
釣り目の赤い瞳。瞳と同じ鋭い角。冷酷そうな顔。
蛇が絡んだような黒髪。
レスラーのような屈強な体をして、全身黒ずくめの衣装でニタリと笑っていました。
しかも首が折られたニワトリを片手に持っています……(私、真っ青)。
こ、怖い……!
猫耳は完全に倒れ、尻尾は恐怖でダラリと垂れ、足は震え、もう立っていられない状態です。
「ミアさま!」
ごめんなさい、クロエ。
しっかりしなきゃと思ったのですが、無理です……(魂抜ける)。
意識が遠のいてしまいました。