16:マウントをとれる相手
「そ、それは大変失礼いたしました。わたくしの言葉選びが間違っていましたわ。わたくしはあくまでミア妃殿下を褒めたいだけで、決して貶めるつもりはないですから。猫のお姿でありながら、アーガイル殿下と共に舞踏会へ出席されたことは、それが大変素晴らしいとお伝えしたいだけで……。その献身、立派なお心がけに感服いたしましたわ」
エル伯爵令嬢がなんとかそう言い切ると、オーマン公爵令嬢はピシャリと応じました。
「当然です。妃殿下はあの殿下が結婚を決めたお相手なのですから。例え猫のお姿でも、妃殿下としての役目を果たそうとされたのです。でもそれは妃殿下からすると当然のこと。そういう使命感をお持ちの素晴らしい方だからこそ、殿下も愛されているのですわ」
こうなるともう、ソラス伯爵令嬢とエル伯爵令嬢は歯ぎしりするしかありません。一方の私は、オーマン公爵令嬢の言葉に嬉しいやら恥ずかしいやらで、猫なのにデレ顔になりそうです。
本当に、オーマン公爵令嬢は初対面の印象とはまるで違いますし、だからこそアーガイルも、彼女を今回指名したのだとよく分かりました。私は、オーマン公爵令嬢からアーガイルを奪う形になってしまいましたが……。できればこれからもお友達でいて欲しい。そう思わずにはいられません。
「もう自己紹介はいいですわよね。お茶を始めましょう。……デラ!」
いつもの可憐さがなく、少しイライラした様子のソラス伯爵令嬢は、自身の専属メイドにお茶を出すよう要求しました。
「ソラス伯爵令嬢」
「な、なんですの、ミキさま」
オーマン公爵令嬢は、余裕の笑顔で指摘しました。
「自己紹介、それはまだ終わっていないのではなくて?」
「!」
そこでソラス伯爵令嬢は、少し引きつり笑いになり、口を開きます。
「そうでしたわね。モアさまはいつもおとなしすぎて。自己紹介がまだでしたら、ご自分で手をあげていただければいいのに。本当に胸も大きくて、お尻も大きいのに、とにかく性格がおしとやかすぎるようでして。舞踏会でも壁の花になってしまいがちなのです。この慎ましやかさは、令嬢としては相応しいもの。でも……。わたくしとしたことが、つい見落としてしまいましたわ。モアさま、自己紹介をお願いできます?」
これは……。
ソラス伯爵令嬢の性格の悪さを、またも目の当たりにすることになりました。
一見、仲間で仲良しグループです。
でもその中で行われる秘かな嫌がらせ。
グループのリーダーである女性は、自身がマウントをとれ、憂さ晴らしができる相手を必ず一人、グループ内に加えます。そしてまるでストレスの捌け口のように、相手が傷つくようなことを平気で口にするのです。
「す、すみません。私から声をあげればよかったですね。お手間をとらせて申し訳ありません、ソラス伯爵令嬢、オーマン公爵令嬢」
モア男爵令嬢の自己紹介は、ソラス伯爵令嬢のせいで謝罪からスタートになってしまいました。
「あ、あの、ミア妃殿下、私は、モア・アルと申します。アル男爵家の次女でして。こういった上流貴族の皆さまとのお茶会には慣れておりませんで……。お父様の領地は魔王城からとても遠い場所で、貴族なんて私達しかいないぐらいで……。ただ、食べ物は豊富です。沢山畑もありますし、牧場もありますから。おかげでいっぱい食べることができて……。そうですね。胸もお尻も牛のようになってしまいました」
そう言ってアル男爵令嬢は、自虐気味に笑っているのですが……。
その姿は見ていて痛々しくなってしまいます。
どうしてこのお茶会の場にアル男爵令嬢がいらっしゃるのか。
それは私でも想像できます。
ソラス伯爵令嬢は、このお茶会で、圧倒的優位な立場にいたいと考えたことでしょう。でももしかすると取り巻きのご令嬢は、もうそれぞれの領地に帰られたのかもしれません。そこで偶然まだ残られていたこのアル男爵令嬢を、巻き込んだのでしょう。
自分がマウントをとれる相手であり、しかも爵位も下。ソラス伯爵令嬢が話しかければ、喜ぶこと間違いなしで、言いなりになると考えたのでしょう。
そして今のアル男爵令嬢の発言からも、ソラス伯爵令嬢の目論見通りになったのだと思います。
私に対する嫌がらせのお茶会に巻き込まれてしまったアル男爵令嬢に申し訳なく思い、ソラス伯爵令嬢とは縁を切ってくださいと心から念じ、そして――。
自虐気味になる必要はないのに!と、とても強く思いました。その私の気持ちは、オーマン公爵令嬢に伝わったのでしょうか。彼女はゆっくりこう話しだしました。
「アル男爵令嬢、舞踏会でご挨拶はさせていただきましたが、ゆっくり話すのはこれが初めてですよね。お話する機会を得ることができ、光栄ですわ」
そう切り出した後、素敵な笑顔で話を続けます。
「アル男爵の領地は、魔族にとって、とても重要です。穀物の生産は魔界随一ですし、ブランド牛を産出していることで知られていますしね。毎日きっと、美味しい物を食べられるのでしょうね。そのおかげで胸がそんなに豊なんて。羨ましいですわ」
俯き加減だったアル男爵令嬢が、顔を上げました。
「わたくし、ドレス映えするよう、もうパッドを沢山詰めているのですから! それに大きなお尻は安産の象徴と聞いたことがありましてよ。自信を持ってくださいませ」
オーマン公爵令嬢のこの言葉を聞いた瞬間。
アル男爵令嬢の瞳がキラキラと輝きました。
その気持ちは、よく分かります。こんな風に言われたら、嬉しいですよね。
どう考えてもソラス伯爵令嬢は、アル男爵令嬢を心から褒める言葉を言っていないと思うのです。それに対し、オーマン公爵令嬢は、表裏なく、アル男爵令嬢に言葉を伝えているのですから。
「あ、あの、オーマン公爵令嬢。これからバカンスシーズンです。もしお時間ありましたら、わ、私の領地にいらっしゃいませんか? 毎日新鮮なお肉でバーベキューができますし、アフタヌーンティーは、パンケーキ食べ放題です!」
「まあ、それは素敵ですわね。ぜひお邪魔したいわ」
「! ぜひ、いらしてください」
オーマン公爵令嬢とアル男爵令嬢は、お互いに瞳を輝かせています。
今朝、アーガイルと話した時、オーマン公爵令嬢が、絶品スフレに弱いことが判明しました。そして今の様子。どうやらオーマン公爵令嬢は、食や甘い物に目がないようです。よって上辺や建前ではない、本音で、アル男爵令嬢の領地に行きたいと思っていると分かります。
だからこそ、二人は今にも手を取り合いそうなぐらい、ワクワクしているのでしょう。
「……自己紹介は済んだようですので、お茶会を始めてもよろしいから?」
ソラス伯爵令嬢が水をさすように、冷たい声で問いかけます。それに対し、アル男爵令嬢は「ひいっ」と小さく声を漏らし、その後は黙り込んでしまいました。一方のオーマン公爵令嬢は、こんなソラス伯爵令嬢にも慣れているようで、動揺することなく「ええ、始めていただいて構いませんわ」と応じています。
こうしてお茶会が始まりました。


















































