9:たまらんにゃぁ~。
ギルはアーガイルの護衛のため、フロアの中央よりに移動しています。グレイはいずれかの貴族と何やら真剣な会話をしていました。警備の騎士もいるにはいるのですが、無反応です。
ファウスはアーガイルのいとこであり、最初のダンスに選ばれたことから、筆頭公爵家の嫡男ではないかと思われます。警備の騎士からすると、ファウスは一目置くような身分の相手であり、かつ何も狼藉を働いているわけではありません。現状、私を休憩室に誘い、断られたのでクロエを口説いているだけなので、警備の騎士もファウスを止めようがない……と思われました。
ど、どうしましょう。
ハンサムなファウスにぐいぐい来られたクロエは、目を白黒させ、顔も真っ赤です。
「ミア。ダンスをし過ぎて喉が渇いてしまった。休憩にしようか」
アーガイル!
「ファウス、ミアの侍女を口説くつもりかい? でもそれはそこにいる令嬢達が許さないのでは?」
ニッコリ笑うアーガイルの後ろには、こわ~い顔をした令嬢が十人ぐらい、ファウスを睨んでいます。
「え、いや、僕は……」
アーガイルは笑顔でファウスの両肩をつかむと、令嬢達の前と差し出します。すると令嬢達は一斉にファウスに詰め寄りました。
「クロエ、苦労をかけたね。ミア、おいで」
「みゃう」
私は両手を必死に伸ばし、アーガイルに向かおうとします。
「まあ、ミアさま」
「ミアもどうやら喉が渇いていたのかな」
アーガイルはしっかり私を抱き上げ、隣室へと向かいます。
「まったくファウスは。ミアはわたしの妃だというのに。困ったものだね」
そのファウスはさらに増えた令嬢に囲まれ、その姿が見えなくなっていました。私はピンチの時にちゃんと駆け付けてくれるアーガイルに嬉しくなり、その体にしっかり抱きついてしまいます。
「ミアも驚いてしまったのだね。可哀そうに」
アーガイルは優しく私の頭を撫でてくれます。もうゴッドフィンガーでそれをされると、ファウスのことは頭から吹き飛びます。今はその気持ちの良さを味わおうと、全力投球になってしまいました。
飲み物や軽食が置かれている部屋に着くと、メイドがすぐに駆け寄り、アーガイルに何かお持ちしますかと尋ねています。するとアーガイルは小さなお皿と水を頼み、用意されている椅子に腰かけました。そして膝の上に載せた私に、小皿の水を飲ませてくれます。
「殿下は何か飲まれますか?」
「そうだね。では炭酸水を持ってきてほしい」
「かしこまりました」
アーガイルはお酒が強そうなのに。お酒は飲まないのかしら?
顔をあげ、アーガイルの顔を見ると。
素敵な笑顔をアーガイルは向け、こんなことを口にしてくれました。
「ミアはお酒が飲めるとクロエから聞いているよ。シャンパンが好きなのだろう? 獣人族の姿に戻ったら、わたしと乾杯をしようね。それまではミアと一緒の時、わたしはお酒を飲まないから。ミアとのはじめてを、とっておきたいからね」
そう言うとアーガイルは微笑んで、私の頭を優しく撫でてくれます。
あああああ。
アーガイルは優しくて撫でるのがとっても上手いのです!
もう体が自然とアーガイルの方に傾き、どうしょうもなくなり、コロンと転がりそうになってしまいます。でもそんな私の体をアーガイルは優しく支えてくれるのです。
たまらんにゃぁ~。
すっかりデレ猫になった私は、アーガイルの指を甘嚙みします。カプカプ甘嚙みし、その指を前足で掴んでいると。
「殿下、お待たせしました」
「アーガイルさま!」
顔を上げた瞬間、自分目掛けて水の塊とガラスのグラスが落下してくるのが見えました。咄嗟にジャンプして逃げようとしたのですが……。
ガシャーンという床でガラスが砕ける音。
「殿下、申し訳ございません!」
「まあ、あなた、本当に、なんてことを! アーガイルさま、大丈夫ですか!? お召し物が濡れていますわ!」
何が起きたのかドキドキしながら確認します。
私は……濡れていませんが、アーガイルは私を庇ってくれたのでしょう。美しい衣装の袖が濡れていました。袖から水がぽたぽたと垂れるのが見えます。大理石の床には割れたグラスとその破片、小さな水たまりが見えました。
メイドは固まって立ちすくみ、代わりにシルバーピンクの美しい髪の令嬢が、自身のレティキュールから美しいパステルピンクのハンカチを取り出し、アーガイルに渡しています。
すぐにギルと騎士が駆け付け、タオルを手にしたメイドも駆け付け、部屋の中は騒然とした雰囲気になりました。遠巻きで、部屋にいた令嬢や殿方が、何事かとこちらを見ています。
「皆、驚かせてすまないね。大したことではない。気にせず、楽しんでほしい」
立ち上がったアーガイルがそう言うと、遠巻きにこちらを見ていた貴族達が、慌ててこちらから視線をはずしました。さらに会話を再開し、動き出します。
その様子を見たアーガイルが呪文を唱えると、濡れていた袖は綺麗に乾き、床で割れていたグラスも元通り。水たまりも消えています。
「君、手を出してご覧」
炭酸水の入ったグラスをアーガイルに渡そうとして、誤って落としたらしいメイドは、顔面蒼白で立ち尽くしていました。そのメイドに、アーガイルが声をかけたのです。


















































