1脱 おじさんとの遭遇
この作品は今日中に全て投稿し終わる予定です。
都会なんかに住んでいる所為で、星の瞬きはほとんど見えない。虫の音だって聞こえはしないし、植物の匂いだって無い。
ネオンがピカピカ光って、車の通る音が聞こえ、排気ガスの体を蝕むようなにおいがする。
私はそんな騒がしくて薄汚れた夜道を、とぼとぼと歩いていた。背中に背負ったランドセルには荷物がほとんど入っていなくて、筆箱が歩くたびにカラカラと音を鳴らして飛び回っているのが分かる。
人工の光でできた私の影は、私をどこか哀れむようにゆらゆらと揺れていた。
「……はぁ」
小さく、それでも自分でもはっきりと分かるため息が、意識せずに口から漏れ出す。今まで自分では気付いてなかったけど、かなり疲れていたんだと自覚させられる。
思わず視線も心も下を向いてしまってけど、頑張って前を見る。
その時だった。突然物陰から人が現われて、
「見えるかな、お嬢さん!」
変態が現われた。紛れもない変態が。
顔には銀行強盗がつけてそうな覆面。腕に巻き付いた高そうな時計。大きく開かれたコート。綺麗に磨かれた革靴。それ以外に身につけているモノは無い。
分厚い胸筋も、太い腕と太モモも、割れたシックスパックも。そして、雌雄の身体的な明確な違いである証も。全てがさらけ出されている。
私は迷わず、ランドセルにつけていた防犯ブザーに手をかけ、
「それ以上近づいたら警察呼ぶよ」
「ス、ストオオォォォォップ!ま、待ってくれお嬢さん。反応が淡泊すぎないかい?ここはせめて、「きゃぁ~」くらいの悲鳴があっても良いんじゃないか?」
私の反応がお気に召さなかったらしく、おじさんは慌てる。覆面の所為で表情はよく分からないけど、動揺してるのはよく分かった。
私はすこし後ずさって距離を取りながら、
「パパが言ってた。変態は悲鳴を上げたら喜ぶって」
「……パパン。よく分かってるじゃ無いか」
おじさんは肩を落として項垂れた。さっきまであんなに元気だったものも、いつの間にか小さくなって下を向いている。
切り替えが早いのかな?なんて思ってたんだけど、また元気になってきて、
「……でも、こんな時間に夜道を歩くって言うのは、そういうのを期待してたんでしょ?」
ちょっと期待しているような声色で尋ねられる。
だから私は即答した。
「そんなわけ無いじゃん」
と。
私はそんなに暇じゃない。こんな他の子達はもう寝てるかもしれない時間に私が夜道を歩いているのは、私が忙しいから。学校が終わってこの帰り道を歩き出すまで、私には希望なんて考える時間は1秒も無かった。そんなことを考える暇があれば、もっと有意義なことを考えた方が良い。
「そ、そっか。違うのか……えっと。じゃあ、なんでこんな所を歩いてたんだい?」
「……おじいちゃんの介護が必要だから」
「…………」
私の答えにおじさんは沈黙する。そして、何があったのかは分からないけど急に頭を抱えて上を向いた。
それから数秒後、
「お嬢さん。おじさんとちょっとお話ししないかい?」
「……誘拐?」
おじさんと話さない?って、誘拐の常套句だとが学校で教わってる。学校で言ってることなんてほとんど信じてはいないけど、そういう危ないって言われるところは気をつけるようにしてる。
私が警戒してると、おじさんは慌てた様子で、
「い、いや。違うよ。ただ、重そうな話だからおじさんが相談に乗ろうかなと思って」
「……ふぅん?おじさん、そんな格好で相談に乗るつもりなの?」
「い、いや。ちゃんと着るよ」
そう言ってさらけ出していた前の部分を、コートで隠す。すれすれで下の部分も隠れた。ただ、かなりきわどくは見える。それで隠したとでも言うつもりなのか。
そんな私のジト目に気がついたおじさんは、
「わ、分かった。下も履くよ」
そう言って、コートのポケットから取り出したものを、下に履く。……ブリーフだった。
そして、その後どや顔で(顔は見えないけど)、
「……これでいいかな?」
なんて言ってきた。現在の服はブリーフとコート。おじさんはこれでちゃんと服を着たと言いたいのかもしれない。
でも、
「良いわけない」
「えぇ~」
不満そうな顔をするおじさん。
でも、良いわけがないよね。私はそんな常識が欠如した大人に悩みを相談したくはない。
「……はぁ。まあ、悩みは良いけど、話だけしないかな?ほら。そこに座ってて。おじさんは自販機でジュース買ってくるから」
「え?あっ……行っちゃった」
おじさんは本当に自販機の方に行ってしまった。
私は少し悩んだ後、おじさんが言っていた場所に座る。暫くすると、
「ほら。お嬢さん。ジュースだよ」
片手に持ったジュースを私に差し出してくるおじさん。シュースとは言っても、ほとんどエナジードリンクみたいなもの。私はあんまり好きじゃ無い。
それよりも、
「そっちのコーヒー頂戴」
「え?こっち?……コーヒーが欲しいなんて、変わったお嬢さんだね」
おじさんはそう言いながらも、自分のために買ったのであろうコーヒーの缶を渡してくれる。私は缶を開け、口をつけた。独特な香りが鼻をくすぐる。軽く口に含むと独特の苦みと酸味が広がり、
「……うん。普通」
私は感想をこぼす。
「ふ、普通。最近の若者はそういう語彙力の無い感想を……。いや、コーヒーを普通っていう方がおかしいかな。その年齢でコーヒーを好んで飲むって、相当変わった趣味をしてるねぇ」
おじさんは苦笑い(たぶん)をしながらそう言ってくる。
でも、そんなに私は変わった人間では無い。平凡な人だと思う。
「……私はただ、パパがカフェをやってて、よく飲んでるだけだから」
「……そうか」