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お化けのいない家

作者: 夜桜 椋

雰囲気が作りたかったのでその練習に認めました。

命の椅子は一つだけ。


 築数十年程の安い家を購入した。確かに見るからに旧い家ではあったが、それでも破格の値段だったので、不動産に瑕疵物件かと問うとそうではないと返ってきた。

 この物件は気に入っていたので、仮に瑕疵物件だとしても暫くは住むつもりでいた。そうではないと聞いて、私はその場で購入を決意した。

 次の日、早速友人に手伝ってもらって引っ越しをした。昔から霊感のある友人だったので、黙っていたら何か言い出すのではないかと思っていたが、特に何も起こらなかった。ただ、車酔いで頭痛がすると言っていた。それのせいで鈍くなっているのかもしれなかった。

 朝は暗いが、昼から夕方にかけては陽の当たる家だった。広めに作られた縁側に適当な物をそれが影になって障子が良い模様を作る。それを見ているのが心地よかったから、私はそこで夕食をとることにした。

 非常に陰気くさい家だった。なんというか、息のしづらい空間なのだ。埃っぽいという訳でなく、ただ空気が不味かった。冬の寒い日に無性に息のしづらい時がある。丁度そのような具合だった。

 一夜も過ごすと慣れて来るかと思ったが、一向に慣れる気配が無かった。それから、何処からかは分からないが、視線を感じることもあった。

 その日の夜、縁側を向いて食事をしていると奥の庭で何かの植物が擦れる音がした。私は遂に幽霊が現れたかと思って、手元にあった食塩の皿を掴んだ。息を殺して障子を開く。暫くしてまた同じ音がした。にゃあと声がした。

 猫がいた。身重のようだった。焼き魚を見せるとのっそりとした動きで歩いてきた。小さく解してやると、頭を下げて少しずつ食べた。それが感謝しているように見えて、私はさっき解した分を全部与えてしまった。

 猫は気楽そうで良い。家など無くても生活が出来てしまう。非常に羨ましいなんて思いながら、私は縁側に移動してご飯を食べた。奇妙な会食だった。

 検査をした訳ではないが、私は猫アレルギーなのだろう。息苦しさの原因はきっと猫の毛だ。そう諒解して私は次の日には掃除機を購入した。部屋の隅から隅まで掃除をすると、確かに少しだけ息がし易くなった気がした。

 それから二日経った。もう一度友人を呼んだ。霊感のある彼だ。私の新居への道は土瀝青で舗装された道ではない為に、やはり少し酔っていた。

 これからは慣れてほしいと冗談めかして言うと

「頑張るよ」

 友人は頭を押さえながらそう返事した。

「努力で如何にかなるものでもないと思うのだが」

「そうかもしれないな」

 薬を飲むようにするよ、と彼は辛そうに言った。

「それで、どう思う?」

 居間で友人にお茶を出しながらそう問うた。

「特に何もないように思う。強いていうなら、そう、ここは非常に不便だ。だから安いのだろう」

「私も最初はそう思ったのだが、考えてみれば少し下ったところに小さい商店街があるし、君が停めているように駐車場も完備されている。家は確かに古いがリフォームも成されていて全く不便だと感じたことはないのだよ」

 君が酔ってしまうということを除けば、と付け足した。

「じゃあ、きっと近くの池だろう。豪雨が来ると少し氾濫しそうではあった。きっとそれが原因だ」

「池?」

 私はその時初めて池の存在を知ったのである。

「家の裏の窓からも見えるように思えたが、気がつかなかったか」

「住んで数日しか経っていないのだ。二階に運び込んだ荷物すら解けていない」

「ならばあとで案内しよう」

 彼の頭痛が止むのを待って私たちは池を見ることにした。家を出たのは確か三時くらいだった。

「ほう」

 確かに池である。小さいがきちんと水が溜まって、外を道が周っている。形状はσを直角に回転させたようである。つまり、私たちの利用した入り口は出口でもあって、ただ一つこれしかない。

「どうだ。池だろう」

「間違いなく池だ。けれど、如何して不動産屋は教えなかったのだろう」

「あまり大きい池ではないし、それに綺麗ではないだろう。教えて幾らか価値が上がるものでもない」

 確かに池の水は緑色に汚れている。見ていると自分まで汚れてしまうように感じた。気持ちが悪くなって空を見上げる。積乱雲がゆっくりと押し寄せていた。

「何か藻の類が大量に発生して緑に染まっているから、遠くから見れば苔生した地面とは全く見分けがつかないのだ」

「成程」

「実を言うと私が池に気付いたのも、老人を見たからだ」

「老人?」

「あぁ、釣竿を持ってこっちへ歩いていた。おかしいと思って少しついて行くと池があることに気がついたのだ」

 彼は池の周囲を見渡して、今はいないな。帰ったのだろう。と結論づけた。

 五時くらいだった。夏の初めの筈なのにいつの間にか日が沈んでいた。さっきの雲もこちらへと流れている。雨に濡れる前に私たちは家に戻ることにした。

「ところで、其処に猫がいるのだ」

 料理を囲みながら私は猫との一切を語った。

「遂に猫を飼い始めたのか」

「それが面白い話でな。ここに住んでいたのだ。私が住むよりも前に」

「猫は怪異の類をはね退けると聞く。面倒を見てもらうと良い」

 友人は宛ら専門家のように語って、お茶を飲み干した。

「雨が降り出したようだ。件の猫は身重なのだろう、家に入れてやろう」

 確かにざぁざぁと鳴り始めた。あとで雨漏りも見に行かなければならない。

「成程、そうしてやるか」

 傘を持って庭に出た。縁側からは友人が見ている。昔から面白い意見は出すのだが、行動はしない。だからその後の試行錯誤は私の担当で、私は常に時間ばかりが足りなかった。

「どこにいるのだろう」

「そうだな、もうそろそろ出産の頃であるし、そう遠くの移動はしない筈だ。或いは家で猫アレルギーが発症するのだから、既に屋根裏に住んでいるのかもしれない。そこらにいないのならそう仮定するのが良いだろう。そこらに猫の好きなものでも置いておけば勝手に休まるだろう」

「ならば、住むときに買っておいた缶を広げておいてやるか」

 料理が失敗した時を思って買っておいたものだが、勝手は前の家と変わっていなかったから間違えることもなさそうだ。保存食にしておきたいが、産気づいた猫に食べさせた方が栄養になるだろう。

 そういえば、この家からも池は見られるのではないか。

 友人はそう言って二階へ上がった。荷解きが終わっていないからという私の制止も聞かずに階段を上っていく。私は缶詰の置き場所を考えていた。

 少しすると彼は何か焦ったように下りてきた。外に人影があったらしい。

「釣り人ではないのか」

「いや竿は見えなかった。それに釣りをするにしてはこの家の近くにいた。考えたくもないが、家を覗いているような感じだった」

「引っ越して間もないから気になるのだろう。とはいえ、気分の良いものでもない。今度何か立て掛けるものでも設置しておこう」

「必ずそうしたまえ。それまでは外も見ない方がいいかもしれない」

 にゃあ。

 猫の鳴き声がした。外からだった。丁度友人の戻ってきた辺りだ。

 見てこようと私が言うと、やめた方がいい。と友人は恐ろしい顔で答えた。

「如何して」

「池とは即ち水の塊だ。河川から流れた水が海へと流れ出る。その時に束の間溜まるのが池である」

「成程」

「川で死んだ魂が為す術なく海に流れる。或いは、海で死んだ魂が天へ昇ろうと川を遡上する。それらが留まるのが池である。夜の池は相当に危険なのだ」

 苔に足を滑らせるかもしれない。と彼は笑った。

「それは確かに痛そうだな」

 冗談めかした彼の話は私を怖がらせるには充分だった。現に私はすっかり家を出る気をなくしていた。

「猫はどうしようか」

「魔を退ける。大丈夫だろう」

 外では相変わらず雨が降っている。

 最初は適当に時間を潰しているつもりだったが、それでも興がのってくると時間が過ぎるのも忘れる。気がつくと日付の変わる少し前だった。

 しかし雨はまだ降っていた。むしろ強くなったようにすら思える。雨が屋根を伝って何処かへ流れている音がする。

「帰れそうにないな」

「すまないが、泊めてもらっても構わないか」

「一向に構わないのだが、二階しか場所がない」

「一階で寝たほうがまだましだ」

 彼は如何しても譲ろうとはせず、終いには何処か狂気すら孕んだ必死さであった為、仕方なく私は折れて居間で等号のように寝た。暑くて寝付けなかった。

 声が聞こえたような気がした。いつの間にか寝ていたようだ。目が醒めるにつれてそれは風か雨かのように思えてきた。首を起こして、掛け時計を見る。短針は二を指していた。それでも、言いようのない気味の悪さは残っていたが、友人を起こす訳にもいかず、また眠りについた。

「おはよう」

「朝か」

 朝だ。いつも通りに暗かった。いつの間にか雨は止んでいる。中途半端に起きたからか、まだ眠い。じめじめとしている。木造の家だから、黴が心配である。とりあえず近くの窓を開くと涼しい風が一瞬だけ吹き込んだ。それ以降は生温い風が流れ込んできた為、カーテンを閉めた。

 友人は壁にもたれて、持ってきていたらしい本を読んでいた。

 どんな家でも住めば都とは言うものの、しかし、現実には、面倒なものはある訳で、例えば隣人問題はその典型である。そう思って、近所に誰もいない物件を選んだ。

 それから人が死んでいるのも良くない。結局は歴史を辿れば何処でも死んでいるから、気持ちの問題であるが、それでも死は近くにはないに越したことはない。

 起きて直ぐに友人は一度、二階に上がったらしく、人影がなくなったと安堵していた。猫に遣った缶もいつの間にか食べられていた。

 朝飯を食べながら、荷物の存在を思い出した。面倒でほったらかしていたが、中には本も入っている。昨日のような雨が繰り返すと、

「泊めてやったお礼という訳でもないが」

「なんでも言ってくれ」

「荷解きを手伝ってほしいのだ」

「あぁ、二階のあれか。そうだな、早く済ませてしまおう」

 快く引き受けてくれた彼は前の自宅に幾度も来ていた為、私が前と同じようにしてくれというと、それで諒解して、勝手に箱から出して全てを並べてくれた。細かい配置は追々直していけば良い。問題は箱から出すという作業の面倒さであった。

 箱が半分ほど空になって、役目を終えたそれらの山が詰みあがった。私が一つ乗せるとそれが滑って踝にぶつかった。丁度良いと思って、紐でまとめてそれを下に持って降りた。玄関の先に置いておこうと思ったのだ。

 済ませて家に戻ろうとした時だった。猫の鳴き声が聞こえた。例の猫だと感じた。何処で鳴いているのだろう。友人に話を済ませて探しに行くことにした。彼は少しくらいならと了承してくれた。

 自宅の庭にはいなかった。外縁の下も垣の下も、あちこちを隈なく探したが何処にもいなかった。ただ、彼の言う通り遠くに行っていない筈であるから、何処かにいるのだろうと思う。鳴き声も遠くではないように聞こえた。

 私はふと思い立って、池の方に行くことにした。其の方から聞こえた鳴き声だったのかもしれない。確か池の沿いは私の家からに近かった筈だ。

 入口は非常に分かり易い一本道である。一面に生えている一年草も通る人に踏まれてか、その一筋には見当たらず、白い土が露出している。所謂獣道というよりは既に其処は生命が死んでしまっているようだった

 緑の水は前よりも翡翠色に近づいていた。先刻の雨によるのだろう。

 家は池の沿いに入って少し戻ったところが一番近いようだったが、折角だと一周して向かうことにした。あまり遅くなれば彼に怒られるだろうが、見たところ三十分もかからない。

 本当に何もない池だった。そして循環が行われているとは思えないほどに汚れている。山の上から水が入り込み、下へと流れていく。海に流れ出て蒸発し、雨として山に降り、また池に流れ込む。その一部少なくとも入り込む様子と流れ出る様子を見たのに、それが信じられない程だった。件の老人は何を釣ろうとしていたのだろう。

 我が家の近くについた。友人の言う通り池に近いが、普通にしていれば中の様子を窺えるような位置ではない。彼の言っていた人はきっと家を見ようとしていたのだろう。びくりと体が震える。

 猫は見当たらない。確かに鳴き声は聞こえた。可能性を挙げるならば、屋根裏にいるのだろうか。声は上からではなかったが、入れ違いになったのかもしれない。

 そのようなことを考えながら歩いていると池を一周した。否、少しだけ通り過ぎた。具体的には十五歩分ほど。

 ふと見上げると外は少し暗くなっていた。友人も待たせている。帰宅しようと後ろを向いく。道が弧を描いている。分岐らしきものは一つもない。さっき通り過ぎていた筈なのに。

 前を向きなおすもやはり弧を描くばかりである。半周分間違えたのかと思ったが家を超えたところだ。実際、家はまだ遠くではあるが見える位置にある。気味が悪い。

 その場に留まりたくなくて、私は池をまた周ることにした。それにそうしておけば、何処かに道が見えるかもしれない。心持ち早く歩きながら、気味の悪いものに後ろから追いたてられているような気がした。

 何周もした。当然道は何処にもなかった。それしかできることがなかった。何処を見ても片方には池が、もう片方には森だけがあるのだ。

 其の池はいつの間にか綺麗な緑色になっていた。見たことのない程に輝いている。

 失意と焦燥のままに歩いていると、何か長いものを持った人が向こうから歩いてきた。彼はこちらを認識すると驚いたような顔で駆けてくる。

 持っているのは釣竿だった。

「あんた、何処から来た」

 枯れた声だった。よく見ると腰も少し曲がっている。

「どこからというと」

 私は入り口のあった方を指した。

「其処の方からです」

当然、指し示した方向には何もなく、ただ森が広がっている。

「あぁ、あんたもか」

「あんたも?」

 口をついた私の問いには答えずに彼は続ける。

「出口はないよ」

「そんな訳はないでしょう。入ってきたところから出ればいいだけです」

「だが、君は現に出口を失っている。そうだろう」

 否定したかったが、現に思っていた場所に出口がないから否定のしようがない。出口があるならば、迷わずに其処から出ればよく、彼と話すこともなかった。

 つまるところ、彼と話していること自体が彼の正しさを証明しているのだ。

「けれど、だって」

「私はここを何百周もしているが、しかし、いつまでも暗いままだ。少し明るくなったり、暗くなったりはするが、夜が明ける程暗くはならない」

 最早認めざるを得ない。私たちは閉じ込められている。

 絶望で何も出来ないでいる私に、釣り竿を持った彼は話をつづけた。

 ここに出口はないことと、昼が来ないこと。

 食事はしなくても良いこと。彼は恐らく私より長くここにいるが、未だに空腹にはならないらしい。

 最後に、家には近づかないこと。家について詳しく問おうとしたが彼はそれ以上言いたくないようだった。恐らくは何処かに動物の巣でもあるのだろう。襲われたら病院にも行けず苦しむことになる。彼はきっとそんな人も何人も見てきたのだ。

 釣り人と別れた途端に寒気がした。振り返ると其処には誰もいなかった。一瞬和らいでいた、追われるような気配が強くなった。

 それは死かもしれない。或いは本当に追いかけられているのかもしれない。何れにしても、見えないものである限りは避けようのないものである。

 歩き続けど誰もいなかった。池を覗き込むと亀が泳いでいるのが見えた。この亀は何を食べているのだろう。森を覗くが、生き物の気配は何一つとしてなかった。ただ、名も分からない木々が蔓延っている。この中を進めば出られる可能性もあるかもしれないが、そうする勇気はなかった。

 脈絡もなく、昔の記憶が甦ってきた。小学生の時に仲良くしていた女子は、高校生の時に適当な男に孕まされた。堕胎すればよいのに無理を言って産んだらしい。中学生の時に仲良くしていた男子は成人する前に死んだ。遺書もなく急に首を吊ったらしい。

 猫は、子を産めたのだろうか。私は子猫を見られるのだろうか。

 暗くなってきた。何周したかすら定かではない。釣り人を最後に誰とも会っていない。

 彼の言う通り空腹も喉の渇きも覚えない。それどころか足の疲れすらも感じない。ひたすらに無心で歩いているのである。いつか道に出会えるかもしれない。それだけを頼りに歩いているのである。

 明かりが見えた。私の家だった。律儀な彼はまだ家には帰っていないようだ。ならば、彼に話しかければ、気付いてもらえれば、助けてくれるかもしれない。

 気がつくと私は走っていた。どれだけ走ろうと息は切れない。死んでしまったのかもしれないと思った。また歩くだけの気力は残っていない。死んでいたかった。

 それならば良い。

 明かりが強くなる。どんどんと強くなる。

 竿が見えた。件の老人だった。

 それから私は見た。そして悟ってしまった。きっと私はもう戻れないのだと。

 私の家の窓を数えられない程の人が覗き込んでいる。私もその一人になるのだ。


ずっと思っていたのですが、死なないって怖くないですか?

例えば、僕が40歳までに死ぬとして何ができるかって言うとなんでもできると思います。どんな恥をかこうとも数十年我慢すればいいんです。けれど、死なないんだとしたら一生恥ずかしいままです。だから、何も出来なくなると思うんです。死って言うのは逃げ場にもなるんだなって話です。

またお会いできればいいなと思います。貴方方が逃げてしまわないことを祈っています。

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