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小説ω

地獄であなたに花束を (『ウミマロ』の番外編です)

作者: 七宝

「君はいつからここにいるの?」


 喋る猫、七宝(しっぽ)は不思議そうに訊ねた。


「お前には関係のないことだ⋯⋯でも、どうしても気になるのなら教えてあげるよっ!」


 四肢をもがれ、首に縄を付けて吊るされているこの男はある罪を犯したようで、かれこれ50年間この状態で生かされているらしい。


「へぇー、50年も。そりゃあ暇で辛いだろうね。でも、私はたまにこの地獄に来るんだけど、君のことは見たことがないなぁ。本当に50年もいるのかい」


 七宝は地獄を覗くのが好きで、たまに訪れているのだ。つまり覗きが趣味の変態だ。


「49年までは地下にいたが、50年目になったところで上に連れてこられたんだ。なので今年で罰は終わりなんじゃないかと思っている」


 地下は残酷極まる地獄となっており、覗きが趣味の変態といえど、その光景を見るのには躊躇する。


「そういえばあんた、今ここを『地獄』っていったな? ということは、俺は死んでるのか? そんな所に出入りできるあんたは一体何者なんだ?」


「いいや、君は死んでいないよ。さっき私に説明したじゃないか、首吊り状態で50年間生かされてるって」


「じゃあこの世に地獄が存在してるっていうのか」


「そういうことになるね。世の中悪いヤツがいっぱいいるけれど、全員が全員捕まったり罰を受けたりしてるわけじゃない。中には逃げ延びる悪人もいる。そういうヤツらを捕まえて、生き地獄を味わわせてやろうって所なのさ」


 そんなことを話していると、空から1人の女性が舞い降りて来た。真っ赤な着物に、黒い帯を締めている。


「そんなこと勝手に話しちゃだめよ、七宝ちゃん」


 この地獄の主・羅生門(らしょうもん) 殺鬼(さつき)である。長く綺麗な黒髪をしており、その瞳は赤く大きく、見る者の心を惹き付ける。彼女は閻魔族唯一の生き残りで、ここを1人で管理している。


「ここが地獄と知ってしまった以上あなたを生かしておく訳にはいかないわ」


 殺鬼が男を鬼のような目で睨んだ。すると男の肉がどんどん溶けだし、ものの1分で骨と皮だけになった。


「そういうの見たくないから下には行かなかったのに!」


 地下でしか遭遇しないような光景を目の当たりにした七宝は激怒した。


「どのみちあいつは今日ああなる予定だったのよ。50年の間罰を受けたんだからそろそろ死ねてもいいでしょ」


「話が噛み合わないね、もういいよ。今日は帰るねさっちゃん」


 七宝は怒って帰っていってしまった。そして、ちょうど七宝とすれ違いになる形で、また1人客人がやってきた。


「今日こそは落としてみせるんだから!」


 そう殺鬼に言っているのは短く赤い髪に、黄色い角をこしらえた、幼稚園児ほどの背丈の女の子。彼女もまた孤独で、鬼族の唯一の生き残りである。


「帰りなさい。子どもの来るところではないのよ」


 殺鬼が素っ気なく言葉を返した。この子はしょっちゅう地獄(ここ)に来ているのだ。


「何回言ったらわかるのよ! あたしもう200歳だっての!」


 見た目こそ幼稚園児にしか見えないが、彼女は200年生きている。50年前に殺鬼と出会うまで、ずっと1人で生きてきたのだ。


「私から見たらまだまだ子どもよ。私に告白なんて400年早いわよ!」


 殺鬼は600歳である。しかし、見た目は20代後半と言われても驚かないほど若い。殺鬼はこの子の好意には応えてあげないようだ。


「大変です! ムナムナ様がお呼びです!」


 いつの間にか忍び込んでいた男が幼稚園児の鬼族に話しかけている。


「今殺鬼さんと話してるんだけど。あいつが呼んでるからなんなの? あたしが誰だか分かってる? あんた」


 そう言って彼女は男を睨んだ。


「失礼いたしましたラムローナ様! わたくし、この場で自害いたします!」


 持っていた短刀で腹を切る男。はらわたが飛び出し、血もいーっぱい出ている。


「邪魔が入っちゃった。呼ばれてるみたいだから行くね、明日また来るから! またね、殺鬼さん!」


 そう言ってラムローナは去って行った。その後ろ姿を殺鬼はじっと見ていた。


「まさかラムが、よりにもよってあのムナムナと組んでいるの⋯⋯?」


 殺鬼は心配そうな顔で考え事をしている。


「まあ大丈夫か!」


 殺鬼は仕事に戻って行った。1人で管理しているので毎日大忙しなのだ。



――



 600年前、まだ母親の腹の中にいた殺鬼を除き、閻魔族は全て殺された。当時奴隷として使っていた鬼族の反乱によって絶滅させられたのだ。鬼族を恨んだ母親は、奴らへの憎しみを込めて腹の子に『殺鬼(さつき)』と名付け、死んでいった。


 殺鬼は鬼を殺すことを自分の使命にし、力をつけ、鬼を殺して回っていた。しかし鬼も一筋縄では行かず、殺鬼1人の力では限界が来るのは早かった。


 そんなある日、鬼族が何者かに絶滅させられたとの情報が殺鬼の元に入った。鬼族を絶滅させられるほどの力を持つ者などこの世には数える程しかおらず、殺鬼には容易に見当が付いた。悪魔族による奇襲、もしくは七宝による殺戮だろう。七宝は1人で世界を滅ぼす力を持っているが平和主義者なので、犯人は悪魔族に絞られる。

 

 どんな理由で行われたのかは分からないが、仇が絶滅したのだ。喜んでいいはずだろう。しかし、殺鬼は喜べなかった。全部中途半端に感じてしまったからだ。中途半端な強さで生まれ、中途半端に鬼を殺し、自分は今なに者なのか。


 それから150年、彼女は力をつけることに専念した。その努力の結果、世界に君臨する7人の強者・新七賢邪(しんしちけんじゃ)に名を連ねるほどになった。新七賢邪は個々が強大な力を持っているが、一部を除くほとんどの者が世界の平和を願っている。


 そしてその頃、殺鬼はラムローナと出会った。彼女はラムローナという名を知っていた。ラムローナもまた新七賢邪の1人だからだ。殺鬼は彼女を見て、ひと目で鬼だと気付いた。赤い髪に立派な2本の角、これが鬼族の特徴だ。


 絶滅したはずの鬼族がまだ生きていたということになる。彼女の話では自分が唯一の生き残りだという。悪魔族に先を越されたと思っていた鬼族絶滅計画が、まだ終わっていなかったのだ。これで私の使命が果たせる、と思い殺意をむき出しにする殺鬼であった。


「なんて綺麗な人なの!? 一目惚れした! 付き合ってよ!」


 ラムローナは瞳を輝かせ殺鬼を見る。その言葉に殺鬼は混乱した。頭の中がパニックになっていた。


「私に一目惚れ? 鬼族が? あなた自分の立場分かってるの? あなた達鬼族は閻魔族を絶滅させたし、私も鬼族を殺して回っていたのよ!」


 頭の中で情報を整理し、きつい言葉で事実を突きつける。


「あたしが絶滅させたわけじゃないし、生まれた時から1人だったから、あんたが殺した鬼なんて知らない人だよ!」


 あくまでも自分と歴史とは関係が無いというラムローナ。自分の生きたいように生きる、とはまさにこの事。


「変な子ね⋯⋯でもあなたうるさいし、子どもだし、苦手だわ。もっと大人になってから来なさいよ」


 不思議なことに、彼女の殺意は消えていた。こんなに自分のために生きてるやつがいるなんて。殺鬼はその使命のためだけに550年間生きてきたのだ。鬼を殺し、強くなり、また現れた目の前の鬼を殺そうとしていた。そんな殺鬼が、自分の好きに生きるという選択肢を知った。


「子どもじゃないし! あんた冷たいわね! 表情も一切変わんないし! せっかく綺麗なんだから、笑ったらいいのに⋯⋯」


 笑う。そういえばそんな言葉を聞いたことがあるな、と殺鬼は少し微笑んだ。


「綺麗って⋯⋯初めてそんなこと言われた」


 殺鬼が少し照れている。少しだが、気持ちが表情に出るようになっていた。


「でも私はそもそもおんな子どもが嫌いなの! さっ、帰りなさい!」


 殺鬼は笑ったような顔でラムローナを追い払った。そしてしばらく鬼族と閻魔族のことを考えた。私はもう自由に生きる。絶滅した仲間達はかわいそうだけど、その復讐しか生きる意味がないなんて私はもっとかわいそうだ。そう思い、人生を謳歌することを心に決めた。


 殺鬼は自分を変えてくれたラムローナに感謝しているようだ。感情が乏しく、表情もまともに作れないが、ラムローナを友人として大切に思っている。



――



「今日こそはOKしてよね! 殺鬼さん!」


 今日もラムローナが地獄にやってきた。いつもとは違い、今日は大きな花束を持っている。


「そんなのここじゃすぐに枯れちゃうわよ、バカだねぇ。本当にバカ」


 殺鬼の性格はドSである。50年も地獄なんてやっているのだ、そうなって当然である。


「ホントだ! もう枯れ始めてる、くそー! 明日も来るからなぁーっ!」


 ラムローナは笑いながら帰って行った。


「いいよ来なくて!」


 いつものようにツンデレな殺鬼であった。その顔はやはり、少しだけ微笑んでいた。



 

 最後までお読みいただきありがとうございます。


 この作品は現在ジャンルがラブコメになっているのですが、実のところこの作品が何のジャンルになるのかイマイチ分かっておりません。感想で教えて頂けたら幸いです。

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