花火大会 ④
歩いたら花火の開始に間に合うかどうかというところだったのに、タクシーは十分とかからず目的地まで到着し、初乗りの料金から変わらなかったメーター分の料金を高木くんが支払った。
申し訳なくて半分出そうかと言ったら「俺のせいだからいい」と高木くんに断られてしまった。
そして「別に友達じゃない」と言った姫川さんと、友達ではないと言われた黒川さんは前後で特に変化がない。
これは姫川さんが最初に言った「友達の役」という言葉はそのままの意味で、どうやら本当に二人は友達ではなかったらしい……。
──なら、今日までを含めての二人の関係性はなんだったのだろう?
僕と同じクラスで隣の席の姫川さんと、クラスも違えば先日まで存在も知らなかった黒川さん。
加えてスクールカーストなるもので共に一軍である高木くん。この関係性はなんだったのだろう?
僕はスクールカーストなんて概念すら知らなかったのだけど、「住む世界が違う」とまで表現された三人と僕との関係性とはなんだったのだろう?
友達だと思っていたのは僕一人だったんだろうか……。
「一条くん。私はきたことがない場所だし、一条くんに何か考えがあると思って何も言わなかったのだけど。この人がごった返す場所で事前の場所取りもなく、いい位置で花火が見れるとは思えないのだけど。その辺どうなのかしら?」
一軍、二軍、三軍とか言われてもわからない僕が、学年でも一軍と言われる(最近知った)彼女たちと対等だと思うことが、そもそも間違っているのだろうか?
「ねぇ、話を聞いてる? 私は花火を見にきたの。財布を連れて早々に買い出しに行った黒川さんとは違ってね。そんな私には場所こそが重要だと言っているのだけど。 ……一条くん?」
これは友人Cが言うところの「調子に乗っている」という状態なんだろうか。
なんか、いろいろとショックだ……。
黒川さんが彼女であることは間違いなくても、友達だと思っていた人たちがそうじゃないなんて、ショックだ。かなりショックだ。
「はぁ……」
「これは聞いてないわね。一条くん」
「──っ、はい! 何、姫川さん!?」
「……貴方、本当にスキンシップに耐性ないわね。少し頬に触っただけじゃない。そんなことだから黒川さんにいいようにされるのよ」
姫川さんに急に頬を触られて驚いた。
突然のスキンシップに全身に電気が走ったようになり、思わず背筋は伸び声はうわずってしまった。
高木くんと変わらない身長の姫川さんからしたらちょうどいい位置なのかもしれないが、僕からしたら反応に困るスキンシップに違いない。
いったいどういうつもりなのかと問いたくなる。
「──ど、どういうつもりなの!?」
「どうって、特に意味はないのだけど。強いて言えば、黒川さんにからかわれている一条くんが可愛らしいから? さっきのタクシーでも楽しそうだったし、私も隙があればやりたくなるじゃない」
「そんな理由、そんな理由なの!?」
「ボーっとしてるからよ。それよりも場所よ。わざわざ道の駅にって何か考えがあるんじゃないの? 何もないとか言ったら許さないわよ」
姫川さんが平然と言う「許さない」は、おそらく前に「一生」とか「絶対」とかが付いている。
これは黒川さんも同じで彼女の場合も付いている。つまり、彼女たちに恨まれてはいけないということだ。気をつけよう。
「あぁ、ズルイとは思ったんだけど、伯母さんに頼んで席をキープしてもらったんだ。この店のテラス席をって、黒川さんと高木くんはどこいったの?」
よく見れば姫川さんしかいないのだが。
出店が出ている向こうのエリアに先に行っていては花火どころではないからと、タクシーを降りるのをこの道の駅の方に変更したのだが、まだ何も伝えていないのに彼女の姿がどこにも見えない……。
「あの人混みに飲まれて消え失せたわ。そんなことより、ちゃんと席取ってるなんて流石ね。しかも空いてるのは一番いい位置じゃない。早く行きましょう!」
「えっ、逸れた二人を放っておいて!? ちょっと、姫川さん!?」
「後でメールなり電話なりすればいいじゃない。私はどちらのどちらも知らないけど……」
「クラスではあんなに仲良さそうなのに高木くんの連絡先を知らないの!? それは流石に嘘だよね!?」
姫川さんに腕を引かれるかたちで店に近づいていくと、確かに他は全て埋まっているのに不自然に空いているテーブルが一つ見える。
最も海側で花火がよく見えるだろう席が空いている。
僕は友達と花火を見たいからと頼んだのだが、これが伯母さんが何か変な気を利かせてくれたためだとわかる。
そして、気を利かせてくれた人が何を思っていたのかも、そのにやけ顔を見れば一目でわかる。
「遅かったじゃないか、司。彼女でもできたのかと思って気を利かせてやれば、予想の遥か上をいく女を連れてきた。お前、騙されてるんじゃないのか?」
「伯母さん。初対面の人にすごく失礼だよ! それに姫川さんは彼女じゃないから」
「だと思った。そんなわけがないよな!」
僕にも姫川さんにも失礼な態度を取る伯母さんは、手書きで予約席と書いてあるプレートを取り、にやけ顔のまま姫川さんの近くの椅子を引く。
というか、伯母さんが接客に慣れているのはもちろんだが、今の動作を普通にできるのはすごいな。
僕は気づきもしなかった……。
エスコートとは女性に今のように細かな気づかいをすることであり、僕が黒川さんや姫川さんにするべきことのはずだ。
おそらく高木くんなら普通にできていただろう。
細かな気づかいが足りない僕は伯母さんを見習いつつ、きちんと反省して次からは実行だな。
「私はご覧の通り忙しいんで、甥っ子の女関係を今日は深く聞かないからごゆっくり。気を使って注文はしてもしなくてもいいよーー」
「ありがとうございます。それと私から一つだけ」
「何かな? ひめかわ……何ちゃん?」
「姫川 美咲と言います。私は今は一条くんとはクラスメイトという間柄ですが、彼の彼女から彼を略奪しようと考えています。ですので今日はクラスメイトという認識で構わないですが、次は違うかもしれないです。その時はよろしくお願いしますね、おば様」
叔母さんに向けてにこりと笑った姫川さんが、何を言っているのか一瞬わからなかった。
だけど伯母さんのにやけ顔がなくなり、空いた口が塞がらなくなったのを見て、「姫川さん。何かとんでもないことを言わなかったか?」と感じたのが間違いではないと気づいた。