女の子とまんまるお肉
遠い遠いある日のこと。ひとりの女の子が歩いていました。
女の子は小学生でしたが、今日はおやすみの日で、学校に行くひつようもありません。
なので女の子はスキップをしながら、今日は何をしてあそぼうかと考えていました。
すると、おもしろいものが女の子の目にとびこんできました。少女の身長と同じくらいの大きさのぶよぶよとしたにじいろのお肉が、みちのまんなかにおちていたのです。
にじいろのお肉はときどき、ぽよーんと大きくゆれたり、ぎゅーっとちぢまったりしています。女の子はそれに夢中になって、お肉の上でぴょーんとジャンプをしたり、コロコロところがしたりしてあそびはじめました。
「ふしぎな子!とってもあったかいから、イヌさんや、ネコさんや、トリさんといっしょね!わたしとあそびましょ!」
しばらくあそんでいると、お肉がこきざみに、プルプルとふるえはじめました。びっくりした女の子があわててはなれると、お肉はだんだんとカタチを変え、なんと。女の子と同じくらいの男の子になりました。
「もう!ひどいなぁ!人のことをふんづけたりして!」
「まあ!すごい!すごいわ!あなたもわたしとおんなじだったのね!さっきはどうしてお肉さんになっていたの?おしえてちょうだい!」
「だめだよ。父さんからヒミツにするように言われてるんだ。かんたんには、教えられないさ」
「だれにもいわないって、やくそくするわ!わたしにだけ、おしえてちょうだい?」
「うーん。じゃあこうしよう。実は今、ボクはさがしものをしているんだ。けど、ボクにはそのさがしものがなんなのか、わからない」
「えー?なーにそれ。わからないなら、さがすことなんてできないじゃない」
「知っているのは、とくちょうだけなんだ。もう長いことさがしているけどみつからない。ずっと、こまっていたんだ。だからね。もしも、ボクがさがしているものをキミが見つけてくれたら、キミにボクのヒミツを教えてあげる」
「それがなにかをあてて、さがせばいいのね?クイズといっしょね!わたし、クイズはとくいよ!まかせてちょうだい!」
女の子はじしんがありそうです。男の子はいっぽん指をたてて笑いました。
「ふふふ。じゃあひとつめのヒント。それはふわふわしていて、ドキドキしているもの」
「あはは!わかったわ!かんたんじゃない!」
女の子は男の子をおいて、どこかに行ってしまいました。けれどしばらくすると、うでにネコをだいてもどってきました。
「はい!答えはネコでしょう!それとも、イヌかしら?毛がふわふわしていて、耳をあてるとドキドキするもの!」
女の子はせいかいだとしんじているみたいで、少しじまんげです。けれど男の子はゆるゆると首をふりました。
「ざんねん。ボクがさがしているものは、イヌでもネコでもないよ」
「そんな!」
しょんぼりとしている女の子を見て、男の子はくすくすと笑いました。
「ふふふ」
「もう!ひどいわ!わらうなんて!」
「ごめんね。そんなにおちこむなんて、おもわなかったから。まだまだヒントはあるから、あきらめないでね?」
「あたりまえよ。つぎはあてるから!」
「ふたつめのヒント。それはあたたかくて、たまにつめたいものだよ」
「えー!?ふわふわしていて、ドキドキしていて、あたたかくて、つめたいもの?そんなものが、あるかしら」
うーんうーんと、女の子は頭をひねって考えます。
「パンはふわふわしていてあたたかくてたまーにつめたいけれど、ドキドキはしていないわ?ママの手はドキドキしていてあたたかくてたまーにつめたいけれど、ふわふわはしていないわ?うーん……あ!」
「ふふふ。わかったかい?」
「ええ!ええ!まちがいないわ!あなたがさがしているものは、カゼね!」
「カゼ?」
男の子がふしぎそうに手を空にふると、女の子はぶんぶんと首をふりました。
「そっちじゃないの!ふくほうのカゼじゃなくて、くるしいほうのカゼよ!わたしね。昔おもいびょうきにかかっていたことがあるの。その時あたまはふわふわしていて、あつかったけれど、さむくてふるえがとまらくて、こわくてどきどきしていたわ。あなたがさがしているものは、カゼだったのね!」
女の子は今回もじしんがあるようです。しかし、男の子はまた、しずかに首をふりました。
「……ううん。それもちがうよ。ヒントみっつめ。それはドロドロしているけれど、キラキラしてもいるもの、らしいんだ」
「なによそれー!そんなもの、聞いたことも見たこともないわ!いじわるな人!そんなもの、あるわけない!みつかりっこないわ!」
「……そうかもね。ごめんね。こまらせて」
女の子はあんまりにもクイズがむずかしいので、男の子がわたしにいじわるをして楽しんでいるのだと、思いはじめました。けれど、目の前の男の子は悲しそうに笑っていて、とても楽しそうには見えませんでした。
みつかりっこないなんて言ったから、悲しんでいるのかもしれない。女の子は自分がひどいことを言ってしまったことに気づきました。
「あ、ごめんなさい。わたし、クイズがむずかしかったから、そう言っただけなの。あきらめずにさがしていれば、きっと見つかるわ」
「うん……きっとそうだね。もう少し、自分でさがしてみるよ」
それじゃ、と言って男の子は女の子が歩いてきた道へと歩いていきます。
女の子はしばらくそれを見ていましたが、やがて男の子にむかって走りはじめました。女の子は悲しいきもちのまま、男の子とはなれるのがいやなのでした。
女の子は男の子の手を握り、小石がたくさんちらばっている川へと連れてきました。女の子は平べったくて丸い形をした小石をいっこ手にとって、目を白黒させている男の子の手にも小石をいっこにぎらせました。
「クイズも、さがしものも、今日はやめにしましょう?むずかしいことばかりかんがえていると、つかれてしまうもの。だから今日はこれであそびましょ?」
「これって、ただの石だよね。どうやってあそぶんだい」
「川に向かって石をなげるのよ!そうするとね」
女の子がもっていた小石をすべらせるようになげると、石がぱしゃぱしゃと音をたてながら、川の上をはねていきました。男の子はおどろきながら、それを見つめています。
「わあ!すごい!すごいね!まるでカエルさんみたいだ!」
やがてぽちゃりと音をたてて、小石がしずんだあと、男の子は自分の手の中にある小石を見つめました。
「ボクにも、できるかな」
「もちろんよ!あ、でも、さいしょはむずかしいかも」
「カエルさんみたいには、とばせない?」
「ううん!すこしコツがあるだけよ!教えてあげる!」
女の子は小石をたくさん集めて、男の子になげかたを教えはじめました。男の子がなげた小石は、さいしょはいっかいもはねませんでしたが、女の子ががんばって教えているうちに、いっかい、にかいと数をふやしていきました。
「いち、に、さん!すごいわ!さんかいもとんだわ!」
「ふふふ。もうすこしがんがれば、まだまだとばせるかも」
「あら。じゃあどっちが多くとばせるか、しょうぶしましょう!お日さまがおちるまで!」
「うん!わかった!」
ふたりは交互に小石をなげあいました。女の子が楽しそうに石を投げていると、さいしょは悲しそうだった男の子も、だんだんと楽しそうに笑うようになりました。そして日がくれるころには、ふたりともすっかりなかよくなっていました。
「あはは!しょうぶは、引き分けね!すごいわ!教えたばっかりなのに!」
「そんなことないよ。キミのマネをしていたら、しぜんとできるようになったんだ。キミのおかげさ」
「ほんとう?じゃあ、わたしがもっとじょうずになれば、あなたももっとじょうずになるのね。そうしてずっとなげていたらいつか、川のはしにまでとどくかも!」
「ふふふ!そうかもね!」
「ねぇ!明日もまた、ここで会いましょう?わたし、あなたともっとあそびたいわ。朝と昼は学校があるから、夕方に!石なげ以外にも、いっしょにしたいあそびが、たくさんあるの!だめ、かしら」
女の子がたずねると、男の子はまた、悲しそうに笑いました。
「……うん。ごめんね。ボク、もう帰らなきゃいけないから」
「家に帰ったあと、また、くることはできないの?」
「うん。時間がきちゃったから、そろそろ父さんがむかえにくるんだ……ほら」
男の子がそう言うと、とつぜん、男の子の体が白い光につつまれはじめました。白い光は少しづつ、男の子といっしょにそらへと浮いていきます。女の子はあわてて、男の子の手をつかみぎゅっと、そらにとんでいかないようにひっぱりはじめました。
「だめよ!まだ、あなたのさがしものも見つかっていないのに!どこにもいかせないわ!」
「いいんだ。ボクのさがしものは、ここにはなかったのかもしれない。だいじょうぶ。とおいとおい場所をたびして、さがしているものが見つかったら、またいつか、ここにもどってくるから。だから、手をはなしておくれ。キミもつれていってしまう」
「いやよ!だめ!あなた、わたしとはなしているときも、寂しそうだったわ!悲しそうだったわ!苦しそうだったわ!ずっとずっと、あなたにはなにか足りなかったの!でも石をなげているときは、すごく楽しそうだったわ!きっと、それがあなたのさがしものなの!」
「ボクの、さがしもの?」
「わたしにも、わからないけれど!ふわふわもドキドキもしていないわ!あたたかくもつめたくもないわ!ドロドロでも、きれいでもないけれど!とても大切なものなの!楽しくて、熱くて、でも少し怖くて、痛くて!だけどずっといっしょにいたいって思うこのきもち!これが、あなたのさがしているものなのよ!」
女の子の体が地面からはなれるほど、白い光はたかくそらへとうかびはじめていました。女の子はなみだをながしながら、男の子をひきとめようと、なんども声をかけます。男の子もなみだをながしながら、女の子の声を悲しそうにきいていました。
「うん。きっとそうだね。ボクはきっと、ずっとさがしていたものを、ようやくみつけたんだ……けど。それはもっていっちゃ、いけないものだったんだね。ずっと、ずっと、こうしてつかんでいたいけれど、いつかははなさないといけないものなんだ」
「はなさなくていいの!だめ!わたしははなさないから!」
「キミには、ボクいがいにも、手をにぎる人がいるんだろう?」
「パパとママも、きっとわかってくれるわ!だから!」
「ボクがキミの手をつかんで、はなさなかったら。キミの手をにぎれないその人たちはきっと、ずっと、寂しいよ」
女の子がにぎっていた男の子の手が、だんだんと固くしっかりしたものから、柔らかくぶよぶよとしたものに変わっていきます。男の子は女の子がさいしょに会った時のように、だんだんとまんまるとした虹色のお肉へと、すがたをかえていきました。
女の子がつかんでいた手はだんだんと消えていき、つかむものがなくなった女の子はどすんと、地面におちてしまいました。女の子がそらを見上げると、白い光とお肉は、もう手のとどかない場所にまで行ってしまったのがわかりました。
「そうだ。さがしものを見つけてくれたおれいに、ボクのひみつを教えるね。じつはね、ボク、ウチュウジンなんだ。いつかたびが終わったら、またここにくるから。だから」
その時はまた、手ををにぎってね。
白い光がそらに消えて、あたりはまっくらになりました。女の子は、しずかになきはじめました。
くらいのも、こわいのも、女の子にはへっちゃらでした。ただ、女の子はさむくていたくて、ないているのでした。星をみながら、女の子はなみだをながします。
いじわるな人ね。なみだとともにながれた言葉は小石へと吸いこまれましたが、ながれた跡は消えることなく、残ったままでした。
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