表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/122

#8 悪魔となりて

 


 私はエルクーロに用意してもらった食事を頂き、衣装を着替えてこの屋敷とも施設とも言い難い……便宜上魔王城とでもしよう……の廊下を歩いていた。


 長かった忌々しい癖っ毛の白い髪は、匂うからと無理やり湯浴みをさせられた時のついでに肩口でぶっつりと切った。心機一転の意味合いもあるし、感情が蘇った今、腰まであったぼさぼさの髪は邪魔で仕方なかった。


 その後出された食事は最初警戒していたものの、恐る恐る口を付ければ、この世界に転生してから食べたどんな食事よりおいしかった。魔族はヒトを食う種もいるから、これは人間向けに調理されている気はしたが、今はそれだけでも破格だ。


 エルクーロ曰く、魔族の食事も基本的には人とそう食べるものは変わらないそうだった。ヒトを食うのは好き好きだという。ぞっとしない話だ。


 膨れた腹を撫でて、こんなにおなか一杯食べたのはいつぶりだろうかと思いながら、ついほこほことした心持ちで気を緩めてしまう。そんな私に咳払いをしたエルクーロの視線を感じて慌てて緩んだ表情を正した。必死に頬を指で押し、真顔に戻る私を見てエルクーロは素のままの方がいいと口にしていたが、意味は解らずじまいだった。


 そして与えられた黒い装束と帽子姿という装いは、ファンタジーな軍服を思わせる。如何せん私の身長に見合うサイズの軍用衣装などなかったから、少し丈が大きいが致し方あるまい。袖なんかダボダボ過ぎてキョンシーのようだ。


 しかしどうにも魔族……もとい魔王軍の衣装は隊長格より上は軍服を思わせるデザインで統一されているらしい。まさに悪の組織と言った感じだ。


 食事、風呂、衣装と準備を済ませ、とすれば次は扱う手駒の問題だ。魔族は感情や知能など、人間と変わりない者もいれば少し劣るもの、様々だ。大別して上級魔族と下級魔族に分かれる。


 そして今回私が必要とする魔族を考えれば、障害に突き当たるのは明白。


 いくら魔王直々に将校階級を与えられても、魔族達はいきなりこのような人間の幼女の命令に従うとは思えない。ならば私にできるのは一つしかない。


 エルクーロから説明を受けた私は簡単に軍の階級のようなものを知った。魔王を最上位とし、その下に四天王がおり、それぞれが持つ軍団の長たる将軍、そしてさらに部隊規模の隊長という形だった。エルクーロとの短いやり取りの間に聞いたのだが、エルクーロの階級は四天王ということだった。自分が魔族の四天王に世話をしてもらっているという状況に私は背筋を震わせたものだ。そして今回私は暫定将軍として、エルクーロが擁する中の一軍を任されたから、部隊長達に己の存在を示す必要があった。



「我ら魔族は、ヒトを嫌悪する。その場で食われる覚悟で臨め」



 エルクーロは道中で私にそう言った。



 魔族軍の詰め所にやってきた私は、あらかじめ集められていた者たちの前に進むと、部隊長の面々を見渡した。


 今は下級魔族を除きほぼ全員がヒトと変わらない姿をしている。魔族は、普段はこのように人の似姿をしており、戦いなど必要に応じて種毎の姿に変じる事が出来る。


 とはいえ、魔王やエルクーロとは違い、種ごとの特徴が人の姿にすらやや現れているから、なんとなくだが誰がどんな魔族なのかは見てわかる。


 談笑をしながら食事をしていた魔族たちは突然現れた小さな私に気づくと、会話をやめて全員が私を見た。私は毅然とした態度で言葉を発する。



「諸君、この度アウタナ落としを任されたココットと言う。同様にその任につく君たちの上司になる。宜しく頼む」



 丁寧語は使わない。軍においては上下関係こそすべて、だと思う。概ねブラック企業のようなものだろう。統一された個として動かねばならない作戦においては跳ね返りは許されない。始めに確固とした上下関係を築いておく必要があると思った。


 私の暫定将軍という立場は会社で言えば課長だろう。そして、私が相対しているのは係長とその副隊長クラスの面々。一筋縄ではいかない。


 やはり当然反発はあった。どよどよとした魔族たちはすぐに大笑いを始めたのだ。まあ無理もない。私のような小さな、それも人間の女子が、屈強な魔族軍の戦士たちを前に上司だとのたまったのだから。まあ概ね予想していた反応だ。魔族はプライドの高い種族も多いと聞く。認めないものの下には絶対に従わない。


 部隊長たちのリーダー格である、ドラゴニュートと呼ばれる竜人が前に進み出ると、私の前に立ち見下ろしてきた。確か、クォートラという名の魔族だ。他のドラゴニュートを取り仕切る部隊長。その視線は研ぎ澄まされたナイフのように殺意に満ちている。それでいて侮蔑の混じる有様はまるで私を舐め切っている証だ。実際私も流石にこの距離で魔族などに凄まれれば少し怖い。


 私はクォートラを見上げながらその目をじっと見やる。



「ココットと言ったな。人間のガキが突然出てきて何を言っている。食われたいのか?」



 クォートラの言葉は本気だ。背後の魔族たちも口々に文句を言い始め、殺す、食ってやる、いや先に裸にしろ、だのが聞こえてくる。それだけ人間への憎悪が深いという事だろう。実に理想的だ。



「クォートラ、ちょうどいい。そいつは酒の肴にしてしまおう。メスのガキは柔らかくて美味い」



 椅子に腰かけながらジョッキを片手に、これまた大柄な体躯で筋骨隆々で口から覗く牙と額から生えた角が特徴的な魔族、ハイオーガの男が私を舐めまわす様に見ながら笑って言う。呼応して周囲の魔族も私を見て舌なめずりをした。



「お、おら、子供、好きだ。おら、食いたい、欲しい……」


「黙ってろウスノロ。お前は残飯だ」



 涎を垂らして私を欲しがった魔族、醜い顔で巨大なオークが、ハイオーガに怒鳴られてしょんぼりして部屋の隅に行く。


 確かあのハイオーガ……ゾフと言ったか。部隊長の一人だ。


 私が任された手勢の部隊長はこの二人。地上と空をそれぞれ担う。まずはこの二人を納得させねば。


 クォートラはゾフの言葉を無視して私を見下ろしながら睨んでいる。殺意は肌に突き刺さるように感じる。何かきっかけがあればすぐにでも私を縊り殺しそうなばかりの鋭い視線だ。だが私は手を腰で組んだまま。怖いのは怖い。しかしそんな怖さを塗りつぶす程の憎悪と生存への執着が今の私を突き動かしている。


 私は表情を変えずにクォートラを見やると、口を開く。



「私は魔王様より直々に将校に任命されている。君たちの上司として、だ。故に私は君たちにとって絶対であり、口の利き方にも気をつけてもらおう。それに文句があるのであれば、魔王様に文句があるのと同じだが……如何か。そうでしょう、エルクーロ様」



 私は部屋の外で様子を伺っていたエルクーロを呼ぶ。我ながら魔族を呼びつけるなど大胆なことをしたものだが、エルクーロは「はぁ」とため息をついた後に詰め所に入ってきてくれた。よかった。私は正直安心した。ここで来てくれなければ一気に私の言葉の信憑性は落ちる。そうなってここで私が食い殺されたら、後から彼らは断罪されるかもしれないが、私が死んでいるという一点で大問題だ。


 エルクーロの姿を見た魔族たちは一様に頭を下げた。


 クォートラとゾフは驚いた顔でエルクーロと私を交互に見ている。



「エルクーロ様、本当なのですか……!?」


「本当だ」



 エルクーロからの肯定の言葉。詰所内はざわついた。四天王はいわば部長。その言葉は絶対である。そしてそんな存在から得られた私の言葉を保証する言葉。それだけもらえればもう怖いものはない。私の身の安全は保障されたに等しい。ひとまず今のところは。もとい、重要なのは私の言葉を聞く体制が整ったという事だ。であれば次は部下たちの人心掌握と行こう。力で押し付けただけの関係など、憎しみで簡単に壊されてしまうからな。自嘲気味に私は笑うと、クォートラに言う。



「君は娘を人間に殺されたらしいな」


「!」



 私の言葉に詰所内は一瞬静まり返った。


 クォートラが目を見開く。歯をがちがちと震わせ、思い出したくないものを思い出されたかのように震える。


 私は表情を変えず、ただただじっとクォートラの瞳を見る。


 私はあらかじめ、アウタナ落としに参加する魔族の隊長格についての情報を、エルクーロに頼んで纏めて教えてもらっており、書類で渡されたリストに目を通していた。


 家族構成、種族、年齢、性格、そして……忌々しい思い出もすべて、この頭に叩き込んできた。採用面接に似た心持ちだ。これは、彼らと共に戦うために絶対に必要な事だった。



「ああ、そうだとも! だから人間が憎くて仕方がないのだ!」



 クォートラは牙を震わせてグルルと唸る。エルクーロの前とはいえ、今にも私の首を引き裂かんばかりの形相。しかし、私はそんな様子を仄かに眉を顰めた瞳で見る。彼の憎しみは理解できる。私とて、同じ憎しみの焔を燃やし此処に立つのだ。



「私もだ」


「あぁ!?」



 私はそこでポケットに突っ込んでいる手に握られたレイメの聖石を撫でる。



「私も人間に大切な者を奪われた。母だ。私は母を殺した人間を心底憎いと思う。そして、神すらもな」



 私の幼子とは思えぬその表情と赤き瞳に宿った怒気に、さしものクォートラもたじろぐ。


 私はクォートラの横を通り過ぎると、ゾフの所へ歩いていく。


 ゾフは過去人間との戦いに敗走した折、自分の部隊が全滅している。報復の手助けをしてやると言えば、狼狽えたような様子を見せた。その眼には、ほのかな期待が見て取れた。


 そのまま私は、その場にいた魔族一人一人の恨みや憎しみの根源について話をする。どれだけ人間が憎いか、何を奪われたか。親身になる等という訳ではない。共感は分かりやすく味方であると示せるが、匙加減を間違えれば自滅行為だ。それに身内を殺されるなど戦時下では珍しい事ではないだろう。ただただ、私は彼らが戦う理由を理解していく。それを踏まえたうえでの私の態度が、彼らにとって自分たちの恨みを晴らすために、少なくとも敵ではないことを示す。


 しかしクォートラをはじめとした魔族達は口々に騒ぎ始める。それは最早私への文句や威嚇ではない。曰く、俺たちがさんざアウタナ攻めをしても、あの街は難攻不落。簡単には落とせない。作戦攻略への不安だった。しかし私は目を細め、虚空を睨むようにして腰に当てていた手の片方を上げる。魔族たちが一瞬それをみて静かになってから、鋭く、しかして断固とした自信を言の葉に込めて言い放つ。



「私に任せてもらおう。そうすれば、君達は憎い人間どもを、その爪と牙で引き裂き、地獄を手ずから味わわせられると約束しよう」


「だが、おま……アンタも人間だろう!」


「いや、もう違う」



 私の言葉にクォートラやほかの魔族たちも驚いた顔をする。



「何を馬鹿なと思うかもしれないが、私は人間達に、悪魔と罵られて生きてきた。人として……同族として扱ってくれたのは母だけだ。その母を奪った連中に、眼にものを見せてやりたいのさ。……()()としてな」



 クォートラ達魔族はしん、と黙ってしまう。さて、どう出るか。少なくともアウタナ落としの間だけでも私を信用してもらう必要がある。でなければ作戦を台無しにされかねない。人間の間では魔族の軍内関係は完全な実力主義とあったから最初は警戒したが、魔王やエルクーロの威光のおかげでファーストコンタクトを成功させても、作戦中に事故を装い暗殺される可能性もある。


 アウタナ落としは、私無くしては成功しない……そう信じてもらう事こそが大事だ。



「あの街の領主は私を悪魔と蔑んだ。この姿が魔族諸氏を想起させるからだと」


「人間と俺たちは敵対関係だ。理解できん話じゃねえ」



 ゾフが鼻を鳴らしながら言う。私はにやりと笑ってゾフに言った。



「そうとも、敵だ。であれば敵に抱く感情とは何か? 憎しみ、怒り。そして、恐怖。つまりあの街の領主は私のような幼子にさえ魔族諸氏の影を見て恐れた臆病者に他ならないという事だ」



 私の苦笑交じりの言葉に、ゾフらは少し間をおいて笑い始めた。成程、臆病者の城だと。


 私は、アウタナを落とすための作戦概略を話し始めた。プレゼンの為の下地は整えたつもりだ。結果として、思いはどうあれ私の言葉を聞かないものは、最早いなかった。


 少なくとも私と彼らの目的は同じ。ならばその目的を達するための手段を用意してくれる私の言葉は、ここに意味を持ったのだ。


 話を聞き終わった魔族たちは、ざわついていた。私の語った作戦によるものだ。しかし、その眼には希望と、やっと恨みが晴らせるという憎悪の炎が見えた。


 エルクーロは話の最中にも後ろに下がり、黙って様子を見ていた。若干心細かったがなんとかなったと安堵していた私のもとにクォートラがやってくる。



「俺の娘はちょうどアンタと同じくらいの年だった。……俺たちに恨みを晴らさせてくれ。アンタの憎悪を信じる」



 クォートラはそう言って私の前に跪いた。それに倣って、次々とゾフや他の魔族たちも私に跪いてくる。敬礼とかで済む感じかなと思ったがここまでされるとは思っていなかったので若干引いた。とはいえ結果は上々、これで魔族たちは作戦中私の指揮通りに動くだろう。そうなれば、今回の作戦は成功したも同じ。最早作戦に失敗し彼らに食い殺されるようなことはない。私はまた、自分でも気づかないうちに口角が吊り上がっていたのだ。


 背後では、エルクーロがやはり驚いていた。



(あの娘、幼女の姿をしてあのような巧みな話術。そして凄まれて尚ああも立ち回る胆力。知恵が回るという話ではないな。一体、アレはなんなのだ。私は何を拾ってしまったのだ?)



 私はそんなエルクーロの思案を他所に、黒き笑みを顔に張り付け、来るべき復讐に赤き瞳を滾らせる。そして魔王軍の中での立場を固めるという目的を着々と進めている事に心が沸き踊っているのだった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ