#79 epilogue:揺れる瞳
私はトグーヴァに跨り白城の前の広場へと戻ってきた。
戦いで羽に傷を負ったクォートラは人間形態でトグーヴァの背に乗せた。始めは恐れ多いとして拒否されたが、その実何かの背に乗るのに慣れていないという様子がありありと伝わってきたので無理やり命令という形で乗せた。功労者にこれ以上無理をさせるわけにもいくまい。
ちょうど私の後ろに座っていた形だったから、落ち着かない様子ではあったし照れのようなものも見え隠れしていたので少し面白かった。悪戯心から、振り落とされないように私に捕まって居ろと言えば珍しく狼狽した様子が見れた。
広場の隅に辿り着きトグーヴァの背から降り立つ。クォートラには傷の治療をするようにと命じ下がらせ、城へ向かい歩くとニッコニコのツォーネが出迎えた。
「ココット様! おかえりなさいませですわ」
優雅にお辞儀をしてみせるツォーネに短く労いの言葉をかければ、頬を染めてより深く頭を下げた。私が城を落とすまでこいつはよくここを守ってくれた。毎度血ばかりでは趣がないし、たまには少し違った褒美の一つでも考えてやるか。
しかし広場は未だ慌ただしいままだ。負傷した魔族が応急処置を受けていたり、残党狩りの部隊が出撃していたりとせわしなく動き回る者たちが多い。ゾフも負傷兵に交じって手当てを受けていた。すべてを指示したわけではないのに、本当によく動いてくれるようになった。
そう感心し眺めていればツォーネが一つ報告をしてくる。
「ココット様が行かれた後投降してきた騎士がおりましたの。一応そこに並べていますわ。どうします?」
ツォーネの言葉に目を向ければ広場には既にツォーネ達が制圧したであろう投降したと見える騎士たちが跪き、両腕を頭の後ろに組んだ姿勢で並ばされていた。多くは黒紫の鎧を着た黒紫騎士団の者たちだ。
気変わりが早いな。逃げられないと見るやすぐさま投降か。まあ、それが傭兵上がりの彼らの処世術なのだろう。
そんな打算で投降した彼らはともかくとして、チックベルが運んできたヨーンの亡骸を目にした貴族などの捕虜たちは目を見開いて絶望していた。戦線についぞ顔を出さなかった勇者の末路は、自分たちの行く末さえ示唆しているのだから。
絶望の表情の捕虜たちをくるりと一通り眺めた後、顎に手を当てふむ、と一瞬考える。んー、んー。まあ、そうだな。
「捕虜は要らん」
短い命令。ツォーネは頷くと、騎士たちを見張っていた魔剣士に手を上げて合図をする。魔剣士たちはすぐさま剣を抜き放つと、次々と捕虜の貴族や騎士たちを処刑していった。黒紫騎士の命乞いや罵声が聞こえてきたが特に気にも留めない。
私に投降すれば命は助かるとでも思ったのだろうが、そう舐められては面白くない。傭兵上がりなど捕えた所で何の役にも立たんしな。期待している所悪いが、死んでもらおう。
騎士たちの悲鳴が響く処刑の最中、私はもう興味を無くし歩き始める。
と、ヨーンの亡骸を箱に詰め終わったか、羽音を立てて飛来し私の隣に並んだチックベルが、歩きながら体を折り私の顔を覗き込むような姿勢で話しかけてきた。
「ココットちゃん。……ありがとうね。一人だけだけど、ポリニア様の敵が討てた。あの子への手向けになるよ」
「無論勇者を逃がすつもりなどなかったさ。むしろ信用してくれてありがとうというべきなのはこちらの方だ。憎悪は時に理性を凌駕する。お前に引き裂かれるかもしれないと覚悟したほどだ」
「まあ、あんな目を見ればね。うちら同様、ココットちゃんの憎悪も並じゃないってわかったよ。聞いてたよりおっかない顔するねえ」
揶揄われた、と思った。だが私はにこりと笑う。顔つきなど気にしたことはないが、私の顔が人間を恐れさせるのならどんな顔だってするさ。
いたずらっぽく笑うチックベルに、私は改めて礼を言った。勇者と相対したときのチックベルの様子は、深い憎悪によるものだった。私はお会いしたことはないが、四天王ポリニア様に並々ならぬ思い入れがあったのだろうな。そう思えば、チックベルの意をくんだ形となったのも意味があったと思える。
あの時見せた真面目な顔とうって変わってすっかりいつもの調子に戻っている彼女はにへらと笑い、足を止める。私も足を止めて振り返ればチックベル率いるハーピー部隊とともに素早い列をなして私に礼の姿勢を取っていた。
私も帽子を取り、胸に当てて礼に答えた。魔王軍国境警備部隊長チックベル、頼もしい者だった。
返礼も済み、チックベルは再び笑みを浮かべる。
「じゃあうちらは一足先に魔王城に戻るよ。エルクーロくんへの報告はうちらが先にしておくね」
「ああ……エルクーロ、くん?」
「うわっち、また言っちゃった。ナイショにしてね! 子ども扱いするなって怒るからさ~」
「あ、ああ……え?」
聞き捨てならない言葉が聞こえたが……私が頭の上に疑問符を浮かべている間に小悪魔めいた笑みを浮かべたチックベルは配下のハーピーを率いて空へ飛び立っていった。
あまり触れないほうがよさそうだし、忘れておこう。
ともあれ尽力してくれた彼女たちハーピー部隊には頭が上がらない。犠牲も出てしまったようだし、それでも救援に来てくれたことに深く感謝し見送る。そして、彼女たちを送り出してくれたエルクーロ様にも。
まあ、なぜ、という疑問は残るが。増援の話など聞いていなかったし、必要となったタイミングで必要な増援を寄越してくれたのは大いに助かったのだが、信用されていなかったのかな。いや、そんなことを考えてはいけないな。事実信用を裏切るような形になったのだ。此度の私のミスは真摯に受け止めるとして、素直に感謝しよう。
お会いした時にはしっかり礼を言わねばなるまい。気苦労をおかけしていなければいいのだが。
というか、今更だが私は大丈夫だろうか。結果的にルイカーナを陥落せしめたのであるから、魔王様から何もお咎めはないはずだが……数日とはいえ人間の捕囚となっていたなどと知れたら何をされるか……。
思い出したかのように私は顔を青くして一度身震いをした。
まあいい。今は考えないようにしよう。功績はあるのだ。チックベルがうまく報告してくれるはず。そう祈る。万が一の時はエルクーロ様に泣きつこう。また泣き落とせばあるいは。
瞳が渦巻くような慌てた思考の末、私はひとまず目先の事後処理に集中しようと思い至る。早くミオの所にもいってやらなければ。
……ミオを私が迎え入れたことに、もっと反発があると思っていた。
しかし意外にも、クォートラ達はすんなりと受け入れた。理由は分からない。シアと同じアレハンドロ子飼いの悪魔の相持つ子を引き入れた等と言っては面倒の一つも起こりえたのだ。
もちろん受け入れてもらえたのは嬉しい限りだ。だが……いや、止そう。何でもかんでも悪いほうへ考えるのは私の悪い癖だな。
もうなにも信用すまいと覚悟を決めてこの道を進んできたが、今私は彼らを信用したいと思っている。
大事な、そう……大事な者たちとなった彼らの為に。私の復讐に協力してくれる彼らの為に、私はもっと人を殺し街を焼かねばならない。元より修羅の道と覚悟してきたのだ。
かつて道具と断じたクォートラ達。彼らは私のために行動してくれた。打算もあったのかもしれない。私なくしては前へ進めない事を対価とした主従だったのだから。
だが、前述の通り私は彼らを信用したくなってしまっている。もしかしたら、彼らは私の復讐ではなく、私の幸せの一助となってくれるのではないかという期待。そんな期待があったからこそ、彼らがミオを拒んだ時の事を覚悟していた。
私がかつて魔王城の一室で感じた胸の寂しさ。それを埋めてくれたのはほかでもないミオだったのだ。吊り橋効果なのかもしれないが、私と似た境遇を経て心壊された彼女は、私と同様幸せになる権利がある。
私がきっと幸せにする……いや、一緒に幸せになる。
そう思ったからこそ拒まれても何とかして連れだしてやろうと思っていたものだから、それをほぼほぼ二つ返事で了承してくれた彼らも、何かが変わっている気がしてならない。そしてそれはきっと、よい変化なのだ。
私は着実に望む未来へ一歩ずつ進んでいることを実感する。既に街を三つ落とし、勇者さえ一人葬った。
前途は多難。小国連合という問題事もいつ本格化するかわからない。
だがそれでも、私達は前に進めるだろう。今はそう、信じたい。
「はっ、はあっ、たす、助けてくれ! 死にたくない!」
「黙って歩け」
城の入り口を潜り、エントランスに入れば奥の方から生き残っていたらしい貴族たちが引きずり出されている場面にも遭遇した。死を些事として流し、危機を楽しんでいた連中が今は見る影もない。
夢うつつに浸る時間は終わったと理解でもしたか、上等なズボンにシミを作りながら魔剣士やオークに連行されている。あれらもまとめて広場で処刑し我が軍の食糧にする。肥え太った肉は気に入られるだろうさ。
フリクテラでのお預け分だ。魔族達もヒトの味が恋しい頃合だろう。ゾフなんかには一番適した褒美と言えるな、うん。
そんなことを考えながらエントランスを歩き。
「ミオさん、あまりはしゃいではだめですよ……おとなしくしていましょうね」
「んー」
話し声が聞こえた。
見やればふらふら歩き回ろうとしているミオをキエルが宥めている所だった。かつかつと靴音をエントランスに響かせて歩み寄れば、ミオが私に気づいてぱあっと表情を輝かせた。
そんな顔を見て、私もまた頬が緩むのを感じた。
「ミオ!」
♢
このミオさんという方はなんて好奇心が強いのでしょうか。
見るものすべてに目を輝かせて向かっていこうとするものですから、まったく目が離せないのです。
ココットにこの子を頼むと言われて見張りめいたことを命じられているのは私なのですから、あなたに何かがあれば私の責任なのです。お願いですからおとなしくしていてください。
そんな感じに私……キエルはココットが城の中から帰還すると同時に連れ立ってきたミオさんという子の御守をしていました。
ココットは私に彼女を預けてすぐに、魔獅子の背に跨って行ってしまいましたから、その後しばらくはミオさんがココットがどこに行ったのか何しに行ったのか等という質問攻めにあい、困っておりました。
正直に言えるわけがありません。この子は首輪から見るにこの城に囚われていた奴隷。そして、ココットと同じ悪魔の相を持った少女。だけどもその性格は驚くべき程に天真爛漫で無邪気。幼い子供そのものだったのですから、そんな無垢な子にココットが何をしに行ったのかなんて想像でも語るわけにはいかなかったのです。
彼女が向かう先では人が死ぬ。
きっとまた誰かを殺しに行ったなんて、言えるはずないじゃないですか。
酷な役回りを命じられたものだとほとほと思います。私自身、現状に不安と悲しみが入り混じる複雑な心境で落ち着かないというのに、こんな子の前では弱音の一つも言えません。
気丈に、安心できるように振舞うしか、ないじゃないですか。
そして。
「ミオ!」
ココットが、戻ってきました。
ミオさんも顔をぱあっと笑顔に変えて彼女を迎えます。ココットはすぐにミオさんの所へやってきて、会話を始めました。
私は一歩引いて、そんな様子を眺めました。
ミオさんは笑いながらあれやこれやとココットに話していて、ココットもまた……笑顔でそれを聞いていたのです。
私はそれを見て……胸がじんじんしました。
今はもう、私も悪魔の相だなんて嫌悪する気はありませんから。ユナイル教は幼いころからの教えでしたが、彼女たちを見れば……悪魔だなんて思えないから。
魔将軍ココットは、私達が彼女を魔に追いやって生まれてしまった存在。そして……私の父は、母を失った彼女に殺された。
いつか彼女が言った、戦争で騎士が死ぬことなど当たり前だという言葉。確かに、それもそうではあります。父は戦う人でした。いつ命を散らせてもおかしくない人でした。
だから、この戦時下においては、死ぬこともまたあって然ることだったのかもしれません。だからこそ、私は毎日あの人が無事に生きていることを祈り、感謝していたのですから。
だけど、父は死んだ。彼女の軍との戦いで。そして今私は、そんな彼女の使用人になっている。
歪んだ現状。恨みもあって然るもの。だけど彼女に思うのは父の敵としての恨みの感情だけではなく、私よりも歪んでしまっている彼女に対する、もっと別の感情。
彼女……ミオさんと話している時のココットの様子を見て思います。二人はあまり似ていなくて、悪魔の相という共通点はあれども性格もあべこべで。だけど語る姿はまるで本当に姉妹のよう。
ココットの方が小さいけれど、こちらの方が姉だろうかなどと、他愛ない事を私が考えられるほどにはほほえましくも見えて。先ほどまでその手を血に染めていたなんて、今のココットを見ても信じない人は信じないだろう程、ただただ普通の子に見えて。
だからふと、思ったのです。
ミオさんなら、ココットを本当の意味で普通の人間に戻せるんじゃないか、って。
先ほどから城の奥に隠れていたであろう貴族たちが広場に連れていかれては、悲鳴が聞こえて。何が起きているかなんて想像もしたくなくて、そしてきっとそれはココットの指示で。そしてそんな命令を出しておきながらこんな風に笑っている彼女はきっと歪み切っているのに、こんな風に思ってしまう私もまたおかしくなってしまったのでしょうか。
だけど、そんなココットが恨みを捨てられて、悪魔じゃなくて普通の女の子として生きられるのなら、それはきっと素敵な事だと……とても良い事の筈ですから。……これ以上誰かが死ぬこともないですし、ココットも……それできっと幸せになれるはずだから。そうすればもう、父のような……私のような人間も生まれない。
恨みだけで生きる道は、私には重荷過ぎた。
きっと彼女にも、辛い結末が待っている。広場で見た魔狼の最期にココットの行く末を見てしまったように。
だから彼女が恨みを捨てられるのなら。そしてミオさんが彼女を変えてくれるのならと。そう考えるようになっていました。
そうしたら、そうしたら……私は……。
ココットとミオさん。悪魔の相持つ二人を見ながら、私は静かに揺れる瞳を細めました。
♢
数日後。
ファルトマーレの首都イファールの円卓会議。
重苦しい顔つきの重臣達が円卓に坐する中、両開きの扉が開かれて騎士の一人が中に入ってくるなり膝をつき、重臣たちの顔つきに劣らない重々しい声色で告げた。
「ご報告致します。歓楽都市ルイカーナが、陥落したと……」
その一方に、重臣たちは揃って眉根を寄せ、下唇を噛んだ。
しばしの沈黙の後、重臣の一人が口を開く。
「ルイカーナには聖弓のヨーンを派遣したのではなかったか」
「ヨーン様は消息不明でございます……まさかとは思いますが」
騎士の返答に重臣はついに円卓を叩いた。王の御前だとして別の重臣にたしなめられるも、怒りの色濃く浮き出る表情のまま吐き捨てる。
「……アレハンドロめは扱いにくい男ではあったが確かな財を持っていた。ルイカーナを落とされればわが国には打撃となることは間違いない」
絞り出されたその言葉に他の重臣達もううむと唸る。歓楽都市は巨大な商業都市でもあった。アレハンドロの独裁により扱い難さこそあったがファルトマーレにおいて重要な都市であったのは間違いない。
魔族軍の突然の僻地進行に際し念を入れてと前線からヨーンを呼び戻し派遣したというのに、それが敗れたとなれば。
「おそらくはアウタナとフリクテラを落とした軍……率いる将軍の正体はまだ掴めんのか!」
「エルクーロだ。エルクーロに決まっている。奴の軍が動いたのだ」
「焦るな。前線はまだこちらの優勢……一挙にウラガクナを叩き潰せば……」
「そう考え敵の僻地行軍を無視してきた結果が今であろうよ! もはや看過できん。奴らが次に狙うのは間違いなくバルタだ! バルタ陥落は何としても避けねばならん!」
バルタまでもが落ちれば首都イファールは目と鼻の先。首都攻略の砦を与えるようなもの。ましてユナイル教の総本山であり教皇すら住まうバルタが落ちた等と有っては政治的にも大打撃。小国連合の協力も得られなくなるかもしれない。それはすなわち戦争の敗北への道が開かれてしまう。
重臣達はすぐにバルタに派兵し敵軍のせん滅と防衛陣の構築をと叫ぶ。だが長き戦争でファルトマーレも魔族も疲弊している。そう簡単に動かせるものでもない。
しかしもはや前線の戦力を切り崩してでも防備に回さねばならない段階にまで来ているのは、その場の全員が感じていたのだ。
王よ。王よ。
重臣たちが口々に案を投げ、決断を迫る。
そしてファルトマーレ王は静かに口を開く。
「アルアダンに連絡を。そして勇者たちにも伝えよ。バルタは落とさせてはならん。聖女をバルタへ」
「聖女を……!? アレが役に立つのですか!?」
「戦場においてはシンボル以上の役割はなくとも、バルタにおいてはあの娘が最も適任だ」
王の言葉に重臣たちも口を閉じた。なるほど、確かにと。バルタ防衛という場においては、聖女以上の適任はいまい。なにせ彼女は、ユナイルの現身とさえ言われる存在なのだから。
ルイカーナ陥落という確かな衝撃の中、円卓会議は粛々と進められた。
前線の兵達の再分配、大規模な陣地転換すら視野に入る会議。小国連合への打診。補給線の再確保。ヨーンの捜索。
慌ただしくなるファルトマーレに打撃を与えた軍の総大将は黒曜のエルクーロしかいないと目星を付けた彼らであったが、その軍を任された将軍の情報は未だ空白なまま。
調査を急がせつつも、未だ彼らを脅かしているのが人間の幼女だとは知らぬまま。
夜遅くにまで続いた会議の結果、前線に走る早馬は、勇者の陣地へと向かう。
聖女をバルタへ。
それは前線を支える勇者のこり3人のうち一人を僻地に引きはがすことに成功したことを意味した。
戦争の推移。変化する状況の中で、魔将軍ココットの囮行軍の効果は、着実に実を結んでいるのであった。




