#70 迷路の末、再戦前夜
「諸君、すまなかった」
シンの村に駐在していた同胞たちに迎えられ、私は開口一番そう言った。
眼前に整列する魔族達。そして3隊長。いずれも健在。無傷ではないが、無事でいてよかった。
彼らに対し、私は軽く頭を下げて謝罪をした。すぐさま顔を上げるよう促されたが私は言葉を続けた。
「私の驕りがこの結果を招いた。世話を、かけた」
チックベルからはああ言われていたとはいえ、何を言われても受け止める覚悟で皆を集めた。
そして肩ひじを張ったそんな私のセリフに対して、安堵のため息や笑い声が聞こえてくるのはそう時間がかからなかった。
「よくぞお戻りになられた、姫。我々一同帰還をお待ちしていました」
クォートラが一歩進み出てそう言った。
無骨な表情のまま、だがどこか安堵したような険のない表情。私は面食らう。
合わせてゾフやツォーネをはじめ魔族たちが一斉に礼をした。お前たちはいいのか、それで。私は人間で、お前たちに損害を負わせて。死者も出た。なのに、なのに。
言いたいことはいっぱいあった。だが、そんな言葉は出て来ずに。
「……私に何か言いたいことはないのか」
「……そうですな」
絞り出された私の言葉にふと、クォートラは一瞬考える仕草をしたのちに足を村に置かれた荷車へと向ける。そしてごそごそと何かを探したのち、手にあるものを抱えて私の前に立った。
「替えのお召し物です、姫」
「あ、ああ」
「その恰好ではあまりにも。良く似合っておいでですが、おそらく貴女様はこの場に魔将軍として戻ってこられた。違いますか?」
少し意地悪な表情で、クォートラが差し出したのは予備の将軍装束だった。
今の私の格好はアレハンドロに半ば無理やり着せられた薄手の白いドレスワンピース。確かにこれでは格好はつかない。
私はクォートラから受け取った装束を両手で抱え、改めて一同を眺める。
ほぼ同時にゾフとツォーネも私の前にやってきた。
「ああ、ああ! ココット様! 本当にご無事でよかったですわ! ああでもこんなにやつれて……さぞ酷い目に遭われたのですわね……もっと早くお助けできれば……」
「お嬢のメッセージがなけりゃあ、俺達ぁ玉砕覚悟でルイカーナに突撃かます所だったぜ。俺は言ったんだ。お嬢がただでくたばるわけねえ、もしかしたら自力で逃げてくるかもってな!」
ゾフのセリフに彼のオークやゴブリンから為る地上部隊が笑い声をあげた。オドも醜い顔で相変わらず私を見ている。今はその視線も不快ではなく、つられて私も思わず笑ってしまった。
私の痩せた体ややつれた顔を泣きそうな目で見る、包帯をしたツォーネを見て、無茶をさせたのだなと痛感する。前までなら鬱陶しいと一蹴するところだが、私のために負ったであろう傷に構わず私の心配をするツォーネが妙に愛おしく感じて、私はツォーネに一歩踏みよると、その胸に軽く頭を委ねた。
びくり、という反応が接しているおでこから伝わる。
「ツォーネ、すまない。私のせいで傷を負わせた。私がもっとしっかりしていれば」
「こ、ここココここっと様が、あのココット様が私にわたくしにみみみ自ら体をゆっ、委ねッ……」
「後で血をやる。ここ数日分だ。いつもよりも多めに」
「は、はヒッ!」
びくびくと痙攣し始めたツォーネから体を離し、隣で唖然としているゾフを向き直る。
「あ、あの堅物お嬢がクソヴァンパイアにやさしい言葉を……!? まさかルイカーナで何かされておかしくなってんじゃ……」
「馬鹿を言え。むしろ気づいたのさ。お前達がどれほど私の力となっていたか」
ゾフにそういって笑ってやれば、殊更にゾフが顔色を悪くした。
「お嬢が笑った……」
「失礼な奴だな、お前」
流石に私も少しむくれて見せれば、やっとゾフが困ったように頭をかいて笑う。そんなゾフの包帯の巻かれた胴へと手を伸ばし、ゆっくりその鋼のような腹筋を撫でる。
「まるで鋼鉄だ。改めて頼もしいと、そう思う」
「よして下せえ。俺ァ一度あの城でお嬢を守れなかった」
「今度はそうはならないだろう?」
「……当然でさ。お嬢は俺たちに戦う術をくれる。なら、それをお守りするのが俺たちの仕事ってやつで」
照れたように頭を掻きながらではあったが、もう片腕でドンと己の胸板を叩くゾフに頷く。ゾフはすぐにクォートラと顔を見合わせていたが、クォートラも私一度見てゆっくりと目を閉じていた。
私は改めて彼らを信用していなかった自分を恥じた。私は勝手だ。本当に人間どもと同じではないか。
彼らはこんなにも私を信用してくれていたのに。レコらの命令不服従があったとはいえ、初めから信用していなかったレコらと同じようにゾフらも信じていなかった私が失態で囚われたというのに。
ならば今度は、私がその信に応えてやる番だ。
私は胸にこみあげてくる感情をなんとか飲み込み、一同を再び整列させると手早くアレハンドロに着せられた衣服を脱ぎ棄て、本来の……魔将軍の衣装を身に纏う。
私は帽子を一度胸に抱き、一同へと小さく「感謝する」と零す。魔族たちは笑みを返し、私もまた笑った。ふとチックベルを見やればふわふわと手を振っていた。
そして私は帽子を深々と被ると、深く息を吐いてから赤い瞳を鋭く光らせる。
刹那に揃えられた軍靴の土を踏みしめる音と共に魔族達は整然と敬礼にて立ち並び、私の帰還を表す様相を為す。彼らが求めるのは侵攻と蹂躙、そして勝利。
ならばそれは、私が与えてやらねばならない。
「皆よく聞け!」
私は腰に手を当て、胸を張って叫ぶ。
「これより我々はルイカーナへの再侵攻をかける! 前回のような姑息な搦手は終いだ! 正面より奴らを叩き潰す!」
宵闇の森の中たいまつに照らされた広場で、幼女の甲高い声が響く。私のその宣言を聞いた魔族たちは、先ほどと打って変わって一斉にどよめいた。
だが、私はそれでも言葉を続ける。
「クォートラ、この場にいない兵はどこにいる」
「は、多くはこの森に築いた陣におります」
「呼び戻せ。戦支度はチックベルから聞いて準備をしていると聞いた」
「しかし姫! 正面からなど……先の戦いで我らは大きな損害を出しました。姫がお戻りになられた今、この短期間で再侵攻など無茶を重ねるようなものです!」
クォートラより反論。弱音ではない。現実的な言葉だ。私の身の心配も含んでいるのだろう。今ならわかる気がするが、クォートラもまた私をいつも案じてくれていたのだろう。
「それに姫、報告が遅れましたが……ルイカーナの兵は謎の武器を使います。あの武器のために我々は……」
「……連中の武器を、私は知っている」
「っ!」
クォートラが、いや魔族全体が驚いた。それだけあの銃によって多く犠牲を出したのだろう。しかし恐れていては前には進めない。元より我々は強行軍。待っていても意味はない。進まねば朽ちる。
そして、進むための道は示す事が出来る。
「あの武器は銃という。弓に比べて優れた武器だ。しかし対抗策……弱点がある」
「なんですと……? それは一体、いやそんなものをどこでお知りに」
「それは今重要じゃあない。確かなのはあの銃は無敵の魔法ではなく、ただの道具に過ぎないという事だ。であれば欠陥などあって然るだろうよ」
クォートラはううむと唸る。
「天の移り気は確かなんだな、チックベル」
「あ~ね~。この分だとあと2か3時間くらいじゃないかなあ」
流し目で見やったチックベルとそんなやり取りをして、魔族たちが首をかしげる中私はにやりと笑う。
「さて、改めて言うぞ。ルイカーナを落とす。そしてアレハンドロの首を取る。不服なものは居るか?」
確認という訳ではないが再度問う。魔族たちは動揺をしていたが、決意が固まるのにそう時間はかからなかった。
「俺ぁ賛成だ。どっちにしろ将軍の命令とあっちゃ逆らう通りはねえ。ましてやられっぱなしは性分じゃねえ。やってくれた分だけ連中に血を流させてやるぜ」
「同意見ですわハイオーガ。奴らにはわたくしのココット様をいじめられましたし? あの街一つでも釣り合わないくらいの煮え湯を飲み込んでいるのですもの」
ゾフとツォーネがそう胸高らかに言えば、魔族たちは口々に咆哮を上げた。血には血を。人間に死を。士気の高さは目に見えて衰えていない。
そんな様子を見てクォートラはぼやいた。
「お前たち……しかし問題はもう一つ。聖弓のヨーンがおります。あれもまた脅威……」
「クォートラ」
「は……」
「笑っているぞ。勇者など恐るるに足らんと言った顔だが?」
ふふんと鼻を鳴らしてクォートラに言ってやれば、クォートラは一瞬驚いたのちにやれやれと溜息を零して苦笑した。まったく、こいつもどうして負けず嫌いか。
戦意はゾフらに劣らぬとも見えた。ヨーンはクォートラに任せると言えば、クォートラは嬉しそうに胸を叩き礼をした。
「必ずや姫に勝利を」
「頼もしい限りだ。それとレコらはどこにいる。死んだのか?」
「あの腑抜けならば魔物用の檻に放り込んでおります」
「そうか」
奴も生きていたか。ならば少しやつにも用がある。
クォートラの案内で魔物たちの檻の場所へ来てみれば、なるほど空いていた檻の中でレコが蹲っていた。レコは私に気づくと、耳をピクリと動かして顔を上げた。
「あんた……無事、だったのか」
「まあな。酷い目には遭ったがね」
苦笑交じりにそういえばレコは震えあがった。仕置きを恐れる子犬のごとき有様に、何とも言えない気分がこみ上げる。
こいつも、あの城でおそらくは私と同じ拷問を受けた。あの薬による拷問を。あの時のこいつの暴走は甚だ許しがたいが、あの経験をしてなお城へ向かう決意を固めたのは誇り高き魔族故か。しかし今は、レコの様子からして闘志は見受けられなかった。クォートラが言った腑抜けの意味を私は理解した。
そんなレコと格子越しに向かい合い、その震える赤い目を見る。レコははじめ私と目を合わせようとしなかったが、恐る恐る私を見た後、急に眼を見開いた。
「あんた、アレハンドロから拷問を受けたのか」
「ああ、わかるのか。やつれたからな。アレは効いたよ」
「信じられねえ……あの薬をあんたみたいな小さな子供が耐えられたなんて……」
「痛みには少々慣れがあってね。それでも大分堪えたが。お前もよくあれを経験して闘志を折らなかったと、そんな姿を見るまでは誉めてやろうと思ってきたんだが……見込み違いだったか」
ため息交じりに言えばレコは顔をそむけた。
折れた牙では使い物にならんか。贖罪の機会という本音と名目を掻き混ぜた理由で、次の作戦に再び駆り出そうと思ったが……これでは。
「この魔獅子が語ってくれた。あんたがどういう生き方をしてきたのか。人間に何をされたのか」
「なに……?」
突然のレコの言葉に私は思わず聞き直してしまう。魔獅子、と言ったか。
私はすぐにレコの檻に隣接する、あの気だるげな魔獅子を見やった。魔獅子は、相変わらず寝そべったまま、私をその穏やかな瞳でじっと見ていた。
「アウタナで囚われていた時から、この魔獅子はあんたをずっと見ていたらしい。あんたが受けた苦しみ……あんたに寄り添ってくれた人間。全部見ていて、この魔獅子はあんたを哀れに思ったと。いつからか見守るようになったと」
私がこいつら同様に檻に入れられ家畜同然の時を過ごしたあの一年。レイメとの思い出。あの一幕を、見ていたと。そして私を哀れに、だと……。お前の胸の内にあるのは私への、人間への憎しみではなかったのか。
まさか……私の苦しみを見届けた者が、私の目の前に再び現れるなど。
「恥を忍んで願い乞う」
レコの言葉にはっとして彼を見る。彼は膝をつき、拳を地につけかしこまった礼の姿勢を取っていた。
「俺を……再び戦場へ……あんたの命令に従わなかったためにあんたがひどい目に遭ったのは分かってる……俺はどこかであんたを信用していなかったんだ。所詮人間だろうって……同族殺しなんざ、できるはずがないって……だが、だが……!」
「もういい」
レコの言葉を私は遮る。はっとして顔を上げたレコは、やはり無礼にもほどがあるかとうつむいた。そんな様子に何を勘違いしているのかと深々とした溜息をしてやる。
「元より私がここへ来たのはお前にも作戦に従事してもらうためだ。あの街にはまだ奴隷が多くいる。次は殲滅戦だ。少しでも戦力は欲しいのでな」
「ッ……! ああ、ああ! 必ず力になる!」
私の言葉を聞いたレコは一瞬の喜びののちに人狼らしい鋭利な顔つきとなって私に傅いた。
私はレコの檻のカギを開け、彼を開放する。すぐ会議を行うから集まるようにと言った私をレコは静止した。何事かと思えばレコは魔獅子の檻も開けるように促してきた。
「彼は誇り高き魔物。草原の王、おおらかなトグーヴァ。あんたの力になる」
「トグーヴァ……こいつの名か」
トグーヴァと言うらしき魔獅子は私に名を呼ばれて目を爛々と輝かせた。そしてのそりと起き上がると、私と彼を隔てる格子に歩み寄り、赤い瞳で私を見た。
魔獅子は魔物の王とも呼ばれる高い知能持つ魔物。それが力となるのならば心強いが、動物園にいるようなライオンですら安全とはいいがたかったのに、そのライオンより二回りも大きい魔物が我らとともに戦うというのか。
しかし、レコの語った通りであるならば彼と私は同じ苦痛を味わった兄妹のようなもの。
私の過去を知る輩であった。
私は覚悟を決めてトグーヴァの檻を開放する。すぐさま思わず後ずさるが、レコの心配いらないという言葉とともにトグーヴァを見た。彼は檻が開くと同時ゆっくりと檻の外へ歩み出て私の前へ。
そして頭を仰々しく下げた後、檻の中に居たのんびりとした様相からは一転して気高き鬣を大きく寄闇の中靡かせ、地に四の足付けた勇壮な姿で立った。
私はその姿に得も言われぬ気高さを感じ取り、同時にひどく懐かしい気持ちとなったのだ。
レコにトグーヴァら魔物達を作戦に使うべく任せ、私はクォートラ達との会議に向かった。
そしてチックベルも作戦に参加することと相成り、合わせての会議を滞りなく終えた。
そして私は、どうしてもしなくてはならない用事を済ませるために足を運んでいた。
私がこの村に滞在中に使用していた小屋へ。
その扉をゆっくり押し開けると……中に居た魔剣士数名と、椅子に腰かけて驚いた顔で私を見ているキエルと目が合った。
「ココット、様……」
「キエル」
私は名を一度呼んでキエルの前まで歩いていく。キエルは急ぎ立ち上がると、おろおろした様子を見せた。その手には、私が送り出したメッセージたる、私の髪を縛り括った花が握られていた。
私は魔剣士たちに最終会議へ参加するように伝えると、見張りの任を解き退室させる。部屋の中には私とキエルのみとなった。
「お前が、そのメッセージを受け取ってくれたと聞いた」
「え、あ……はい」
つたない問答。淡白なやり取り。キエルは恐る恐るといった様子で私と相対し、気まずい沈黙が小屋を包んだ。私もさすがにこいつ相手ではうまく言葉が紡げなかった。だが、小屋に足を踏み入れてこいつの姿を見た時。チックベルからキエルが無事と聞いた時と同じ、安堵を感じてしまったのだ。
そのむずがゆい気持ちを押し殺すように私はぷいと顔を背け。
「……礼を言う」
そう、小さい声で言った。
すぐにキエルがきょとんとした顔で私を見ているのが分かったから、私はぎろりとキエルを睨んだ。
「る、ルクを殺した時の礼と同じようなものだ! 真に受けるな! 使用人が主のために動くのは当然だ! それに私が帰ったという事はまた人間が死ぬんだ! 黙っていないで嫌味の一つでも言ってみろ!」
そう早口で怒鳴るが、キエルはぽかんとするばかり。私は思わず早足で踵を返し小屋を後にしてしまった。
何をしているんだ私は! ガラにもない……やはり疲れで頭がおかしくなっている。キエルに礼を言うだけでここまで苦労するなどと……!
私は自分を責め苛む。何を血迷ったのか、と。魔族たちに礼を言うのと勝手が違いすぎる。とはいえ私の救出の功績はキエルにあるとすれば、礼を言わないのはプライドにかかわるとして足を運んだのだが、なぜ奴なんぞに対してこんなに気を揉んでいるんだ、私は!
心の中で叫び、そして何故か紅潮して熱くなった顔に手を当て駆け出したせいで背後で私を見送るキエルが小さく零した言葉は聞き取れなかった。
「よかった……生きていてくれて」




