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#7 悪意の産声

 



 なんだこれは。なんなのだ一体。


 魔族の男に連れられた私は、豪奢な広間に居た。


 そして視線の先には、豪奢な広間にふさわしいこれまた高そうな椅子に腰かけ、テーブルに広がる書物にペンを走らせる男がいた。


 あの男からは、私を運んだ魔族よりも数段上の尋常ではないオーラが醸されている。


 私の隣に立つ男は、その椅子に腰かける男へお辞儀をした。



「戻りましてございます、魔王様」



 魔王、魔王といったか。


 確かにあのただならぬ気配は並ではないが、私は今魔王と対面しているというのか。


 魔族の王。名前さえ不明でありその力は圧倒的とされる、人類と長年戦争状態にある敵の親玉ということだ。私はとんでもない相手の前に連れて来られたらしい。


 黒く長い髪、私を連れてきた男の装束と似た装いだが装飾の多い衣装、切れ長の瞳と、赤い瞳。若く見えるが、年齢は外見からでは判断できないだろう。魔族はかなり長命だと聞いている。


 ごくりと唾を飲んでいると、魔王が書物に走らせるペンの動きを止め、視線を上にあげた。



「戻ったか、エルクーロ」


「はっ」


「貴様自ら視察に出向いた甲斐はあったか?」



 私を連れてきた魔族の男……エルクーロは改めて深くお辞儀をした後に語る。



「あの人族の街アウタナ、城塞都市の名は伊達ではありません。堆き忌々しい壁に囲まれ落とすに難く。しかして住人達は宴にて気を抜いている様子。攻めるなら今かと」


「ふむ」



 魔王は顎に指をやり思案する。エルクーロは一礼して口を閉じる。報告を終えたという事か。


 話に聞くにこのエルクーロという魔族はなかなか位が高い様子だ。こうして直接魔王に報告をする立場。そんな者がなぜ自らあんな場所にいたかは今だよくわからないが、どうやら視察に来ていたらしい。


 そして、視察の内容は私の育った忌々しきアウタナを、攻め落とすとかなんとか……。



「それで」



 と、魔王が身を乗り出した。思案していた私はその動きで魔王を見る。魔王と、目が合った。そう、魔王は私を見ていた。


 体が硬直する。手足が痺れる様な感覚。蛇に見込まれた蛙というのはこのような状態を指すのだろう。


 怯える私の体を下から上まで眺めた魔王は興味深そうに口を開く。



「ふむ、白く雪のような髪……そして我々魔族と同じ赤き瞳……話には聞いていたが、稀に生まれるヒトの変異種だと」


「は、稀に生まれ、ヒトの間では悪魔の相として忌み嫌われる容姿の者です」


「その子供を持ち帰ったのは……何故だ? お前はヒトを食うのは好きではなかった筈だが……私への供物のつもりか?」



 私はその言葉にぎょっとしてエルクーロを見る。まさか、私を食うために連れてきたというのか。話が違う。私は……!



「いえ、そうではございません」


「であればなんだ? 私は価値ある者は尊重するがそうでない者、それもヒトなど……まるで用はないのだが」



 魔王の目には殺気が籠っている。私はひっ、と小さく声を出し、エルクーロを見やる。


 しかしエルクーロは私を見ずにじっと魔王に視線を向けていた。そういう事か。私の安全は保障しないと。


 私は理解した。エルクーロの真意。つまり魔王もこう言っている。価値を示してみろと。すべては私次第というわけか。


 しかしどうする。私は幼い体だし、魔族が喜ぶようなことなど知らない。前世の知識だろうが役に立つとは思えない。別段物知りでもなんでもないただの社畜だったのだから。


 だがここで止まっては待つのは死だろう。それはよくない。レイメに言われたのだ。何としても生きる。


 私はレイメの聖石を握りしめると必死に案を巡らす。どうすればいい、何を求める。


 どうすれば眼前のこの圧倒的な存在の興味を惹ける。


 私はぐるぐると思案した。ものの数秒程の沈黙。私はそれが永遠にも感じられた。




 しかしてふと、私は……ちょうどいい案を思いついた。


 ああ、そうか。そうすればいいんだ。


 なんだ、簡単じゃないか。そうか、それなら一石二鳥だ。方法はともかく案としては最善だ。



「……ひとつ、ございます」



 私は魔王にそう言った。


 魔王はほう、と言って腕を組み、私の言葉を待った。



「あの街を……アウタナの街を、落として御覧に入れましょう」



 その私の言葉に魔王はにやりと笑って鼻を鳴らした。エルクーロもそこで初めて私を見て少し驚いたような顔をしている。


 だが、これが一番いい。うまくいけば、私にもメリットがある。すなわち、あのクソッタレなアウタナの連中に眼にもの見せてやる。


 それが私の復讐だ。生きよと言われたが、何もせずのうのうと生きてなどいられない。どうせならレイメの分まで成り上がり、幸せになる。その障害は全て敵だ。


 そのためにも、魔族に取り入る必要がある。だからアウタナの連中にはその手土産として犠牲になってもらう。



「私ならばあの街を確実に落とせます。詳しくは追ってお話致しますが、あの街とて鉄壁というわけではございません」



 問題はこの提案が受け入れられるか、だが。根拠なくしては信用はされまい。最も、私にはあの街を落とせる確信がある。伊達に出身した街であり、その領主たる貴族屋敷に居た訳ではない。


 ああ、そうか。私は無意識にあの街の弱み、付け入る隙、どうすれば奴らが不幸になるかを日頃から考えていたというのか。死んだと思っていた心の無意識は、奴らの破滅を望んでいたのだ。ああまったく私の心も薄汚いものだ。そしてそれが叶うとすれば、僥倖と呼ばずして何と言おう。



「笑っておるのか」



 魔王の言葉に私は思案を切り上げはっとして自分の口に手を当てる。私の口角は吊り上がっていた。


 しまった……! 慌ててぐいぐいと頬を押し、魔王の前でする表情ではないと真顔に戻す。魔王に取り入るということは、上司になるようなもの。生殺与奪さえ握った組織のトップ。いわば会社でいう社長。


 無礼な態度は慎まねばならない。


 しくじったかと思ったが魔王は目を細めて笑っていた。



「そうか、そうか。憎いのか、ヒトが」



 その言葉にはっとする。憎いか?憎くないわけがない。


 返答にどうしたものかと思ったが、魔王の私を見透かすような瞳に余計な取り繕いなど不要だろう。私は胸にこみあげてくる怒りのままに、憎悪を言葉にすることに決めた。



「……憎い、です。憎くてたまらない。あの街の奴らも、そんなものを生んだファルトマーレも! 神すらも憎い! 私にどうかやらせてください! その為ならば私は……」



 私は一度言葉を切り、深く深呼吸した後、魔王に向かって言った。



「……喜んで人を辞めましょう」



 それを聞いた魔王は、一度少しだけ目を大きく開けた後に、すぐ大口を開けて大笑いした。


 私には見えなかったが、エルクーロがそれを見てたいそう驚いた顔をしており、そして同時に、私を見て冷や汗を流していた。



「ハハハハ! 気に入った。その幼い身にそれほどの憎悪。そして子供らしからぬ態度と胆力を気に入った。いいだろう。エルクーロよ。この人間をお前の軍に加えよ。そしてアウタナを落とさせるのだ」


「しかし魔王様」


「よいだろうエルクーロ。見ものではないか。どうせ失敗すれば価値なきものとしてオークにでも食わせよう。奴らはヒトが好きだからな」



 私はぞっとしつつも毅然たる態度を貫く。


 失敗すれば命はない。そういうことだろう。予想はしていたが言葉にされるとやはり恐ろしい。だがやって見せる。私の生存と復讐のため。



「貴様、名前は?」


「は……ココットと申します」



 私はエルクーロのお辞儀を見様見真似しつつ名乗る。エルクーロが驚いた顔をまたしても向けていた。


 魔王はその姿勢に気をよくしたか、深く椅子に腰かけながら言った。



「ココット。貴様を我が魔王軍に迎え入れよう。そして同時に、将軍の階級を一時的に与えよう」


「なっ……」



 エルクーロが声を上げるほど驚いた。こんな子供に、それも人間に魔族の軍内で将軍階級を与えるなどとは正気ではないことは私にも理解できた。


 だからこそ、これはチャンスであり、脱しなければ命はない窮地でもある。与えられた軍勢は私の手駒であり、同時に監視だ。うまくやらねば即座に私はその軍勢に嬲り殺されるのだろう。魔王は私に与えたようでいて、私から奪ったのだ。この魔王という者は実に不可思議な人物でありながら、狡猾のようだ。全く予測できない。


 私は額に汗を浮かべながらありがとうございますとだけ言った。



「エルクーロ、この者の世話は任せたぞ。食事と衣装を与えてやれ」


「ははっ……」



 エルクーロは微妙な表情のまま首を垂れる。



「そしてココット。アウタナ落としは近々行うつもりでいたが……如何にする?」



 私は魔王に面と向かい、その赤い目を見て言う。



「は、アウタナ落としは、この後すぐにでも……夜明け前、闇夜の中で決行したく」



 作戦も段取りも決まっている。魔族についてはいくらか勉強もした。


 アウタナの騎士団の連中はその強固な城壁を過信している。そしてその城壁は強固だが、これまでの魔族の進撃も有効とは言えない作戦だったのだろう。


 だとすれば、必要な手駒が揃いさえすれば。



「……つきましては必要な手勢として、いくらか魔族の手練れをお貸しいただきたい。さすれば必ずやあの街を火の海に沈めて御覧に入れます」



 魔王は頷いた。許可が出たということだ。見世物のように思っているのかもしれない。


 成功すればよし。失敗しても私が死ぬだけで良し、くらいに思われているのだろう。だが、死ぬ気はない。なんにせよ、この場の許可を得られたのが重要だ。


 私は死なない。何としてもだ。


 ひと先ずは切り抜けた。後は……あの街のクソ共に復讐を。




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