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#66 悪魔達の檻

 




 私は今日も、ルイカーナの城にある庭園で、ただただ空を見ている。


 いや、それは誤りだ。空を見ながら、時折相手をしてやっている。


 言う間にも花畑に座る私の頭に何かが載せられた。はっとして振り返れば笑うミオの顔が視界に映った。頭に手をやれば草冠が添えられていた。


 私はふうと一息ついて得意げな顔のミオの頭を撫でてやる。ミオは猫のようにまどろんだ顔でくしゃくしゃと髪を撫でられる感覚に身を任せていた。


 少しして、食事を取る際にもミオが手掴みで食べないよう食器の使い方を苦労して教えた。その過程で食事の半分は花畑に撒かれた。


 今は食休みとばかりに花畑に寝そべり、再び空を眺めている。


 何をやっているんだろうな、私は。



 こうして毎日毎日ミオの世話という名の遊び相手を任されながら、なにも無い日々を過ごしている。


 アレハンドロはあの日からは私に接触してくることはほぼない。何を企んでいるのか、私とミオの食事だけを持ってくると、用事があると言ってどこかへ消える。


 不気味極まりないのは確かだ。どういう意図があって私をこのような扱いにしているのか。ミオのように私を飼うつもりというのならば無駄だと切って捨ててやりたいが、現状として何も打つ手がない以上腹の中で抱えておくしかない。



 そして、日々は過ぎる。


 ……あれから、何日経っただろうか。私が囚われてから。



 今日も私はミオの世話をしている。しかしいつもとは趣が違った。


 私は忌々し気に監視を睨む。


 花畑の中央で遊ぶミオを離れた位置で眺める私の後ろ。ぴったりと背後に、シアがいるのだ。


 シアは何をするでもなく、ただ私とミオを見て佇んでいる。妙な動きはここ数日見せていない筈だが、どうしたものか。


 時刻が昼を過ぎようという頃合い、今日も魔族の動きはないらしい。仄かに救助を期待している私なわけだから、なにも無いという事で寂しさは募った。


 ルイカーナの街は連日お祭り騒ぎで、声や花火の音は庭園まで聞こえてくる。


 うんざりだ。いつまでこんな状況が続くのか。


 あまりにうんざりとしすぎて、私は自棄にでもなったかシアに話しかけた。



「お前、シアと言ったな」



 シアは私の声に反応して、私の目を見て頷いた。



「お前は私の監視か? それともミオの世話をしに来たのか?」



 私の問いに、シアは一瞬ミオを見て、答えた。



「ミオはぼくとははなさない」


「なぜだ?」


「ちのにおいがきらいなんだ。だからミオはぼくがきらいなんだ」



 そう語るシアは少し寂しげに見えた。ミオとは友達じゃないのかと問えば、小さく違うと返ってきた。血の匂い、か。私にはわからないが、始末屋のような仕事をしているシアは確かに血に染まっているのだろう。だが、だとしたら私もそうだ。


 アウタナの連中。フリクテラの……キエルの父セグンも。そしてルクらシンの村の人々。私によってみな死んだ。


 そこに何の違いがあろうか。私自身が手を汚していないから、などとは楽観か。汚いだろうか。部下に殺せと命じるだけなのは。


 シアとの問答で私は自分自身の行いを振り返った。後悔はない。することなど無意味だからだ。しかしそんな私の様子に、シアが突然動き、私の目の前にやってくると、花畑に腰を落とす私と目線を合わせてきた。


 攻撃の意思はないように見受けられたので私も特段構えず、刺激せずの姿勢でいると、シアが言う。



「きみはぼくをこわがらない。きらわない?」


「ん……」



 シアの問いには少し面食らった。だが、答えるとすれば……大っ嫌いだ。と、言ってやりたかったがぐっとこらえ口を噤んだ。


 何か期待するような眼でじっと私を見るシアの眼から私は顔をそらし、そっぽを向く。


 それでもシアは待っているらしかった。



「……好き嫌いの前に、私はお前を知らない。知らないものを好きにも嫌いにもなりようがない」



 無難な言葉を選んで煙に巻こうと考えた私のその言葉に、シアは目を輝かせた。そして、とてもうれしそうな表情で私の手を取った。


 そして無理やり立ち上がらせると、困惑する私の手をぶんぶんと振ったのだ。



「なっ、何を!」


「じゃあ、じゃあおしえてあげる! しってくれればぼくをすきになってくれる! なにからはなそうかな、ぼくのおしごと? それとも……」


「ま、待て! 落ち着けおい! 落ち着け! うわわっ」



 私の手を掴んだまま捲し立てるように語り、そのまま回り始めたシアによって私も否応なしにメリーゴーランドめいてぐるぐると回る。時折たたらを踏み転びかけながらも。


 ふと目まぐるしく回転する視界の隅に此方を見て首をかしげているミオが映った。


 そして……歌声が響いた。



 ミオが歌い始めたのだ。


 同時に、シアが突然動きを止める。私は遠心力のままに吹っ飛ばされそうになり、シアに手を引かれ抱き寄せられるようにして支えられた。


 シアの胸の中で縮こまりながら文句の一つも言ってやろうとシアを見上げた途端、口を塞がれた。



「しっ」



 私を見ず、ミオを見たままシアは手に持ったナイフを自らの唇に添えて静かに、とジェスチャーをして見せた。



「うたをじゃましないで。きみもころさなきゃならなくなる」



 そうとだけ言ったシアは、私を開放するとナイフを手に持ったまま音もなくどこかへ消えていった。


 私は、ミオの歌声の最中、シアが去ったであろう方角をしばらく見つめていた。










 そして、再び日が過ぎて。


 その日、ミオは私がたまたま掌に載せて眺めていたレイメの聖石に興味を抱いた。


 私は私の手のひらへ落ちた影で、座る私を見下ろすミオに気づいた。



「……なんだ」


「きれい……それに、あったかあい」



 ミオは歯を見せてにいっと笑い、レイメの聖石を眺めていた。私は反射的に聖石をポケットに戻そうとしながら後ずさる。するとミオが露骨に泣きそうな顔になったので、仕方なく少しだけ掌の上に乗せたままとした。



「あー……」



 ミオと私はしばらくそうしてレイメの聖石を眺めていた。



「あー、あー……おもいついた……いいこと」



 突然ミオはそう言いながらもぞもぞと草花をむしり始めた。


 何事かと見ていると平手を突き出された。



「すこし……かーして」



 何を、と思ったがレイメの聖石を貸せと言っているのだと分かった。そんなことできるか。


 見せるだけならと思っただけだ。渡すなどとんでもない。


 そう思い後ろ手に隠そうと思ったのだが、渋った様子にしびれを切らしたかミオが私に覆いかぶさって来た。



「なにを……うわっ、やめ……おい!」


「とった……」



 ミオは無理やり私の手の平からレイメを奪い取った。私は一気に目の前が真っ赤になるほど頭に血が上るのが分かった。



「お前ッ! 返せ!」



 レイメを奪い取って私に背を向けなにかもぞもぞとやっているミオに、急ぎ立ち上がった私は襲い掛かろうとする。


 が、飛び掛かる寸前にミオが私を振り向き、また手を出してきた。


 反射的に足を止めた私に差し出されたのは……ツタでできた籠に縛られ、ネックレスのようになった聖石だった。



「ん……」



 何がしたいんだこいつはと混乱し、狼狽する。



「おとしたら……かなしいから……だいじなもの……」



 ミオは聖石が裸のままではいつかなくしてしまうのではないかと思い、首にかけられるネックレスを誂えた。私がネックレスを受け取り、ミオと交互に目をやって呆けていると、ミオはにへらと笑う。


 早く着けろとでも言わんばかりの様子に気圧され、私は心のどこかで理にも適っていると思ってしまったが故に、恐る恐るレイメのネックレスを首からかけた。


 胸に輝く赤紫色のネックレス。ツタは細さの割にはしっかりとした造りで、丈夫と感じた。確かにこれなら……ポケットに忍ばせておくよりかは肌身離さずにいられる。レイメの聖石を加工するという発想自体ありえないものだと思っていたから考えもしなかった。



「ああ、ありが、とう……?」



 私が零した感謝の言葉にミオはぱあっと笑い、立ち上がって花畑を笑いながら駆け始めた。


 本当に、よくわからないやつだ。だが、だからこそなんだか痛ましい、そう思い始めていた。全身の包帯、近づいたときにずれた包帯の隙間から覗いたあれは……。



「フフ、優しい子だ。可愛らしくてたまらない」



 突然の背後からの声。私は表情険しく振り返りながら言う。



「だから鎖でここに閉じ込めるのか」



 アレハンドロは庭園に吹く風に金髪を揺らしながらやれやれといった風に顎に指をあてていた。


 そのまま怪訝な顔を崩さず睨む私を気にした様子もなく私の隣まで歩いてくると、駆けまわり花を摘んでは空へと舞い上がらせ花吹雪を作り遊ぶミオを眺めて笑った。


 つられて私もそんなミオを見た。ミオの首にはめられた首輪。そこから延びる鎖は、庭園の花畑中央に撃ち込まれた杭に繋がっていた。まるで、家畜の有様だった。そのうえ、あの包帯。無垢に笑う彼女を見て、私はほんのりと苦い気持ちとなる。



「ミオの包帯が気になるかい?」


「っ」



 アレハンドロの言葉にはっとして奴の顔を見る。


 風を頬に受け花吹雪舞う中、アレハンドロはミオを見ながら言った。



「ミオは調教するのに手こずってね。心を一度壊して再教育しようと思ったんだけど、その過程で結構傷跡が残ってしまって。醜いから覆い隠しているんだよ」


「なっ……」


「シアのように赤子の頃から僕色に育てられれば手がかからなかったなと思うよ。だけど苦労に見合う作品に仕上がった。聞いただろう? 彼女の歌声を。醜くおぞましい存在から紡がれる天上の歌声だ」



 アレハンドロのうっとりとした表情に私は眉間にしわを寄せた。こいつの言う話では、どこかから攫ったミオを拷問にでもかけて、今のような心を壊した様にしたという。あの包帯の下の生傷は、その時のだと……あの全身の傷がか。


 こいつは狂っている。ミオを見染めた理由はただあの歌声だと。彼女の母から教わったという歌を気に入ったから、その母を殺し攫った。そして、こいつの歪んだ性癖はただの歌声ではなくそれ以外がずたずたに壊れた者が紡ぐ歌を望んだ。


 アレハンドロから視線を外し、もう一度ミオを見る。やはり彼女は、楽しそうに笑っていた。


 話に聞くに、彼女は母に愛されていたのだ。悪魔の相を持ちながら! それでも信じてくれた稀有な母と過ごしていたのに、アレハンドロに奪われたのだ。


 ……私と、同じだ。



「君は今まで凄惨な人生を送ってきたんだろう。目を見ればわかるよ。その赤い目をね」



 唐突にアレハンドロが私に語り掛ける。



「誰も信用せずに利用しようとする目だ。子供の目じゃない。薄汚い大人たちと同じ目をしている。魔族の将軍に身を落とす人間の幼子ともなれば、正常な心持ではいられまい」


「何を」


「その赤い瞳の奥にある闇……僕なら払ってあげられる」



 アレハンドロは笑う。いつの間にか私の正面に立った奴は、腰を落とし私のあごに指を当て、くいと持ち上げた。


 抵抗、できなかった。翡翠色の瞳から目が離せない。こいつの目の奥にあるのは、なんだ。



「望み通りの財をあげよう。望み通りの待遇をあげよう。安全も、安心も、だ。魔に身を落とす必要はもうない」



 こいつの目の奥にあるのは、どろどろとした……。



「その代わり、君は僕のものになる」


「っく」



 肩がすくんだ。いつの間にか背後にいたシアに肩を掴まれていた。軽い力ではない。痛みすら感じる。


 アレハンドロが私のあごから指を離し、私はシアを恐る恐る見れば、彼は少し悲しそうな眼をしていた。



「ようやく準備が整ったんだ。もっとも、君が二つ返事で了承をしてくれれば必要はなくなるが……」


「シア、痛い……準備……? 何のことだ」


「君のための部屋さ。君が生まれ変わるための部屋だ。今の君は歪みすぎている。そのままでも好きだが、きっと君は僕に靡かないだろう」


「本性を現したか変態め……だれが貴様なんぞのモノになるか!」



 肩を掴まれる痛みに顔をしかめながらも、アレハンドロに叫ぶ。するとアレハンドロは心底嬉しそうに私に顔を近づけた。


 反射的に体をそらし距離を取ろうとするが、シアがそれを許さない。


 眼前に迫るアレハンドロの顔。それは先ほどまでの端正なものではなく、酷く歪んだ狂喜に満ち満ちていた。



「そうでなくては意味がない。やはり君は最高の素材だ。欲しい、君がぜひ欲しいよ。ふふ、はははは、ははははッ!」


「このッ、離せ! シア! くそぉっ!」


「シア、あの部屋へ彼女を連れていけ。すぐに始めよう」


「はい」



 まずい。嫌な予感がする。このままいくとろくでもないことになる予感がするのだ。


 兎に角このまま連れられるのはまずい。しかしシアの恐ろしい力で引っ張られ抵抗ができない。それでもなんとかもがく私を、楽しそうにアレハンドロは見るのだ。



「離せぇええぇ!」



 私は叫びながら、アレハンドロに連行された。


 そんな様と私の悲鳴を、ミオは首をかしげて眺めていたのだった。



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