#64 理解不能
戦力差は圧倒的。物量VS質で成り立っていた戦場は均衡を崩されたのだろう。未だ発砲音は続いている。あの武器の事は魔族たちは知るまい。故に打撃は相当だろう。
私は、私のいないところで部下が失われているであろう事に、ひどい無力感を味わった。私は、何を勘違いしていたのか。戦いができるなどと思い上がっていた。アウタナとフリクテラを落とせたのは、相手の慢心に付け入る隙があったからだ。付け入れる内情を知っていたからだ。故にルイカーナも慢心を突けば勝てると踏んだ。しかし、慢心の理由は……知らないままだったのだ。
私がいない以上撤退の判断を彼らが下せるかわからない。未知の武器に対してすら種の誇りをもって挑み、討ち死にしてしまうかもしれない。
……そうなっては私の今後にも響く。
俯く私を見たアレハンドロは苦笑した後、椅子から立ち上がり窓辺へと歩いた。そして話を変えた。
「この街は見たかい?」
「……一応。気味の悪い連中だ」
「ご明察。楽しそうにしていただろう? 欲の限りを尽くすと人はああなる。怒りも、悲しみも、恐怖も無い。それだけ聞けば素晴らしいだろう。今でも外では戦闘が続いているだろうが、そんな事はどうでもいい事だろうね、彼らには」
「何が連中をそうさせる? 自信か? お前の手勢……黒紫騎士団だったか。そして、銃……あれが我が部下を退けられると?」
眉根を寄せてそう言ってやればアレハンドロは小さく笑って指を横にチッチッと振った。むかつく。
アレハンドロは住民たちがああして楽観しているのは魔族に勝てると思っているからではないと語った。
「言っただろう。欲だよ欲。そしてその欲を満たせる財。それがあれば人間は並大抵のことは些事として流せる」
「はあ」
「この街は僕が育てた」
どこかで聞いたようなフレーズを語りだしたアレハンドロに何事かと目を向ける。アレハンドロは窓の外の庭園を眺めながら言葉を続けた。
「この街の連中はほとんどは平民の出だ。それを育てた。近隣の貧しい村や他所の街からあぶれた者達を呼び込み、突然富を与える。するとはじめは慣れないので彼らは困惑し恐る恐る必要最低限のものを買い、得る」
語り始めたアレハンドロを後目に私は震える手で紅茶に砂糖のブロックを6個投入し、混ぜる。甘いもので気持ちを落ち着けなければならないと判断した。アレハンドロに相対している以上動揺を見せるのはよくない。会話もできれば避けたい。内心穏やかでないのが露呈してしまう。もちろん、勝手に喋ってくれる分にはいい。情報は得たいから。
だが奴が語ったのは私の理解を越えたものだった。
「だがある時彼らは気づく。もっといいものを手に入れる事が出来るのではないか、と。周囲には既に富に溺れ欲に生きる者たちが裕福を貪っている。それを見ればだんだんと貧民だったものたちの意識も変化していく」
アレハンドロは私を振り向き、笑う。両手を広げ、窓を背にして私を見下ろしている。
「今まで手が届かないとおもっていた裕福、眺めるだけだった贅沢。しかしいざ自分の両手を見れば、それらを手に入れられるだけの財がある。そして一度手に入れてしまえばあとは転がり落ちるように贅沢の沼に沈み欲望で肥え太っていく。私はそんな堕落する様を見るのが好きなんだ」
「……そんな事の為に周辺の村から人を囲っていたのか?」
シンの村のような周辺の村々から人を囲い入れていた理由が分かった。こいつは貧民の堕落していく姿を見る為だけに迎え入れているという。銃など作れるだけの技術や、財力を誇示し、そこまで他人を卑下し自分の優位性でも感じたいのか……いや、違う。こいつの言葉から感じ取れる真意は違う。こいつは本気でそんな堕落した連中を愛しているのだ。
「私は醜いものが好きだ。人間の醜さが好きなんだ。とても美しい」
「変態め」
私は吐き捨てた。
しかしアレハンドロは構わずににっこり笑ったまま私の隣へとやって来た。反射的に身構える。
「君達、けっこう殺しただろう。それでも歌が響く間はだれも動いたり逃げようとしたりしなかったはずだ。なんでだと思う?」
知ったことか。お前たちの事等まるで分らない。欲だけで死を恐れなくなる理由など、まるで不明だ。
無言を貫く私に、アレハンドロは大手を振って笑って言った。
「彼らはね。自分の周りで誰かが死んだら”ああ、あいつはツイてないな。自分はなんてツイているんだろう!”と考えるのさ。自分たちが窮地に陥っていたとしても、乗り越えてしまえば自分の運に酔いしれられる。だから彼らは危機すら楽しんでいる」
「狂ってる」
「だろう? それがいい」
「だがそうしたのもお前なんだろ。歌がどうのと連中は言っていた」
「ああ。この城では彼らにあらん限りの贅沢をさせて育てている。その中で一つだけルールを設けた。彼女の歌の邪魔をしてはいけない、とね」
彼女……歌の主だろう。どこにいるかは知らんが、それもこいつの美術品の一つという訳だろうか。歌を邪魔すれば即座にシアが仕留めに来る、といった具合だろうか。余程入れ込んでいるようだ。貴族の趣味は理解しかねる。
と、アレハンドロが私の肩に手を置いてきた。反射で飛びのいてしまい派手な音を立てて椅子から転げ落ちる羽目になった。腰を打った痛みで呻いているとシアが目の前におり、手を差し伸べて来た。
「だいじょうぶ?」
「私に……触るな」
私は差し伸べられた手を払いのけ、よろよろと立ち上がる。我が部下を斬ってくれた敵の手など借りてたまるか。シアは私に手を払われても別段気にした様子もないが、首をかしげている。何故私が手を払ったのか理解できないと言った顔で。そんなやつに部下を斬られたのか、私は。そう思えば悔しさすら感じられた。
私は自らの迂闊と正直な所慢心もあった部分の反省と、同じだけの苛立ちをぶつけるようにアレハンドロにもにらみを利かせる。
「お前もだ、アレハンドロ。私に触るな。お前のものになった覚えはない。いっそ捕虜なら捕虜として扱ってもらいたいものだ……な?」
と。
アレハンドロを睨んでいたが故に目に入った。やれやれと首をふるアレハンドロ……の背後。
窓に何かが張り付いている。
庭園の草をかき分けるようにして身を乗り出したらしいそれは両手を窓につけて私を見ていた。
「……少し驚いた。もう一人いたのか」
窓ガラスにべっとり張り付いて私を見ているのは少女。全身包帯ぐるぐる巻きの異様な様相で、白く長い髪と赤い瞳を持つ、悪魔の相を持った少女だった。
私の様子にアレハンドロが振り返ると、忘れていたとでも言わんばかりの様子で慌て始めた。
「おっとすまない。ごはんがまだだったね。すぐ用意しよう」
アレハンドロは窓ガラス越しに少女の手と自身の手を重ねて笑った。
ごはんという単語にでも反応したようなそぶりの少女は、しばし私を見たのち、再び草をかき分けて消えてしまった。
「ああ、行ってしまった。気まぐれで困るよ。おっと、紹介が遅れたね。彼女はミオ。僕の可愛い歌姫さ」
彼女が、あの歌の主か。やはりと言うべきか悪魔の相を持っていた。シアと同じように私よりもいくらか年上に見えたが、挙動に不審なものがあった。私を見てはいたが、それでいてどこか空虚な瞳だった。
と、ぽうっと彼女の消えた草むらを眺めていた私の目の前に、何かが付きだされた。
それは、食事のように見えた。
「丁度いい。君が持って行ってやってくれないか?」




