#5 負われ、追われ、終われ
私は水を汲み、レイメは身体を売り。
何とかそうして生きていたが、終わりというものは存外早く訪れた。
魔族との戦いが激化したために、民衆の景気づけに悪魔の相を持つ子を晒上げたのだ。
私は兵士たちに捕まり、都市の中央広場へと連れていかれた。一切の抵抗はしなかった。
レイメが仕事中の出来事だった。
広場に組み上げられた舞台の上には、私のほかに2人の子供がいた。女が1人、男が1人。
皆年の頃は16から18といった所で、並んでみれば最年少の私は小柄さが際立つ。そして全員が、雪のような白い髪と血のような赤い瞳をしていた。
足を縄で縛られ、逃げられない様にされた。少年はいまだ抵抗し、少女は未だ自分たちは悪魔じゃないと訴えていた。
そんな私たちを見に広場には民衆が集い、ひときわ高い位置からはアウタナ伯達が私たちを見ていた。
私は虚ろな目でアウタナ伯を見上げ、その目をじっと見つめていた。
アウタナ伯は私を見て一瞬だけ、ばつが悪そうな顔をしていたが、同情ではあるまい。レイメの娘たる私であるから後ろめたさはあるのかもしれないが、何方かと言えば自らの汚点を見るような眼だ。全てを損得で見る目だ。
夫人と弟は私を嘲るように眺めていた。弟などは、私を指さしている。
私と目が合った弟は、幼い顔に似つかわしくない下劣な笑みと目線を私にくれた。ゴミを見てあざ笑うような、そんな視線だった。
やがて駐在騎士団長による魔王軍に対する徹底抗戦の意が述べられ、同時にメインイベントたる悪魔の子である私たちを嬲るショーが始まった。
「魔族など、我ら騎士団とこのアウタナの城壁があれば恐れるに足らず! かつて10年に渡り幾度も魔族どもは押し寄せてきた! だが! 短絡的で無能! 戦略や戦術もない愚かな魔族どもの悉くを我々は返り打ちにしてきた!」
事実だ。
アウタナの街を囲う城壁は、これまで幾度か受けた魔族の攻撃を全て防いだ。
「これも全て我ら人間の力である! 住民たちよ! 憎き魔族を打ち倒すべく振るい立て! 悪魔の子らを手ずから裁くがいい!」
騎士団長の声を皮切りに私たちに住民の目が一斉に向いた。
ああ、そういう趣向か。
罵声は口々に浴びせられ、石や卵、果物が雑多に投げつけられた。戦時中だというのに贅沢なことだ。こんな公開ショーなど、前世ではフィクションか歴史の教科書でしか見たことがない。
私の側頭部にトマトが命中し、弾けた果実から血のような赤い果汁が滴り、長く白い髪を染めた。
やがて罵声も激しさを増し、まるで本物の魔族を相手にでもしているかのような殺意を肌で感じた。
民衆は自分たちでは戦えない。だから、自分たちより弱い存在を悪魔と蔑み魔族に見立てて攻撃する。
(醜いなぁ、人間は)
ゴッという鈍い音がした。
隣を見れば、懸命に自分たちは悪魔じゃなくて人間だと訴えていた少女がうつ伏せに倒れこんだ瞬間だった。
その頭からはどくどくと赤い血がとめどなく流れており、足元には拳大の石が転がっていた。その石の角には血がついていたから、これが少女の頭に命中したという事はすぐわかった。当たり所が悪かったのだろう。少女はもう動くことはなかった。
子供を殺したというのに民衆はまるで獲物を仕留めたかのように歓声を上げた。アウタナ伯たちも満足げに頷いている。
少しだけ残念そうに見えるのは、私が死ななかったからだろう。貴族家の汚点たる私を公的に始末できるのだから、彼らは私の脳天が投石で砕かれるのを待ち望んでいるだろうな。
(それも、構わないか)
私はうつろな瞳で先ほど死んだ少女を見やる。白い髪から止めどなく血が溢れ、見開かれたままの瞳が私を見ていた。
悲しみと怒りと、なぜ自分たちがこんな目にと訴える瞳は、私を咎めるようなものに感じた。
アナタハ、アキラメテイルノ? と。
(……そんな目で見ないでくれ)
私には、何もできない。
私は彼女が死んだと認識した時も、心には何の変化もなかった。
この12年という年数は、前世でも大した自意識なく生きていた私の心を磨り潰すには十分だった。
全身に石や果物を投げつけられながらも叫んだり、泣いたりする他の二人は正常だ。生きようとしている。
私とは、違う。
死んだ少女の頭からあふれた血が、私の足元にまで広がって来た。
赤い血に映り込む私の顔は、どこまでも虚ろで、生気がなかった。
と、少年が叫び声をあげた。
見れば騎士が数人で少年の細い体に暴行していた。いい加減少年の態度が面白くなくなり、騎士たち手ずからの折檻に移ったらしい。暴れる少年を囲み、殴る、蹴る。少年が血を吐いても終わらない。
少年は絞り出すような悲鳴を上げ続けた。
そんな悲鳴をバックに、騎士団長は高らかに高説を述べている。
と、騎士の一人が、暴れる少年の首根っこを掴むと、背後からその胸を剣で刺し貫いた。
そのまま騎士は少年を串刺したままの剣を頭上に掲げ、雄叫びを上げる。魔物を討ち取ったという体のデモンストレーションということか。民衆は歓声を上げる。
少年が雑多に壇上に転がされる。
壇上に立つのは私だけになった。
どうせなら楽にして欲しい。あんなふうになるのはごめんだ。そういう意味では、足元で亡骸となった最初の少女は幸運だったのかもしれない。いや、流石に思慮無き考えか。
私の番だろうか。騎士が剣を抜いて私に歩み寄る。
一思いに首でも刎ねてくれ。早くこの地獄のような第二の生を終わらせてくれ。
そう思っていた時、群衆の中をかき分けて誰かが此方に急ぎ駆け寄ってくるのが見えた。
「……レイメさん」
レイメは人を押しのけ、決死の表情で壇上に駆けあがると、騎士から私を庇うように抱きしめてくれた。
彼女の体からは甘く酸っぱい香りがした。仕事を抜けて来たのだろう。おそらく客の男から聞いたとか、そんな所ではないか。
レイメは私を抱きながら、アウタナ伯へと顔を向けた。
「アウタナ伯! この子は私の娘です……この子にこんな仕打ちをするのであれば、私にも同様になさってください……」
アウタナ伯はレイメの視線に狼狽する。やはりアウタナ伯はレイメへの思いが捨てきれていないのは明白だったから、この場でレイメを処罰することはできそうにない。
レイメもそれをわかっているのか、おろおろするアウタナ伯の目を睨む。
「私たちは、この街を出ていきます。それで満足でしょう」
その言葉にアウタナ伯は止めようとしたが、夫人によって遮られた。
夫人は扇子を口元に当てながら、半月状に釣り上げた目でレイメを見下ろして言う。
「薄汚い泥棒猫め。娼婦に身を落としたお前など、どこへなりともお行きなさい! 行って野垂れ死ぬがよいのです! アハハハハ!」
夫人の笑い声が響く中、私の足に結ばれた縄を解いたレイメは私の手を引いて壇上を降りる。
民衆の喧騒は一瞬静まり返り、レイメの前に道を開けていく。
悪魔の相と、心身に深い傷を負わされた私を連れるレイメは、確固たる決意と覚悟を持って民衆をかき分け進む。
私は手を引かれるままに後をついていく。もうどうにでもなればいい。街を追われればどうせ長くはない。
早く、終わりたい。




