#29 青い騎士の最期
「馬鹿な!」
セグンが驚きのあまり叫んだ。人間が魔族の将軍だと? 魔の姫だと? 纏う衣装は魔王軍の将軍のもの。そして確かにあのドラゴニュートはアレを、悪魔の相を持った人間、ココットを。姫と呼んで従っている。間違いない。この罠は全てあのココットが仕組んだものだ。
人間が魔族を率いて、人間に仇為している。どうやって魔族を手懐けた? そもそもなぜ? 悪魔の相を持つ忌み子はやはり魔族と。いやそんなものはあり得ない。魔族の中で、それもあんな幼女が、人を食う魔族を従えられるものか。
セグンは混乱している。その瞳は私をじっと捉えながら揺れていた。
しかし、すぐにセグンは我に返る。正面より殺気。ツォーネの刺突を間一髪受ける。
ツォーネはギザギザの歯をにぃっと見せて笑った。紅い瞳は恐るべき殺意を込めてセグンを睨んでいる。
「よそ見なんかしてる場合じゃねえんですのよ!」
「ぐうっ!」
狼狽、驚愕、混乱。それは集中力を乱す。セグンはあの日から一転、ツォーネに対し防戦を強いられる。
そんな様を、私は眺める。再び竜化したクォートラの足に捕まり、噴水の中央の女神を象ったという忌々しい像の頭の上へと飛び上がり運ばせると、その場で頭の上に腰を下ろし、足をぶらぶらと遊ばせながら眼下の乱戦模様をうっとり眺める。
女神像の頭に尻を置き座り、眼下の血なまぐさい争いを恍惚とした表情で眺める幼女の姿は、それは冒涜的であろう。
だが、私にとって神などもはや憎悪の象徴でしかない。それをかたどった像を尻で踏みながらこの宴を眺めるのはまったくもって愉悦だ。
殺し合いの様を眺めるのが楽しいなどとは、歪んだとも言えるが、目的達成のためのプランが首尾よく進めばそれが何であれ満足感は得られるもの。
「楽しいなあ」
私は思わず、そう呟いてしまっていた。
私とレイメを歯牙にかけた人間どもの、自分たちにのみ都合のいい正義を蹂躙……これは因果応報だよ。
見る間にあれだけ大勢いたフリクテラの兵士や騎士はその数を減らしていく。
「ふふっ、ふふふふっ」
「上機嫌ですな、姫」
「ああ、いい気分だ。見ろ、あいつらは私を救うと言っていたんだぞ? この髪と瞳を見るまではな……笑えるじゃないか! 所詮あいつらの言葉なんかそんなものなんだよ」
私の上を羽ばたき空中で待機しているクォートラに、私は騎士や兵士が次々倒される様を眺めたまま答える。
と、兵士のうちいくらかが、女神の頭の上に坐する私にめがけて矢を放ってきた。
放たれた矢はクォートラの翼によってすべて弾きおとされ、矢を放った兵士もまた、次の瞬間にはオークに首をへし折られていた。
クォートラに安全な場所へ行くよう提言されるが、却下する。
私は、「ここにいたいんだ」と説明すると「必ず守る」と返答があった。頼もしい限りだ。
私は改めて戦いを眺める。
「薄汚い言葉を吐く薄汚い人間は、すべからく私の報復の対象なんだ。それが私と、お前たちの手によってこうも阿鼻叫喚な様を見れば上機嫌にもなる。……と」
ふと目を向ければ先ほどから打ち合い続けていたセグンとツォーネの戦いにも変化があった。
セグンとツォーネは、技術や力の平均を取ってみれば拮抗した実力を持っている。ツォーネは魔族の強靭な肉体、セグンは技術でそれに類する力を発揮している。
だが、罠に始まり奇襲に続いた戦闘。セグンの側には圧倒的に不利な状況。しきりに周囲に気をやるセグンは、ツォーネに押されていた。
ツォーネとの戦いにだけ集中すればまだいい戦いが出来ようものを、戦線の立て直しのために指示を飛ばしながらではな。
と、見ていて気付いたがセグンは片手だけで剣を握っている。なるほど、片腕が使えないのか! であれば殊更にあの苦戦も納得だ。
あの罠でセグンにさえダメージを負わせることには成功していたのだ。ツォーネにとっては手負いの相手をいたぶるだけの楽な仕事というわけだ。
私としてはさっさと倒してほしいものだが、セグンも随分粘っている。
ツォーネと戦いながらも副官らに指示を出すのは敵ながらさすがと言える。
「だが、長くは持つまい」
戦況を俯瞰し、私は戦いの終わりを予感した。
そして。
フリクテラ騎士のほとんどはもはや壊滅。生き残ったのはわずか数十人。それも、膝をつき息も絶え絶えのセグンの後ろに何とか陣を組んでいるだけの状態。四方は圧倒的な数の魔族に囲まれ、またツォーネも勝利を確信してか突撃槍をくるくる回して笑っている。
歯噛みするセグンの前にツォーネがカツカツと歩み寄っていく。
「今回はずいぶん呆気なかったですわね。癪には触りますが、あの可愛らしいココット将軍の作戦は効果があったという事なのでしょう。ま、こんな作戦などなくともわたくしは勝っていましたけど」
「ココット……あの子は、何なんだ」
セグンは肩で息をしながら高みの見物を続ける私を見上げ、ツォーネに問う。
人間でありながら魔族を従え、あまつさえ指揮をする将軍という位に就く人間。それも、まだ年端もいかぬ幼女。セグンの目にはひどく私が不気味に映っていたのだろう。
私を見上げるその目には、明らかな畏怖の念が見て取れた。ああ、今あの人間の目には、私は何に見えているのだろう?
そんな様子に、ツォーネは鼻を鳴らした。
「不快ですわ。あなたを倒したのはわたくし。わたくしを見なさいな。あんな人間の事ばかり気にされては、妬いてしまいますわ」
「……お前たち魔族が、あの子を誑かしたのか」
「は! はははは! 面白い事を言いますわね。ココット将軍は望んで戦っているそうですわよ。あら、もしかして知らないんですの? ここ、アウタナを落としたのは、あの子ですわよ」
「っ! そう、だったのか……」
何か納得するものがあったのだろう。セグンは目を伏せた。その様子にツォーネが忌々しげに舌打ちをする。
そして槍の切っ先をセグンの喉元に突きつけ、叫ぶ。
「冥途の土産にしなさいな。あなたを打倒したのはココットではなく、このわたくしツォーネだという事を」
「断る。まだ死ねんのだ……私は既に無能な団長。だが、まだ守るべきものがある……!」
瞬間、セグンは一息にツォーネの突撃槍を弾き、飛び下がる。
そして副官たちと合流し、再び陣形を整えた。まだ、戦意があれほど残っているとは。生き残っているのはほとんどが青マントの騎士のみ。固い結束があるのだろう。
だが、それは私の望むものではない。絶望し、死んでもらう。それが私の復讐なのだ。だというのに、何をしているんだツォーネは。使えない奴め……。
セグンらは、互いが互いの顔を見た後に笑いあう。まるで、映画の主人公たちのように。共に背中を預けあう戦友と臨む戦いに、恐れはない様子。
「気に食わない」
私は吐き捨てる。
「……なんでだ。違うだろう。ここは、恐れる所だ。軍勢は壊滅し、四方を敵に囲まれ、それでなぜ絶望しない? 私が味わった絶望を、なぜおまえたちも感じない……!?」
セグンらの戦意は失われていない。青マントの騎士たち、全員がだ。
そんな様子に私は爪を噛みながら憎々しげに騎士たちを眺める。
「私が見たいのは、お前たちのそんな顔じゃない……」
私の思惑とは裏腹に、セグンらは鬨の声を上げ、この期に及んで裂帛の気合を持ち、勇猛果敢に突貫を敢行。
ツォーネはすぐさま周囲の魔剣士にも号令をかけこれを徹底的に迎撃。幾許か剣戟の音と咆哮が響き渡り始める。
私は、そのさまをじっと、眺めた。
果敢に抵抗を続けたセグン率いる青い騎士たちは、魔族の群れに突貫し、その波に飲まれていった。




